五十九話「会談二日目 会談1」
外との連絡手段が無くなった洋館でおきた事件。それは今クライマックスを迎えていた。
探偵は一同の前で館の主人を指差した。
「…………そう犯人はあなたです。……………………鋭い氷を使って刺した後、それを溶かすことで証拠隠滅を図ったようですが甘かったですね。………………私には…………」
………………。
彰は旅館の自室でミステリー小説を読んでいた。もう二時間ほどずっと読んでいる。
「……そうだったのか」
今はちょうどクライマックス。探偵が推理ショーを披露している最中だった。
それから数分。
「…………よし、面白かった」
彰はたった今読み終わった文庫本を閉じる。読書にのめり込んでずっと体勢が一緒だったため体が強張り、それをほぐすために彰は両手を組んで頭の上でのばした。
「んーーっ」
窓際に座る彰は窓の方に視線を向ける。遠くには海が見え、今が夏だったら泳ぎに行ってたのにと思う。
伸びをすることによって発生した血が通う感覚に彰はえもいわれぬ心地よさを感じる。ここ最近の疲れがドッと出てきたのか意識がウトウトし始めた。
「…………おやすみ」
眠気を耐える必要も無かったため、背もたれに体を任せて彰の意識はまどろみに落ちた。
「…………さん、…………らさん、…………あきらさん」
誰かが彰を呼ぶ声がする。と同時に体も揺さぶられる。
――誰だ? 人がこんなにも気持ちよく寝ているっていうのに。
「…………ください、………………てください」
――ああもう。眠いんだよ。
半覚醒状態の彰は起こそうとする誰かに言った。
「…………あと……五分」
なかば寝言である。
「はあ……」
そのセリフを聞いた人物は呆れた。
「……もう。時間が無いですし、しょうがないですね」
そして最終手段を発動した。
フゥ。
「うわっっっ!!!!」
突然耳元に息を吹き込まれ飛び上がる彰。
その目の前には、
「目が覚めましたか?」
にっこり笑っている恵梨の顔があった。
彰の顔から四、五センチほどという、本当に目の前にあった。
状況からして恵梨が耳に息を吹き込んだからそんな至近距離にいるのだろう。
「………………」
強引に起こされたため、頭の覚醒が追いつかない彰はボーっとしていて。
「………………あ、あの。彰さん……?」
彰を起こした恵梨だがこの事態を予測できておらず対処できない。顔を少し赤くして、固まってしまった。
前もこんなかんじのがあったよな。…………火野に襲われた後だっけ。
「「……………………」」
彰の脳裏にはそんな思考が流れながらも、数秒間、世界が止まったかのように見詰め合う二人は。
「早く行くわよ。恵梨」
ブルン!
入り口の方から聞こえた声によって二人の世界は再度動き出し、お互いにあわてて顔を逸らした。
「……あっ! …………えと……その。……もしかして、あなたたち二人は」
ちょうど襖を開けて入ってきたのは彩香で、今の風景を見て気まずそうな顔を浮かべている。
確かに二人きりの部屋で至近距離で見つめあっていたら、誰だって邪推するだろうが……。
「誤解だ!!!」
とりあえず叫ぶ彰。
「………………そ、その。ご、誤解ですよ」
突発的な事態だったので顔を少し赤くする恵梨。彰も少し赤くなっているかもしれないが、起きていきなり女の顔が目の前にあったら誰だって赤面してしまうだろう。高校生だし。
だが、これでは恵梨の発言には説得力が皆無と言っても良い。
――これは釈明までに時間がかかりそうだな。
彰は不利な状況を認めながらも、寝起きの頭をフル回転させて彩香に言い訳を始めた。
「…………そうだったのね」
彰の全力の抗弁により彩香の誤解は解けた。恵梨もとっくにクールダウンしており通常運転だ。
「誤解なんかしてごめんなさい」
「いいんだ。分かってくれれば」
彰は乾いた笑みを浮かべるだけだ。力の無い笑みなのは、彩香が変に頑固だったので誤解を解くのが大変であったからだろう。
そして残った疑問を彰は恵梨にぶつけた。
「……そういえば恵梨は何で俺を起こしに来たんだ?」
「何でって…………。ああっ!!!」
恵梨が急に声を大にした。
「彰さん、もう昼です! 風野さんたちが待っていて、だから私が呼びに来たんですよ!!」
「何っ!?」
あわてて彰が時計を見る。
時刻は一時過ぎ。彰が寝ている間にかなりの時間が過ぎたようだ。
風野藤一郎とは午後からとしか約束していないが、もうその時間が来ているということなのだろう。
「それを先に言ってくれ!! そんなことなら、彩香と言い争っている場合じゃなかっただろ!!」
彩香とも数分は言い合いをしていたので、更に風野藤一郎を待たせているだろう。
「すいません忘れていまして」
「……衝撃の光景に私も忘れていたわ」
「くそっ! ……急ぐぞ!」
謝った二人を攻めてもしょうがないので彰は部屋を飛び出した。幸い昨日集まった部屋なので場所は覚えている。
「あっ、待ってください」
「待ちなさいよ」
恵梨と彩香も遅れてついてきた。
彰は目的の昨夜七人で集まった部屋の扉にたどり着いた。
「すいません! 遅れました!」
彰は靴を脱いで部屋に上がり襖を開けて駆け込んだ。
昨日とほとんど変わらぬ部屋。違うところは真ん中の机を囲んで座っている三人の人物である。
「彰くん大丈夫だ。そこまで急がなくても時間ならたっぷりある」
その内の一人、彰の遅刻を非難しない風野藤一郎は大企業の社長なだけあって器がでかい。
「私も気にしていませんから」
もう一人、風野藤一郎と対面していた温厚そうなおじさんも人の良さそうな表情で言った。
「……そうなると私も許すしかないってワケだね」
そのおじさんの隣、おばさんと呼ぶべきかお姉さんと呼ぶべきかを迷うような外見の女性も仕方なさそうに笑った。
「…………?」
彰はこの二人が誰なのか知らないが、この場にいるということは風野藤一郎が一緒に話をするために二人を呼んだのだろう。
「待ってください、彰さん」
「ようやく追いついたわ」
彰が入ってきた方から恵梨と彩香もやってきて、これで全員が揃った。
話し合いが始まった。
開口一番、温厚そうなおじさんが彰を見て言った。
「まず自己紹介をしておきましょうか。私の名前は中田洋平です。…………しかし君は見れば見るほど、大吾にそっくりですね」
風野藤一郎と残りの二人が机の一方に座り、他方に彰と恵梨と彩香が座った。つまり、子供たちと大人たちが対面している状況である。
「ああ、それ。私も思ったわ。………………そうそう。私の名前は中田昭代ね」
洋平の意見に追随したのはもう一人の女性。先に自己紹介した中田洋平と同じ苗字だ。
――いきなり俺が大吾に似ているって言われてもな……。
彰は苦笑いのようなものを浮かべる。
彰にとっては大吾が誰かも知らないし、そこまで興味はない。この二人の素性のほうがよっぽど気になる彰。
「ふむ。…………言われて見れば大吾の学生時代のころと似ているな」
しかし風野藤一郎にまでうなずかれると、
「…………その、大吾って誰ですか?」
彰はそう聞くしかない。
風野藤一郎は遠い目をとった。
「大吾って言うのは、私の叔父だったんだ」
「…………だった?」
過去形? 彰が聞き返す。
「……もう亡くなっているんだ。…………随分前の話だよ。彩香も生まれていないほどの昔さ」
「………………そうだったんですか」
「事故にあったんだ。……まだ三十歳ほどだったのに」
風野藤一郎が沈痛な面持ちでうつむく。
「藤一郎。私が話しだしておいてすまないが、今日の話には関係ないだろう」
中田洋平が風野藤一郎に声をかける。
「………………すまないな。そのとおり今は関係ない事だったな」
風野藤一郎が顔を上げて言った。
「いえ…………ところで中田さん二人は何故ここにいるんですか?」
いきなりで不躾な質問だが、また話が逸れては面倒だと彰が先に風野藤一郎に質問する。
「ああそれは、どのような集団にもまとめる役目は必要だろう。一応私がこの日本の能力者の長で、この洋平が副長なんだ。……だから話を聞かせておいたほうがいいだろうと思ってね」
「副長なんて不甲斐ない私が務めるのもおこがましいですけどね」
さばさばとした感じで洋平が言ったため、その発言の真意が謙遜なのか自虐なのか彰には分からない。
「もう。自信持ちなさいって!」
そこに中田昭代が洋平の背中を叩いて励ます。
「それでこちらが中田昭代で洋平の妻だ」
風野藤一郎が付け足す。
「妻……?」
雰囲気に合わないな、と彰は失礼なことを思った。
「さて、本題には入ろうか。…………彰くん。この度、君たちに起こった出来事について聞いても良いかね?」
風野藤一郎は肘を机の上に乗せて、組んだ両手の上にあごを乗せた。いちいち様になっている動作だ。
「ああ、分かった」
彰はうなずいて、恵梨と出会ってから今までを話し出した。
…………………………。
……………………。
………………。
数分後。
昨日彰は一度雷沢たちに話しているため、二回目の今日はスムーズに話すことができた。
黙って聞いていた三人の大人たちが彰が話し終えたことで口を開きだした。
「…………そうか。…………誠さんと月夜さんがそんなふざけた奴らに……」
洋平が悔しそうにつぶやく。
誠と月代とは恵梨の両親で、科学技術研究会に殺された能力者だ。
「…………私も。…………月代とはよく連絡しあっていたけど、最近連絡が来ないと思っていたのに、恵梨ちゃんからメールが来るまで気づけなかった。…………まさか死んでいたなんて…………」
「えっと、それは違いますよ」
昭代も夫と同様に悔しがっているのを聞いて、彰があわてて正した。
「恵梨の両親が殺された事件なんですが、能力者関連の事件を表沙汰にできないからさっきも言った異能力者隠蔽機関のラティスが記憶で思い出せないようにしたらしいです。
だから昭代さんが月代さんを思い出せなかったのも仕方ないんですよ」
彰は、この前火野と戦った後に聞いていた話を伝える。
「しかし記憶は記憶を消す能力ではなく、思い出させなくする能力です。だからラティスから聞いたんですが、何かのきっかけがあれば思い出します。
今回で言うと、恵梨の両親のことを記憶で忘れさせられていたけど、恵梨からのメールで誠と月夜という名前を見た瞬間に思い出したんじゃないんですか?」
「…………そうだったわ。…………でも本当に何で月代が」
恵梨からのメールで友人の死を知っていたのだが、昭代は実感が持てなかった。彰に口頭で言われてしっかりと認識してしまい、昭代は泣きながら故人を悼む。
「………………」
それを横で夫の洋平が無言で慰めていた。
「…………お母さん」
彰の隣に座っている恵梨も昔を思い出してポツンとつぶやく。ここ最近は考えないようにしていたので反動が大きいようだ。
「大丈夫よ、恵梨」
こちらは彩香が慰めていた。
「異能力者隠蔽機関か…………」
風野藤一郎がつぶやく。こちらも能力者である以上恵梨の両親とは関わりがあったはずだが、もうその死を受け止めているようだった。
彰としても気が落ち込むような出来事だが、死んだ本人を知らないだけにショックが小さい。
「知っていたのか?」
「いや。……彩香からも聞いただろうが、私も親から能力を普通の人前で使うなと教育されてきたからね。
…………しかし、記憶を操る能力とは恐ろしいな。悪用しようと思えば何だって出来るだろう」
「それなのに世界を秩序を守るために使っているんですから、悪い奴ではないでしょう」
彰はラティスと初めて会ったとき、何故世界の秩序を守っているのかと聞いたがはぐらかされたのを思い出す。
「しかし、私も科学技術研究会という組織については知らないな」
「…………そうですか」
日本の能力者の長である風野藤一郎ですら知らないようだ。
「それにすまないが、君が能力者である理由も見当がつかない」
「八方塞がりか……」
この能力者会談で何かが分かるのを期待していただけに彰の落胆は大きい。
「まあ、気を落とさないでくれ。こちらも数少ない手がかりを頼りに独自に調べてみるよ」
「手がかり?」
「まず、科学技術研究会自体について。そしてもう一つ。意味深な発言をした君の父親についてだな」
指を二つ立てた風野藤一郎は彰を安心させるように笑った。
「期待しておいてくれ。こっちだって大企業の社長だ。色々と情報ソースは持っている」
「お願いします」
彰は頭を下げた。
昭代も恵梨も落ち着いたようだ。
風野藤一郎がそれを見て発言する。
「さて、私が聞きたかった話も終わったようだし、今度は君が聞きたい話を言ってくれたまえ」
何を聞くかはもう考えてあったので、彰はそれを言った。
「能力者について全般的な話を頼めるか?」
「全般的な話ね」風野藤一郎はうなずいた。「……そうか。君は最近自分の能力に自覚したから、能力者の常識も知らないだろう。……では何から話そうか……」
風野藤一郎は短い思案の後に言った。
「では最初に。……能力者がこの世に現れたのはいつごろだと思うか?」




