六十二話「会談二日目 会談4」
「試合?」
彰がつぶやきを漏らすと、風野藤一郎が反応した。
「そういえば彰くんは能力者会談に初めての参加だったな。……能力者会談三日目は能力者同士で試合をすることができて、ルールは――」
「それなら知っています。詳細は火野から話は聞いているので。…………それで俺と彩香で試合ですか?」
「そうだ。…………まあ、妻に負けるようじゃ夫も務まらないだろうしな」
勝負に勝ったら相手を嫁にもらうって…………どこの時代の話だ?
「……まあ俺はその条件で良いぜ」
しかし、話を合わせると決めている彰は反論せずに彩香の方を見た。
「…………彰は戦い慣れていて、それで………………」
彩香は彰の方をちらちらと見ながら考え込んでいた。
それも当然で最初の結婚要求は無理やりで、しかし次の条件も試合に負けたら結婚という結局理不尽なことに変わりは無い。
なのでまた父である風野藤一郎に文句を言うかと彰は思ったが――。
「…………ということは、試合で彰は私を全力で倒そうとするのね」
「そうだろうな。おまえを嫁にしようと全力で倒しに来るだろう」
「…………ならその条件でいいわ」
彩香はあっさりと承諾した。
「そうか」
風野藤一郎が鷹揚にうなずくのを尻目に、
「えっ! いいのか!?」
あまりの即断に驚いた彰は素に近い声で彩香に聞き返した。
「なによ。あなただって呑んだ条件じゃない」
「いや……そうだが」
そういえば今の俺は彩香と結婚したいという設定だから喜ぶべきなのか、と彰が自分の状況を再確認していると。
彩香が彰に言ってはいけない言葉を口にした。
「だって、私があなたなんかに負けるとは思えないわ」
「…………………………」
プツン! 彰の中で何かが切れた。昨日火野に勝手にオードブルを食われたときに続いて二回目だ。
俺は思う。女に本気でキレる男なんてかっこ悪いと。
だが。
私が、あなたな・ん・かに負けるわけが無い、か……。
ハハハ。コノオンナハ、ナニヲイッテイルノカナー?
ソンナコトイウノナラ、タタキノメシテヤロウカ?
ソウスルシカナイヨナ。ソウシヨウ。
カザノトウイチロウニ、ハナシヲアワセルヨウニイワレテイルシ、ホンキデタタカッテモショウガナイヨナー。ハハハハハハハハ…………。
高野彰は非常に負けず嫌いで、そしてバカにされるのも嫌いであった。
「…………彰くん。どうかしたのかね?」
「ハハハハハハ…………ハッ!!」
風野藤一郎の呼びかけに彰は正気に戻る。
正気に戻った彰は彩香に向き直った。
「俺に負けるわけが無い、って本気で思っているのか?」
「当然よ」
自らの勝利を微塵も疑っていない彩香に、彰はまたキレそうになるのをこらえつつ、
「そこまで言うなら全力で行かせてもらうからな」
「…………本当に全力で来るの?」
訝しげな視線を向けながら彩香が一言。
「そっちこそ全力で来い」
「言われるまでも無いわ」
彰が言い放つと、負けじと彩香も言い返した。
両者が正面からにらみ合い、空中の一点で交わった視線は火花を散らした。
少し経って先に視線を外したのは彩香だ。父、風野藤一郎を見る。
「…………さて、話もまとまったようだし、私はもう帰って良いかしら」
「早急だな。どうしたんだ?」
「明日どこぞの男を叩きのめすために、今から素振りをして体を慣らしておこうと思ったの」
「そうか。……ちょうどよかった」
風野藤一郎がホッとする。
「? ちょうど良かった、ってどういうこと?」
「いや、こちらの話だ」
「……そう。なら、私は行くわ。……じゃあね、恵梨」
彩香は今まで事態を傍観していた恵梨に軽く手を振ってから部屋を出て行った。
「あ、あ、あ、彰さん! どういうことですか!?」
彩香が出て行った部屋に恵梨の声が響いた。かなりの剣幕で彰に迫ってくる。
今まで恵梨は静かに見守っていたのだと思っていたのだが、ただいきなりの事態に固まっていただけで、去り際に彩香に声をかけられて我に返ったみたいだった。
「そんなの俺の方が聞きたい」
「あ、彩香に一目惚れだなんて、嘘ですよね!!」
「ああ、嘘だ」
「そうです、嘘ですよね! …………………………って、嘘なんですか?」
彰の同意に拍子が抜けたのか、いつもの調子に戻る恵梨。
「そんな安々と結婚なんて考えるわけ無いだろ」
「でも…………なら、何でそんな嘘をついたんですか?」
「それは、あちらの方に話を合わせてくれと頼まれてな」
彰は風野藤一郎の方を見る。つられて恵梨も見る。日本の能力者集団、副長の中田洋平も見る。その妻中田昭代も見る。
全員の視線を受け止め、なおも自然体の風野藤一郎は口を開いた。
「さて、どこから話せば良いものか」
この結婚話騒動を説明するために。
「まず最初の結婚話のくだりだが、あれは前フリみたいな物だ。……大体、娘の結婚相手を強制するようなことを私がするはずが無い。
話をした理由というのは、その後に二人の勝負を持ちかけるためだ」
「やっぱりか」
得意顔の風野藤一郎を見たときから、彰はそうではないかと思っていた。
「ですが前フリとはいえ、何で結婚話だったんですか?」
恵梨が聞くと、風野藤一郎は重々しく答えた。
「…………私の希望だったからだ。この能力、風の錬金術が遺伝されることを望んでいる私のな」
そして彰に質問する。
「彰くんは、日本の社会では能力が役に立たないと思っているかね?」
「……はい」
火野からも聞いた話だ。日本は平和だから能力なんて無くても生きていけると。
「そう思うだろうな。……しかし私は能力を持っていたからこそ、ここまで――社長にまでなれた」
「…………?」
能力があったから? …………もしかして、風の錬金術を行使して力押しで……?
彰の脳内の疑問が顔に出ていたのか、風野藤一郎は「そうじゃない」と否定した。
「学生の君にはまだ分かりにくいかもしれないが、社会に出たら競争ばかりでね。……私は社長としてアクイナスをここまで育て上げるのにさまざまな競争をしてきた。
そんなとき重要なのは、自分は相手よりも優れていると思うことだ。実際に優れていなかったとしても、問題なのは心だ。心が負けていたらどんな競争にも勝つことはできない。
そして自信を持つために根拠は必要だ。……私は、能力者は普通の人よりも優れていると思っている。そして私は能力者だ。だから私は競争相手よりも優れている――そう自信を持ってここまでやってきた。気休めかもしれないけどな」
彰よりも長く生きている大人の実感を持った言葉。論理的には「能力者が一概に優れていると言えるわけじゃない」と反論できたかもしれないが、感情的には反論することは無理だった。両者の言葉の重みが違う。
「だから、私はこのすばらしき能力を後世に残したい。そう思っていた。
しかし今までそれは無理な話だった。風の錬金術を持った能力者は私と娘の彩香しかいなかったのだから。……私もまさか自分の娘と結婚するわけには行かない。
そう諦めていた時だった。――新たな風の錬金術者が見つかったと聞いたのは」
「それが……俺なのか?」
「そうだ。だから私は君と彩香が結婚して欲しいと思っている。……無論、強制はしないが」
と、口では言いながらも彰を期待のまなざしで見る風野藤一郎だった。
そして話題は本筋に戻る。
「結婚の話を前フリとしたのは現実味があるからだ」
「現実味…………あるか?」
荒唐無稽の間違いじゃないのか、と思った彰に風野藤一郎は説明を追加した。
「彩香にとって、という意味だ。
いつも能力を遺伝して欲しいと思っている父なら、常識外れだが結婚の事を言い出してもおかしくはない、と彩香は思っただろう」
「…………そうかもな」
娘に破天荒な父親と見られるのは気にならないのだろうか、彰は無粋なことを考える。
そこで中田洋平が話に入ってきた。
「藤一郎、偽の結婚話や私たちを巻き込んでまで、二人を戦わせたい理由とは何なんだ?
それに最初から、二人に戦ってくれと頼んだ方が早かったんじゃないか?」
この騒動の核心を突く質問に風野藤一郎はすぐに答えた。
「それじゃ駄目だ。
……そのまま頼むのではなくて、偽の結婚話をして紆余曲折させて二人を戦いに持ち込んだ理由は、彰くんが全力を出す状況を作るためだ」
「俺が全力……? ……俺はいつも全力で戦うぞ」
ケンカの時は自分の持てる力を余すことなく使う彰が反論するが、「そういうことではない」と風野藤一郎に返される。
「例え君が全力を出したとしても、それを彩香が疑うことが出来るような状況じゃ駄目だ。だから結婚のために君が絶対に全力を出すという状況を作った」
「…………それで結局何がしたいの?」
結論の見えない話に中田昭代が痺れを切らした。風野藤一郎も迂遠だったか、と反省し、そして一番重要な理由を言った。
「彩香には全力で戦ってくれる男が必要だ。……彩香が過去を乗り越えるために、自分を負かしてくれる男と戦う必要がある。
だから今回こんな騒動を起こした。戦闘人形とかいう能力者をを打ち破るほどの実力を持った彰くんと彩香を戦わせるために」
「「「???」」」
彰、中田洋平、中田昭代はいきなりの話に疑問符を浮かべる。
「そういうことだったんですか」
一方恵梨は軽くうなずいていた。
「もしかして、君は彩香からこの話を聞いたことがあるのか?」
「直接ではないですけど……昔、会話の端々から察することができたので」
風野藤一郎と恵梨が彰には分からない会話をするのを聞いて、彰は素直に風野藤一郎に質問した。
「どういう意味だ?」
「そうだな……それには彩香の過去話を聞いてもらうのが手っ取り早いだろう」
私も彩香に直接聞いたわけではないから完全ではないぞ、と先に断ってから。
風野藤一郎は彩香の過去話を始めた。




