六十五話「会談三日目 一試合目開始」
「さーて、今年もこのときがやってきました! 能力者会談恒例の試合、またの名を能力を使いあったケンカです!」
普段は剣道場である試合場。
そこに設置されたスピーカーから声が響き渡る。
「実況を担当するのは僕、雷沢と」
「その幼なじみの光崎純でお送りするよー」
マイクを通して、大勢の観客=能力者の前でも変わらない雷沢と光崎の声が聞こえてきた。
二階の観客席に座りながら実況を聞いていた彰は、一緒に座っている恵梨に話しかける。
「そういえば、一試合目の二人って誰なんだ?」
「彰さんもご存知の人ですよ」
「……そんなに能力者の知り合いはいないのだが」
恵梨とは話していて、火野兄妹は近くにいるし、彩香は俺の対戦相手で、雷沢と光崎は実況。
……他に誰がいるか? と、首をひねった彰に実況の声が届いた。
「さて、一試合目は恒例の二人! 入場をお願いします!」
時は二時間ほどさかのぼって、能力者会談三日目の朝。
「今日は人がいるな」
「昨日が異常なだけだったのだろう」
彰は絶品に仕上げられた卵焼きを食べながら雷沢と会話する。
朝食会場となっている広い和室で彰は朝食を取っていた。
昨日の朝は二日酔いで大人たちがダウンしていたせいで、未成年の七人だけしかいなかったので広く感じられた会場だったが、今日は普通に朝食を食べている大人たちが多数いるため心持ち狭くなったように感じられた。さすがに大人たちも二日連続で羽目を外したりしなかったようだ。
成り行きで雷沢と二人で朝食を食べている彰に声をかける人物がいた。
「よーっす」
「……………………」
「どうしたんや、彰? 幽霊を見るような目になっているで」
「……ああ、すまん」
朝食の乗ったお盆を持ちながら声をかけたのは火野だった。
彰がそれを見て驚いたのは、昨日逆さ吊りされた火野を置いて夕食を食べに行った後火野の姿を見てなかったからだ。
彰たちが夕食を食べ始めてから三十分ほど後、笑顔な理子が何も説明もせず一人で夕食会場に現れたため、雷沢と二人で火野の冥福を祈っていたのだが…………。
「生きてたんだな」
「簡単に殺されてたまるかっつーの。…………大体、拷問なら受け慣れているで」
「拷問を受けなれるって不憫だな」
「まあ、しょうがないやろ。俺が悪かったんやし」
どう考えても妹が理不尽すぎると彰は思うのだが、火野はそう思えないように思想改革がなされているらしい。(ソースは雷沢)
「昨日は逆さ吊りやったやろ。あんなのいつものに比べれば軽いものやし、逆さ吊りなんかで人は死なないやろ」
「そう……なのか? 逆さ吊りも結構危険だったはずだが……」
彰がつぶやく横で、スマートフォンを操作した雷沢が言った。
「…………今『逆さ吊り』で検索してみたが、逆さ吊りが長時間なされた場合血圧の上昇により血管の破裂や胃袋から逆流した吐寫物による窒息死などが起こる可能性がある、と書かれているぞ。
……つまり、逆さ吊りでも死ぬ可能性はあったんだ」
「………………」
火野は恐怖でブルッ!と体を震えさせた。さらに雷沢は容赦なく火野に聞く。
「それと昨日は何分くらい逆さ吊りされていたんだ」
「…………一時間三十分ちょっと、やな。そのときちょうど理子が許してくれたんや」
「人体が逆さ吊りでいられる限界は二時間程と書かれている。…………火野を解放した時間からして、火野妹はそれも熟知していたんだろう。拷問のエキスパートだな」
「…………俺、あいつに一生頭が上がらないような気がしてきたんやけど」
「めげずに生きろ」
彰が励ました。
「それで今日の試合っていつごろからあるんだ?」
彰は箸を置いてから聞く。
雷沢も同様に食べ終わっているが、火野は遅れてやってきたためまだ朝食中だ。なので雷沢が答えた。
「君は第二試合だから昼過ぎだな。……第一試合は朝からあるぞ」
「第一試合もあるのか? ……ていうか何試合まであるんだ?」
「二試合だ。一試合目は伝統の一戦で、二試合目は君と風野だ」
雷沢が指を二本立てて見せた。
「そうか…………だけど二試合って少なくないか?」
「まあそうかもしれない。昔は六試合くらいやった年もあったらしいからな。…………しかしそれはしょうがないことで、戦闘向きの能力じゃない能力者だったり、加齢によりケンカのような激しく動くことが困難な人たちの方が多いからな。つまり、戦うことが出来る人数自体が少ないんだ」
「そんなものか」
「ごちそうさまや」
彰が納得したところでちょうど火野が食べ終わった。
「……じゃあ、試合会場に移動するか」
「案内頼む」
能力者会談初参加の彰は知らないことの方が多く、試合会場の場所すら知らないので道案内を頼んだ。
旅館の玄関から出て歩くこと一分ほど。試合場は旅館の敷地内にあった。
普段は剣道の試合ができる場所らしく床は板張りだ。剣道の試合場が一面取れるほどなので、大きさは十五メートル四方ほどの中くらいの建物である。
建物は二階建ての吹き抜けで、一階で試合をするとき二階の観客席で見ることが出来るようになっている。
試合開始までまだ時間はあるようだが、観客席にはちらほらと人が入っている。当然、全員がこの能力者会談に来ている能力者だ。
彰を含めた三人もその二階のイスに座っていたところ、間延びした声が聞こえてきた。
「あっ! タッくん、もう来てたんだー」
振り返ると光崎を先頭として、恵梨、理子、彩香が一緒に寄ってきていた。
「彰さん、おはようございます。早かったですね」
「お兄ちゃんも早いね」
「………………」
恵梨と理子が明るく挨拶してくる中、彩香だけがそっぽを向いて黙っている。試合前の相手と馴れ合うつもりはないということなのだろうか?
「ねえ、タッくん。藤一郎さんが実況をする時の確認を一応するから来て、って言ってたよー」
「毎年やっているから慣れているというのに…………まあ、一応行っとくか」
雷沢が立ち上がって彰の方を振り向いた。
「じゃあ僕は実況をするからこれで」
「私もね」
そのまま光崎を連れて歩いていった。
「あの二人が実況かー」
彰の声に微量の心配する成分を感じたのか、恵梨がフォローした。
「大丈夫ですよ。雷沢さんの実況は試合の中で能力をどのように使っているか解説してくれるので、分かりやすいって評判です」
「中二病か。……どこに行ってもキャラが濃いな」
「お兄ちゃんは朝起きるの早かったね」
理子が朝起きた時には布団に火野の姿はなかった。
「昨夜の拷――愛の鞭でちょっと頭が痛くてよく眠れなくてな」
「大変だったね、お兄ちゃん」
そこには本気で兄を心配する妹がいた。
「…………ああ、本当にやな」
火野はさらに頭が痛くなったような気がした。
――何が大変なのかって、拷問した本人が邪気なく心配してくることやな。
理子はこのように落差の酷い二面性であった。
と、このように会話をしていると雷沢の実況が聞こえてきた。
周りにもいつの間にか人が増えていて、能力者会談に来ていた能力者のほとんどが試合を見に来ているようだ。
そして彰が一試合目をする二人を推測している前で、一階の南北の入り口が一斉に開いた。
それぞれの入り口から現れたのは風野藤一郎と中田洋平だった。
「さて、皆様二人の戦士を拍手でお迎え下さい!」
雷沢の実況に応えて観客席中から拍手が鳴り響いた。同時に野次も飛ぶ。
「勝てー! 風野!」
「洋平、負けるなよ!」
「今年も良い試合を頼むぞ!」
その中、拍手をしながら彰は得心していた。
「確かに、あの二人は知っているが…………あの二人が戦うのか?」
「はい」
恵梨が律儀に答えた。
二人は試合場の真ん中ほどで三、四メートルほど離れて対峙した。それを見て拍手も止む。
静かになったところで、大企業の社長にふさわしい貫禄を持つ風野藤一郎は対峙した相手に語りかけた。
「やっとこのときがやってきたな。…………去年の雪辱晴らさせてもらうぞ」
「はっ! 笑わせてくれるな! 今年も俺が勝つに決まっているだろ!」
中田洋平がこぶしをならしながら威勢良く叫んだ。
「上等だ」
風野藤一郎も風の錬金術を発動。竹刀のような細長い金属を形成して右手に握る。
「…………? ちょっと待ってくれ、恵梨」
「どうしましたか?」
「あの威勢の良いおっさんは誰なんだ?」
「誰って、中田洋平さんですよ」
「あれが!? だって、もっとおとなしそうな人だっただろ!?」
昨日は初めて会ったときの印象が温厚そうなおじさんで、事実そのような人物だっただけに、現在の豹変振りに驚く。
「それなら妻の昭代さんが言っていました。一年のうちでああなるのは今日くらいだから多めに見てやってくれって」
「…………どれだけこの試合にかけているんだよ」
彰が少し呆れた。
雷沢の実況が再開した。
「さて、ここでルールの再確認をしましょう。
試合開始は僕の合図で、そして試合終了はどちらかが戦闘続行不可能となるか降参をするまでです。なお、殺傷力の高すぎる攻撃は禁止です。……まあ、長年試合をやっている両者は分かりきっていることだとは思いますが」
「そうだねー」
光崎の同意を挟んで、雷沢が試合の開始を宣言する。
「両者の成績は風野氏の14勝12敗だそうです。勝ち越してはいるものの、去年負けている風野氏は打倒中田に燃えているはず!
さあ、ここに試合の開始を宣言しましょう! 両者構え合って――
レディ、ファイト!!!」
風の錬金術者と身体強化の能力者――風野藤一郎と中田洋平は全く同時に相手に向かうため床を蹴った。




