六十一話「会談二日目 会談3」
高野彰は珍しいことにテンパっていた。
いやー、驚いたな。いきなり風野氏が提案すると言ったと思えば、俺と彩香が結婚だって?
「………………」
きっと、聞き間違いだよな。そうに違いない。
でなければ昨日あったばかりの俺にそんな提案をするはずが無いからな。
……そういえば、目上の人に「は?」って聞き返すのも礼儀が悪かったな。反省しないとな。落ち着け、俺。
それから深呼吸を二、三回して落ち着きを取り戻した彰は口を開いた。
「すいません。今、何て言いましたか?」
「君と彩香で結婚してくれないか?」
「は?」
…………あれ? 幻聴じゃなかったのか?
意外と彰は予想外の事態に弱いようだった。
彰が再度困惑している間に、中田洋平は落ち着きを取り戻していた。
「……藤一郎、おまえまさか能力を引き継がせるためだけにそんなことを言っているのか?」
「風の錬金術の能力を遺伝させるために、同じ能力を持つ彰、彩香二人を結婚させる。……そのような意図もあるが、それだけじゃない。
調べたところ、アクイナス傘下の会社が実施した全国模試を彰くんは受けていたようでその成績を見たけど、かなり上位だった。
娘と結婚するということはいずれは私の会社を引き継いでもらうことになるが、頭も良いし、戦闘人形と戦えるほど度胸もあるようだし、ちょうど良い人物だとも思ってな」
現実的な話をする風野藤一郎に、ようやく現実を認識した彰が風野藤一郎に食って掛かった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺は結婚なんて――」
「ははは。何を言っているんだい? この話は彰くんの希望だろ」
風野藤一郎の事実無根な発言。
「は!? 違う! そんな話――」
していないだろ、と続けようとして、そのとき風野藤一郎と目が合う。
その目は彰に「察してくれ」と言いたげであった。
「………………」
彰はある可能性を思いついた。
――もしかして、さっきの紙片の「話を合わせてくれ」ってこのことなのか?
風野藤一郎って書かれていたし、この結婚話の成り行きに合わせてくれって事なのか?
試しに彰は恐る恐る肯定してみた。
「……ああ、そうだったな。この話は俺が希望したことなんだ」
「そうだろ。忘れないでくれ」
風野藤一郎から「それで良い」という風にうなずかれてしまった。どうやらこれが正解だったらしい。
「二人は昨日会ったばかりのはずだが」
「彰くんの一目ぼれらしいな」
「……一目ぼれだけで、学生の彰くんが結婚など考えるのか?」
中田洋平は胡散臭げに彰を見てきた。実際彰はクロなので、そのまなざしは正しい。
「まあ、細かいことは気にするな」
風野藤一郎が中田洋平の肩をポンポンと叩いた。……だけに見えただろう。事態を見守っている女性たち、中田昭代、恵梨、彩香の三人の方からは。
彰の方からは中田洋平に、風野藤一郎が耳打ちをするのがはっきり見えた。
どうやら彰同様に「話を合わせてくれ」と言っているようだ。
「………………」
しかし、いきなり結婚の話を出すなど風野藤一郎は何をしたいのだろうか? どう考えても話が急すぎるし、変だ。
何か別の意図があるのだろうか?
……とりあえず今は流れに乗るが、本当に結婚させるようなら反対するつもりで彰は話が進むのを待つことにした。
「……はいはい、分かった。一目ぼれでもそういうこともあるかもな」
中田洋平は風野藤一郎に言われた通りに自分の主張を取りやめた。
そこに洋平の妻、昭代が聞いてきた。
「彰くんの気持ちは分かったとして……あなたは娘の気持ちを考えているの?」
「……そういえば聞いてなかったな」風野藤一郎は娘の方を見た。「彩香、彰くんのことをどう思っている?」
直球な質問。
聞かれた彩香はその質問をバットで打ち返すというより、日本刀で斬るように答えた。
「最低な人間だと思います」
親の敵を見るような目で彰を見る彩香。
「え?」
――俺そんな評価になるようなことしたか?
彰は首をひねる。昨日会ったばかりだから良い評価がもらえなくてもしょうがないとは思うが、逆にそれほど悪く見られる理由も無いはずなんだが……。
それに会った当初はもっと友好的だったはずなのに…………その後何か気に障るようなことを俺がしたのか?
「これは手厳しい評価だな。何故だ?」
彰も疑問に思っていたことを先に風野藤一郎が彩香に聞いた。
「……父さんは知っているでしょう。私がどんな人間を嫌いか」
「………………」
「彰は昔不良だったそうよ。私が簡単に暴力を振るう人が大嫌いなのは分かっているでしょう」
「そうか……」
風野藤一郎が静かに首肯するのに対して、横で聞いていた普段はおとなしい恵梨が叫んだ。
「あ、彰さんは昔不良だったけど、今はもう更正しています! 彩香が思うような人じゃないです!」
「恵梨…………。そうね。彰に助けられたあなたから見れば、不良だって良い人に見えるでしょう」
「実際良い人です!」
「でもそれはあなたの評価でしょう。ならば私がどう評価しようとも勝手でしょう」
「……むう」
冷ややかに言った彩香には取り付く島もなさそうで、恵梨が不満な声を上げて黙った。というのも、彩香が不良を嫌ってしまう理由を恵梨も知っているからかもしれない。
事情の分からない彰には、彩香は不良に何かトラウマでもあるのだろうか? としか思えなかった。
「――だが、彩香。わがまま言ってもらっては困るな」
そして直前のやりとりをものともせずに、風野藤一郎が毅然と言った。
「おまえは未来の社長夫人となる身だ。私が社長にしたいと思う人材を見つけた以上、その人と結婚してもらわないと困る」
「そんなの横暴じゃない!!」
「そうです!!」
彩香が何か言う前に、中田昭代と恵梨が不平を訴える。
「「………………」」
成り行きを見ると決めている彰と中田洋平は、二人と同じ気持ちだったが黙っていた。
彩香が彰を指差して父に言った。
「彰を社長にするつもりですって、父さん」
「ああそうだ」
「……こんなケンカ早い人を社長にして大丈夫なのかしら?」
「水谷さんの言っていた通り、更正したんだろう。……彰くんが、昔不良だったとしてもそれから更正した頑張りすら認めないのか?」
「人間の本質なんて簡単には変わらないわ。事実、火野君にケンカを振られて、事情も知らないのにすぐにケンカを買ったらしいじゃない」
彩香が父の主張を切り捨てる。
風野藤一郎がまた反論してこのまま議論は平行線上を辿る、と彰は思っていたが、しかしその前に風野藤一郎が折れた。
「そうか。…………仕方ない。彩香、それならチャンスを上げよう」
そこで風野藤一郎は対面していた娘に背を向けた。
そのまま意味も無く歩き出した風野藤一郎の行動の意味は、彩香に表情を見せたくなかったからかもしれない。
風野藤一郎の後ろの方に立っていた彰はその表情を見ることができたが、それは。
妥協しているはずの風野藤一郎が、計算通りという得意顔だったから。
「明日の試合。彰くんと彩香が一対一で試合をして、彩香が勝てたら結婚の話は白紙に戻そう」
つまり、これこそが風野藤一郎がやりたかったことのようだった。
何故かは全く分からなかったが。
続きます。




