六十六話「会談三日目 中年能力者の試合1」
二人の中年能力者が試合場の真ん中で激突する!
シュッ!
風野藤一郎は手に持った金属性の竹刀で普通の、しかし洗練された面打ちを中田洋平に見舞いする。
相手の突進を潰すように出された攻撃。
無手の中田洋平では襲い掛かる竹刀が速すぎて、普通なら対応できなかっただろう。今からでは避けるのもままならない。
「オラァ!」
だから、中田洋平は竹刀を腕で受け止めた。
ガキン! と人体から発せられたとは思えない音が試合場に聞こえてくる。能力、身体強化により常人以上の耐久を持つ中田洋平だからこその芸当。
攻撃を相殺した中田洋平はそこで止まらず、ガッ!と床を左足で踏みしめて突進の勢いを右足での回し蹴りのエネルギーに変換。風野藤一郎の脇腹向けて遠心力の乗った一撃を放つ。
「フッ!」
風野藤一郎はそれを気にせず中田洋平に受け止められた竹刀を持ち上げ胴打ちを狙う。相手の攻撃が迫っているのにこちらの攻撃を優先するノーガード戦法。
…………ではなかった。
風野藤一郎は風の錬金術を発動。相手の蹴りの軌道上に緑色の盾がこつぜんと現れる。
能力による防御があったから、肉体は攻撃を優先したのだ。
「想定済みだ!!」
しかし、それを読んでいた中田洋平は蹴りの軌道を修正している。盾を避けるように足を刈り取るような下段への回し蹴りへと。
途中の修正により、少し遅れた中田洋平の攻撃と。
再度の攻撃だというのに、素早い風野藤一郎の竹刀は。
全く同時に相手に届いた。
「っ! 相変わらず硬い」
「そっちこそ一筋縄じゃ行けなさそうだな!」
衝撃によって後ずさった両者が悪態を付き合ったところで雷沢の実況が入る。
「さーて戦いが始まりました」
「ねー、タッくん。最後どっちも一緒に攻撃が当たったよ」
「そうだが、風野氏は当たる瞬間自分の体表面に風の錬金術による金属を覆ってダメージを減らしているし、中田氏は能力『身体強化』により耐久力が上がっているからダメージが少ないだろう」
「そうだったの? よく分かったね」
「いつも通りハイレベルな戦いだな。最初竹刀を受け止めた中田氏も遠心力の乗った竹刀の先ではなく根元を受け止めているなど、細かいところでも両者の高い技術が見られる試合だ」
「…………すごい戦いだな」
観客席で見ている彰は感嘆しながらも少し引いていた。
「大の大人があれほど真剣に戦うなんて…………。試合って言っているけど、実際あれは勝っても何も得られないケンカだというのに」
隣に座る恵梨が苦笑した。
「まあ、それもしょうがないですよ。あの二人は毎年戦っていますから、因縁のライバルって事じゃないですか?」
「……さっき実況で14勝12敗って言っていたから、少なくとも二十六年前からか」
「お二人が十代の頃から戦っていると聞きましたよ」
「想像もつかないな」
風野藤一郎は、たった今蹴られた足を気にする。とっさに金属で覆ったが、防御しきれなかったようで少しの痛みが残っていた。
「やっぱりおまえは油断ならない相手だな」
「どうした? 怖気ついたか?」
離れたところにいる中田洋平はすぐに飛び込まないで挑発してきた。
「……まさか。やはり全力を持って倒すべき敵だと思っただけだ」
スーー、パッ!
言葉と共に風野藤一郎の周りで風が収束して四本の竹刀が展開される。
能力を使い始めてもはや二十数年ほど経つ風野藤一郎にかかれば、手に持った竹刀とあわせて五本の竹刀を操ることなど造作でない。
「本当の勝負はこれからだ」
「そうだな」
シュッ!
風野藤一郎は先に二本の竹刀をミサイルのように中田洋平に向けて飛ばしながら、自身も中田洋平向けて走り出した。
「こんなの効くか!」
中田洋平は飛んできた竹刀を無造作に掴んで後ろに放り投げた。
「私も効くとは思っていないさ」
効かずとも竹刀の処理をすれば当然足は止まる。時間稼ぎこそが風野藤一郎の狙いだ。
中田洋平に風野藤一郎は手に持った竹刀で上段から縦に、宙に浮いた二本の竹刀で中段、下段に横薙ぎする。
「くそっ!」
初動の遅れた中田洋平だが、右手で頭を庇い、左手で腰に迫っていた竹刀を掴み、足を上げてタイミングよく踏み下ろすことによって最後の一本を踏みつけることで防御に成功した。
だが、その間にも風野藤一郎は次の動作に移っていた。
受け止められた竹刀を手放して体を一回転させる。再び正面に戻った時、その手には緑色の竹刀が握られていた。体を回転させる途中に能力で作って握ったのだ。
通常竹刀は受け止められたらもう一回構え直さないといけない。しかし能力により無尽蔵に竹刀を作れる風野藤一郎は、一回の攻撃ごとに剣を捨て作リ直すことによって連撃の速度が上がっていた。
バシン!
「ぐっ!」
そのおかげか、中田洋平は一回転しての斬撃に対応できず腹にクリーンヒットを許してしまう。
剣道における残心でそのまま駆ける風野藤一郎。十分に距離を取って振り返った風野藤一郎が見たのは、
「痛ってーな」
全力の一撃を食らったにもかかわらず、ピンピンしている中田洋平だった。
試合中であり、そして何度も見慣れている光景だというのに、やはり風野藤一郎はうんざりする。
「………………だからおまえは嫌なんだ。普通だったら無防備な腹に食らった時点で気絶するレベルの攻撃だというのに。…………身体強化をかけているとはいえ、硬すぎだろ」
「これでも結構ダメージはあるんだぞ。……大体、おまえこそ何本竹刀が出て来るんだ。普通無手対武器持ちが戦う場合、武器を押さえるのが基本だと言うのにそれが効かないじゃないか」
中田洋平も風野藤一郎と同様にうんざりしていたようだ。
「フフフ」
お互いにうんざりしあっていたことが分かって何かおかしく思い、風野藤一郎は微笑を浮かべた。
「ハハハ、やっぱりおまえとの戦いは楽しいな」
中田洋平も同じなのか豪快に笑う。
「そうだな」
「勝負に勝てばこの喜びもさらに増すだろう」
「逆に負ければ面白くない」
「だな」
風野藤一郎が竹刀を構えた。中田洋平もこぶしを握った。
二十数年の間、毎年戦ってきた二人はお互いの戦闘リズムが手に取るように分かる。
そのため、必然的に。
「行くぞ!」
「オウッ!」
三度、両者は同時にお互い引き合う磁石のように距離を詰め合う。




