五十八話「会談二日目 朝食」
能力者会談二日目の朝。
昨夜は宴会場であった部屋が、今朝は朝食会場になっていた。
彰は周りを見回した。
昨夜と同じメンバー、つまり未成年の能力者七人が和室に置かれた机で朝食を食べている。しかし、逆に言うとその七人しかおらず、だだっ広い部屋の一隅で食事しているという雰囲気になってしまう。
というのも、
「大人たちは二日酔いなのか?」
「そうやな。……昨日父さんと母さんは夜中に部屋に帰ってきたんやで」
彰の質問に火野が呆れたように言った。
宴会に参加していた大人の能力者たちは二日酔いでこの時間に起きてこれないようだった。風野藤一郎が能力者会談のためにこの旅館を貸しきっているので他の客もいない。
「僕のところも似たような物だ」
「私もだね」
大学生である雷沢と光崎も同じく答えた。
彰がさっき聞いたところ、雷沢と光崎は大学二年目だが誕生日が来ていないので二人とも十九歳であるらしい。つまり飲酒はできない年齢である。
昨夜意味深な発言を残した彩香もその話を横で聞いていた。箸を置いてから一言。
「でも……私の父はそんなに酔っているようには見えなかったわ」
そのとき。
「彩香。それは私の事か?」
貫禄のある四十歳台と思われる男性が部屋に入ってきた。
その男性は彩香の言の通り、元気が溌剌とした感じの風野藤一郎氏である。
「おはようございます」
雷沢が普通に挨拶を返した。……こんな風景を見ていると昨夜能力名に関する話で熱弁を振るっていた雷沢は何だったんだろう? と彰は思ってしまう。
「毎度、毎度お世話になっています」
光崎もこの旅館に泊めてもらっている事への礼を言う。
「気にしないでくれ。そこの彰くんにも言ったが、それくらい造作の無いことだからね」
普通に聞くと金持ちを鼻にかけた嫌味な発言だが、風野藤一郎が言うと舞台の役者が演じているようで、つまり様になっていた。
風野藤一郎はポットから牛乳をコップについで一息に飲み干した。豪快な飲みっぷりだ。
「ああそう。彰くんとは今日話をすると言っていたが…………すまないが午後からで良いかね? ……あと、水谷さん、それに彩香も彰くんと一緒に来てもらえると助かる」
風野藤一郎が思い出したように三人に言ってきた。そういえば昨日、話をする約束を取り付けていた。
風野藤一郎が彰に聞きたい話とは、たぶん彰が科学技術研究会に襲われた話と彰が風の錬金術者に生まれた理由だろう。……まあ、どちらも彰自身あまり分かっていないのだが。
対して、彰が聞きたい話は能力者についての全般的な話だ。最近自分が能力者だと知った彰はその知識が恵梨や火野に聞いた断片的な物しかないからだ。
「私はいいですよ」
「私もよ」
恵梨と彩香は即答した。彰も異論は無いが、
「いいですけど……何で午後からなんですか?」
――何か大変なことでもあったのか? 俺としては今からでも良いんだが。
彰が心配していると、風野藤一郎がこめかみを抑えながら口を開いた。
「娘はああ言ったが二日酔いでまだ頭がガンガンしていてね。……ここに来たのも牛乳を飲みに来ただけで、すまないが今から二度寝する予定なんだ。………………さすがに昨日は飲みすぎたな。ははは」
「………………」
――元気そうにみえるが……?
皮肉ではなく純粋に彰はそう思った。
「昨日はどれくらい飲んだんや?」
気になったのか火野が風野藤一郎に質問すると、風野藤一郎はこめかみを抑えながら中空を見て昨日を思い出していた。
「昨日は結局昼から真夜中までずっと飲んでいてね。…………ビールが一番多くてコップで20杯ほど。焼酎は一瓶を5、6人で開けたし、誰かが持ってきたのかワインも4、5杯グラスでいただいて。……ああ、中田さんがチューハイを缶ごと渡してくれたな。そういえば――」
多っ!!
それだけ飲んでこの程度の二日酔いで収まっているのか!?
彰が頭の中で風野藤一郎にツッコミを入れている間も、
「――誰かが日本酒も持ってきていて、それももらったような……」
風野藤一郎が昨日の事を思い出している。
「いつまで続くんや……?」
質問した火野も軽く引いている飲みっぷりに、同様に彰も風野藤一郎の話がいつ終わるか分からなくなったので、失礼だが強制的に話を中断させることにする。
「それで俺はどこに行けば良いですか!?」
「――旅館の外のバーに行こうと言われたがさすがにそれはお断りして………………おっと。何か言ったかね?」
彰が声を上げてから数泊遅れて風野藤一郎が反応を返す。彰は質問を繰り返した。
「午後はどこで話をしますか?」
「ああ、その話か。……そうだな。昨日君たちが集まっていた部屋があるだろ。あそこは誰も泊まっていないフリーな部屋でね。…………そこでどうかな?」
「分かりました」
「……では、私はこれで。もう一回寝直してくるよ」
風野藤一郎は彰に確認を取ると、昨日の話をリピートさせること無く襖を開けて部屋を出て行った。朝食は食べておらず本当に牛乳を飲みに来ただけのようだった。
「すごい人やな。それだけ飲んで俺たちとまともに会話が出来るなんて」
「実はまだ酔っ払っているんじゃないか?」
襖が閉まって足音が遠のいてから、火野と彰は感嘆と呆れが混じったセリフを口にした。
彩香が閉まった襖の方を見ながら言葉を返す。
「父があんなに羽目をはずすのもこのGWくらいよ。……会社には仕事の電話も入れないように言っているほどだから」
「……大丈夫なのか?」
「あんまり偉くなり過ぎると逆に暇が出来るようになるものだ……って父が言っていたわ」
――大企業アクイナスは風野藤一郎が一代で発展させた、って新聞に書いてあったな。それゆえに風野藤一郎はやり手で会社の中心人物なのだろうが…………まあ俺が気にしてもしょうがないか。
彰は頭を切り替えて、昼からの事を話題に載せた。
「ということで俺と恵梨と彩香は午後から話があるが…………他のみんなは今日何をするんだ?」
それに真っ先に答えたのは火野の妹――理子だった。
「私はね、お兄ちゃんと一緒にショッピングに行くの」
その声は弾んでいた。とても楽しみらしく、満面の笑顔であった。中学生らしいその表情は天真爛漫という言葉が似合う。
火野はそんな理子を見すらせずに言った。
「父さんと母さんが二日酔いで動けないからお守りってところやな」
「お守りって…………デートでしょ、お兄ちゃん」
「妹とデートして何が楽しいかっつうの」
「もう、恥ずかしがって」
理子がニコニコー、と笑みを浮かべて火野を見る。
火野がぽつりとこぼした。
「…………どこがなんや」
――とか言いながらも楽しみにしているように見えるけどな。
ああ、あれか。ツンデレか。彰はそう思った。
「僕らもいつも通り適当にぶらつく予定だ」
火野と理子のかけあいはまだ続くようで、しかし長くなりそうだったので彰はそっとしておくことにした。
そうして雷沢の方を見たら、視線に気づいた雷沢が予定を発表してくれた。
「……ら? ……いつも通り?」
彰が分からなかった言葉をピックアップした。
「……ああ、すまない。君が知っているはずが無いか。…………毎年僕と純は能力者会談の二日目は一緒に出かけているんだ」
「……………………そ、そうなの」
光崎純の方を見たら、顔を真っ赤にして肯定した。
「……へえ」
――火野と妹は知らないが、こっちはマジなデートだな。
やべぇ、面白そう。昼まででも良いから尾行してみようか、と思った彰はすぐにもう一つの事実に思い当たった。
――毎年デートしていてこれなのか。…………雷沢は鈍感そうだし今日も何か起きるとは思えないな。
雷沢と光崎の関係はさっき風祭藤一郎が来る前に話を聞いている。
二人の家は離れているが、昔から毎年この能力者会談で会う同い年の遠距離幼なじみなのである。雷沢は分からないが、光崎は年に一回会うことを楽しみにしていたようだった。
といってもお互いの家が電車で二、三時間ほど離れた場所にあるらしいので、大学生になって行動範囲が広がった最近では光崎が積極的に誘って一緒に遊びに行く事もあるらしい。(これは恵梨からの情報)
能力者会談は日本の能力者が一同に会する唯一の機会だ。しかし会談と名打っているものの形骸化しており、ほとんどの能力者が火野兄妹や雷沢と光崎のように旅行気分でこの旅館に来ている。
「そうか…………」
彰は腕組みして考え込んだ。
どこかに行こうにも午後までしか時間が無いので中途半端になりそうだし旅館にいることにするか。
しかし、何をしようか? …………水谷や彩香と遊ぶってのも何か違うし。…………一人で読書でもするか。
来る時の電車でも思ったが、たまにはのんびりするのもいいだろう。
思考に没している彰のもとに火野が来た。理子との会話を切り上げてきたようだ。
「さっきの聞いてたよな」
「ああ。……デートがんばって来いよ」
「あんたもか!! ……というか、妹と出かけることはデートって言うのか……?」
火野は数秒悩んだ後、まあいっかと思って話を変えた。彰の主観だがバカは切り替えが早いような気がする。
「そうそう。昨日電車でもう一回戦おうって言ったやないか」
電車で火野にまた戦う気があるのか、と聞いたときに発せられたセリフである。
「それがどうした?」
「ちょうど良い機会があってな。……明日、能力者会談三日目は能力者同士の試合をすることが出来るんや」
「試合?」
彰は首をひねる。詳細を教えてくれ、と火野に言った。
「場所はこの旅館のはずれにある道場や。あらかじめ戦いたい相手と合意を取り付けておいて、主催者である風野藤一郎に今日の内にその旨を伝えておく。
ルールはほぼ何でもありで、勝ち負けの判定もどちらかが「負けた」と降参したらとか戦闘続行不可能になったらとかや。戦う二人で合意すれば特別にルールをつけても良い。……まあ簡単に言うと公認のケンカってところやな。
参加は自由やから、試合に出ないでずっと見るほうにも回ってもいいし、普通に町に出向いてもいい」
「そんなのやっているのか」
かなり野蛮だな、と彰の顔に出たのだろうか。火野が説明を追加した。
「もちろん殺す気でかかるのとかは無しやし、怪我とかが心配になるから中田さんの能力『身体強化』で両選手の体を頑丈にしておいて戦うとか出来るけどな。……賞品とかがあるわけやないし気楽に戦えるで」
「その能力便利そうだな…………しかし何でそんなことやるんだ?」
「見ていて楽しいし、日常ではあまり能力を使う機会がないし、ちょうど良い娯楽やったっていうことやないか?」
火野の説明を受け、彰は気分が高揚してきた。
――しかしその試合っての楽しそうだな。
能力者と能力者がお互いの技を競い合う……という展開になるかは知らないが、まあ男子とは戦いというものに憧れるものだ。ワクワクするのは彰が元不良だからというだけではないだろう。
「今までの俺とおまえの戦績を一勝一敗ということにしておいてやる」
負けず嫌いの彰は負けを認めたがらない。
「…………ちょうど雌雄を決する瞬間が来たようだな」
フフフ、と彰が不適に火野に笑いかける。
「…………しゆうをけっする、ってどういう意味や?」
「おい! それぐらい知っとけよ!」
火野がポカンとして聞いてくるので彰はツッコんだ。
「簡単に言えば決着をつけるということだ」
「そういう意味か。……ちょうどいい。俺もそう思っていたところや」
ククク、火野もノッてきて好戦的な笑みを返してきた。
「フフフフフフフフフフフ」
「ククククククククククク」
「ハーハハハハハハハハハハハハハハ」
「カーカカカカカカカカカカカカカカ」
「……で、いつ風野藤一郎氏に言いに行くんや?」
「今はもう二度寝に入っているだろうし、おまえが帰ってきた夕方にでも試合をするって言いに行くか」
二人ともいきなり通常のテンションに戻った。
「そうやな」
火野が同意した。
朝食を食べ終わった七人はそれぞれの部屋に帰って行った。
火野兄妹はそのままショッピングに、雷沢と光崎はデートに、恵梨と彩香は午後まで恵梨の部屋で二人でガールズトークをしたりするそうだ。
彰は旅館の自分の部屋で窓際においてあった小さな背もたれ付きの椅子に座り、こういうときのために持ってきていた文庫本を開いた。




