六十四話「会談二日目 温泉、女湯」
二人の能力者が電撃をくらっていたそのとき。
「悲鳴が起こるなんて男湯で何があったんでしょうか」
「タッくんが大丈夫って言っているし、たいしたことないと思うよー」
心配する恵梨に光崎がのほほんと答えた。ちなみに光崎の言う『タッくん』とは雷沢拓也のことであり、幼い頃から雷沢と仲の良い光崎はそう呼ぶのであった。
二人が話している場は女湯の露天風呂。構造は男湯とほとんど同じで、男湯との仕切りを中心として左右対称になっている。
四人の能力者、水谷恵梨、風野彩香、火野理子、光崎純が露天風呂に入っていた。
「それにしても……すごいですね」
「えっ? 何がなの?」
恵梨は光崎の体のある一点を見て感嘆の声を上げた。
普通の人よりも大きい、湯に浮いている二つのふくらみを見てだ。
「えへへー。そうかな」
女同士とはいえセクハラだが、天然な光崎は褒め言葉として受け取ったようだ。
「髪もサラサラで、体も肉つきが良くてきれいですし、かといって太っているかと言われればそうではない絶妙なバランス。……男だったら絶対襲いたくなりますよ」
「えっ! …………で、でも」
女である恵梨が何故そのような感想を思うことができたのかはさておき、天然な光崎もここまで言われると恥ずかしいのか顔が赤くなった。
火野理子も話が聞こえたのか、マナー違反だが温泉を泳いで二人のところにやってきた。
「そうだよ、純おねえちゃん。お姉ちゃんが本気で迫れば、男なんてイチコロだと思うよ」
「そう……なの?」
全くその通りです、と恵梨は思うが光崎はそう思っていない表情だ。
その理由は……。
「それなら何故雷沢さんが私を襲ってこないのか…………って、純は思っているのかしら?」
さっきまで一緒に話していた理子を追って会話の輪に入ってきた風野彩香が核心を突いた。
「ふえっ?」
本当にそう思っていた光崎はおかしな声を上げる。それを見て恵梨も納得した。
そして純は『何故』と思っているが、他の三人からすればそんなの明白だった。
「雷沢さんは鈍感ですからね」
「あの人が積極的にアプローチしてくるとは思えないわ」
「まず純お姉ちゃんの気持ちにすら気づいていないと思うよ」
恵梨、彩香、理子が口々に雷沢を罵る。
「タ、タッくんは悪くないと思うよ」
雷沢が攻められていると勘違いした光崎が場違いなことを言う。
「悪い、とかそういう問題じゃないの。……とりあえずあちらからのアクションが望めない以上、純お姉ちゃんから迫るしかないと思うよ」
理子からアドバイスが出た。
「せ、迫るって。…………ぐ、具体的には?」
「えーと…………例えば、この後旅館備え付けの浴衣を着てさ、それをはだけさせて一言。『私、体が熱いの。お願い、あなたの手で沈めて』とか」
「……………………」
想像した光崎の顔が真っ赤になった。当然温泉にのぼせたわけではないだろう。
「……他には、二人でホラー映画を見た夜中にいきなり相手の布団に入って一言。『さっき見た映像が頭から離れなくて眠れないの。……今日は一緒に寝て』とか」
「………………………………」
さらに赤く。
「もう脈絡なく抱きついてもいいんじゃない。そして一言。『あなたが欲しいの』とかはどうかな?」
「…………………………な、な、な、な、な、何でそんなの中学生の理子ちゃんが知っているの!?」
光崎の赤面が限界を突破して、何がどうなったのか恥から怒の表情に変わった。理子が無邪気に答える。
「何でって、お兄ちゃんが持っている本にそう書いていたよ」
「ひ、火野くんの!?」
「うん。お兄ちゃんの部屋にあった辞書の外箱の中に入っていた漫画の中に」
「…………え、えーと」
光崎は怒から一転して、気の毒そうな表情になる。そして人生の先輩としてアドバイスを始めた。
「あのね、そういう本を見つけたら見てみぬフリをしてそっと戻しておくの。私もタッくんの部屋で二重底の引き出しの下から見つけたけどそうしたよ。
……それで間違ってもその本を机の上に広げておくとかしちゃいけないからね」
「何で?」
「そんな事されたら男の子は立ち直れなくなるの」
「そっか。…………ならお兄ちゃんには悪いことしたなー」
「……手遅れだったのね」
悲劇を防ぐことのできなかった光崎がうなだれた。
「……二人のプライバシーってどうなっているのでしょうか?」
「恵梨、考えない方が良いわよ」
さらっと言われたが、光崎も雷沢の部屋から本を発掘しているようで、二人のことがかわいそうに思えてきた恵梨だった。
「……もう起こったことはしょうがないか。…………そういえば私たちが出かけている間にすごい話が決まったって聞いたよー」
立ち直った光崎が彩香に聞いてくる。
「もしかして私の結婚話のことかしら?」
「そう、それ。……なんだか結婚をかけて明日試合をするんだよね?」
「そうよ」
彩香がクールに返す。その横、話についていけていなかった理子が聞く。
「どういうことなの?」
「私がタッくんから聞いた話なんだけど、彰くんが彩香ちゃんに一目惚れしたらしく結婚を申し出たの。それも藤一郎さんの許可付きで」
「えっ!? ……彰さんと彩香お姉ちゃんが初めて会ったのって昨日でしょ!? なのに結婚っていきなりじゃない!?」
「だから私も恋愛小説みたいって思ったけど……。それで彩香ちゃんがその話を断って、けど藤一郎さんも乗り気だったから無理やり結婚させようとしてね。結局決まったのは試合で彰くんが勝ったら結婚、彩香ちゃんが勝ったら話は白紙に、という風になった……って聞いたけど」
「合っているわ」
彩香は肯定するが、恵梨はその話が偽りだと知っている。
彩香に嘘がばれてはいけないと風野藤一郎が言っていたが、どうやら雷沢や光崎にもその嘘を突き通すようだった。
「それにしても彩香ちゃんに一目惚れかー」
「彩香お姉ちゃんはきれいだから分かる気がするな。……で、彰さんは彩香おねえちゃんのどこを気に入ったの?」
「…………さあ? そういえば、何故一目惚れしたかは全く聞いていませんね」
彩香が返すと二人が驚いた顔をする。
「彩香ちゃんは気にならなかったの?」
「全く」
「でも、一目惚れするぐらいだから、顔かな? それとも胸……はないですね」
理子が彩香の体を見つめながら思案顔で言うと、彩香が冷ややかに返した。
「……胸については何も言って欲しくはないわね。そちらこそお子さま体形なのに」
「わ、私は中学生だもん! 未来があるの!」
ほのかなふくらみの彩香と、壁と呼ぶにふさわしい中学生の理子。
「「……………………」」
経験上この手の話に加わると、文句を言われると分かっている平均的なボリュームの恵梨と平均以上の光崎は黙る。
貧乳組の言い争いは続く。
「わ、私だって未来があるわよ!!」
「……ふん、どうだか。もう高校生だし、成長しないんじゃないんですか?」
「そちらこそ未来があると思っていると、そこから成長しない未来もあるわよ」
「な、何を根拠に言っているの!!」
「………………私も。私もそう思っていた時期が合ったから」
「……………………」
理子は無言で彩香を慰めた。
「え、えーと。話し戻して良いかな?」
光崎が彩香が落ち着いたタイミングで声をかける。
「………………良いですね、勝ち組は」
「…………きっと私たちの努力や悩みを笑い飛ばしているんでしょうね」
彩香と理子が仇敵を見るような目で、光崎の湯に浮いているメロンほどの大きさのふくらみを見ている。
「そ、そのー…………」
「…………目標はあれぐらいね」
「……高校生でそれなのに、高望みしすぎです……と言いたいところですけど、目標は高く持たないといけません」
雨降れば地固まる。二人の絆は強くなったようだ。
「それで話を戻すって何ですか?」
気を取り直して彩香が光崎に聞いた。……敗北感を味あわないよう、なるべく顔から下は見ないようにして。
「さっきの話だけどね。彩香ちゃんは結婚を断ったでしょう? なら、何か彰くんの事が嫌いなのかなーって」
理子が追随する。
「そうだよね。……確かに、結婚は早急かもしれないけど、試しに付き合うという選択肢はなかったの? 彰さんそんなに悪い条件の男には見えなかったよ」
「そ、それは…………」
試しに付き合う。そんな選択肢があったのですか。
彩香は少し考えてみる。確かにまだ学生で結婚というのは早いですけど…………彼氏としてなら。
彰さんの見てくれは悪くないですし、会話をしていて分かりましたけど頭の回転も速いようですし、何より恵梨――本来無関係の人を変な組織から助けるほどの正義感の持ち主。
…………あれ? 私好みで、どこが悪いのかしら?
そこまで考えて一番重要なこと、彰が昔不良だったことを思い出す。
「そう! あの人は不良だったのよ!!」
「……………………そうだったね」
彩香が叫ぶと事情を知っている光崎が得信顔になる。
「………………えーと? ……昔不良だったってだけなの?」
「それが一番重要なんです!!」
理子が「……私には分からない」と呆れる。
「だって結局今が一番重要じゃ…………。――――――っ!! 来ましたね!!」
話の途中で何かを感じ取ったのか、バッ!と理子がいきなり男湯との仕切りを振り返った。それだけでなく理子の雰囲気も剣呑になり、何かを警戒している。
「……どうしたの?」
突然の奇行に彩香は置いてきぼりだ。
「静かにして」
理子は男湯との仕切りを見上げたまま、唇に人差し指を立てる。そのまま能力、炎の錬金術を発動。赤い金属塊が空中に浮く。
…………何をしているのかしら?
彩香は目の前の理子をポカンと見つめる。何かを警戒して、能力を発動して……。もしかして敵が現れた?
そういえば恵梨たちは科学技術研究会とかいう組織に襲われたって言ってたわね。……能力者を襲う組織が、能力者会談という能力者が集まる機会を見逃すはずがない。
「………………」
彩香も風の錬金術を発動。普段使い慣れている竹刀型に風を金属化。敵襲を警戒する。
「あれ? どうしたの?」
「ああ、いつものあれですね。…………でも、彩香まで能力を発動しているのは珍しいです」
光崎と恵梨が何かを言っているが、理子がここまで警戒する以上敵は近いはず。気にしてはいられない。
「……彩香お姉ちゃんも協力してくれるんですか」
理子が仕切りを見上げながらも横目でチラリと彩香を見て、彩香が武装していることを確認する。
「ええ。……敵が来るんですよね」
「そうなの。…………女の敵が来るの」
女の敵?
彩香が理子と何か温度差があることを感じた次の瞬間。
「よしっ!」
「食らえっ!!」
「……なっ!? グフッ!!」
女湯との仕切りをよじ登ってきた火野兄の顔が見えたと思ったら、その顔に赤色の金属塊が叩き込まれていた。
仕切りの上から火野の顔が消える。男湯側に落ちたようだった。
「……フフフ。またお兄ちゃんったら悪い事をして。………………お仕置きが必要ですね」
「…………そうだったわね」
理子が黒い笑みを浮かべるのを見て彩香は思い出した。
火野兄が毎年女湯を覗こうとして、理子の能力に落とされていることを。落とされて説教された次の年も、一年前の事を懲りずにまた覗きに来ることを。(バカなので一年前の事も忘れているらしい)
彩香もそれは承知していたのだが、結婚話で動揺していたためすっぽり記憶から抜け落ちていた。
「…………はあ」
彩香はため息をついて、手に持った金属製の竹刀を解除して風に戻した。
男湯にて。
「火野も毎年、毎年、落とされるためによじのぼって大変だな」
「まあ、仕切りの向こうで魔力が使われたように思えたから、能力が使われていることは分かっていたが。…………雷沢はこれを想定していたのか?」
「お決まりの流れだからな」
雷沢と電撃から回復した彰は、落とされてまた気絶している火野を見下ろしながら呆れるのだった。
そしてこれで終わりではない。
「お兄ちゃん、自分が何したか分かってるよね?」
浴場を出た廊下で、理子が固い床に正座した兄に迫っていた。
火野は気絶慣れしているのかすぐ回復して、風呂から上がり着替えてから廊下に出たところ妹に捕まったという訳だ。
風呂に入っていた他の五人は遠巻きにそれを見物している。
「…………女湯を覗こうとしました」
黒い笑みを浮かべる理子の前では兄の威厳など微塵もない。素直に受け答えをする。
「何のためにそんなことをしたの?」
それは、と口を開こうとした火野より早く理子が言った。
「もちろん、妹の裸を覗くためよね。だって年頃の妹がいれば兄はムラムラする――」
「そこに女湯があったからやな」
黒い笑みを消し、中学生らしく恥ずかしがっている理子に気づかず、兄は真面目に語りだした。
「だってそうやろ。そこに女湯があれば覗かないといけないのが高校生男子のさだめやろ」
「………………」
もう一回黒い笑みを展開する理子。
「当然だよな、彰」
「こっちに話を振るな」
離れたところにいる彰に火野は確認を取るが、彰はピシャリとさえぎる。
「…………で、言いたいことはそれだけ?」
「おう」
うなずいた火野に理子の宣告が下る。
「じゃあ……お仕置きしないとね」
通知と共に理子は炎の錬金術を発動。
火野の背中側に金属塊を生成して、加速してぶつける。
「うおっ!」
正座していた火野はたまらず体勢を崩し、廊下にうつぶせで転がる格好に。
その火野の足首で炎が燃え盛り、金属化。足枷となる。
後はそれが炎の錬金術の力で浮き上がれば、足が上にあり頭が下にある逆さ吊りの完成である。
「おおおおおおおおおお!! 血が! 血が頭に溜まる!!」
先ほどまで風呂に入っていて血流が良くなっていたことが作用して、火野の顔がすぐに真っ赤となる。
「しばらくそのままで反省してね」
「した! 反省したから! 解いてくれ!!」
「だーめ。まだ駄目」
理子がしゃがんで火野と目線の高さをあわせてニッコリと笑った。
「さて、私たちは夕食を食べに行きましょうか」
「そうね」
「うん。……理子ちゃんもお兄ちゃんと遊び終わったら夕食会場に来てねー」
女性陣は火野兄妹を見飽きたのかそんなことを言い出す。
「遊びって…………あれが遊び?」
光崎の言葉に絶句する彰に雷沢が声をかける
「まあ、言いたいことは分かるが…………さあ、彰くん夕食に行くぞ」
「えっ? ……だ、だが」
火野が拷問されているのに自分だけ夕食に行くのに後ろ髪を引かれる思いの彰。しかし、雷沢はゆっくりと首を振った。
「ここにいてもしょうがないだろ。…………結局、僕らは火野が無事に帰還することを願うしかない」
「…………そうだな」
「彰さーん。早く行きましょう」
先に歩き出した三人の中から、恵梨が彰を振り返って言った。
それについて行く前に彰は一言。
「……火野、死ぬなよ」
その一言が火野に届いたかどうかは定かではない。




