五十一話「会談一日目 再会1」
GW四日目。
能力者会談一日目の昼過ぎ。
ガタン、ゴトン。
「まさかこんなところで会うなんてな」
彰と恵梨はそれぞれ着替えなどの入った荷物を持って電車に揺られていた。
「この前はすまんな。俺の勘違いで戦いを吹っかけたりして」
二人用の席が向かい合っていることで四人用の座席になっているところに、彰と恵梨
そしてもう一人の能力者が座っていた。
「よく考えたらおまえが戦闘人形なわけないよな。うん」
一方的にべらべらとしゃべっている好戦的な目つきを持った少年に、彰は我慢し切れなかったように言った。
「何でおまえがここにいるんだ。……火野」
つい数日前に彰と恵梨が戦った炎の錬金術者。
「目的地が一緒だからやろ。俺も能力者会談に参加するからな」
火野正則はそう返した。
事の発端は…………特に何も無かった。
能力者会談一日目の今日は集合時間の決まりなど無く、大体夜までに着けばいいということらしい。
なので彰と恵梨は昼過ぎに結上市の駅に行って目的地までの切符を買った。
目的地までは二、三時間かかるようだが、ちょうど一時間ほど過ぎたとき「よう! 久しぶりやな」と火野が電車に入って来る。
そして二人で向かい合って座っていたところに図々しく乗り込んできた火野に彰と恵梨は隣り合って座り、火野と対面する形となったのだった。
ただそれだけのことであった。
火野正則。
炎の錬金術者。
重度の馬鹿であり、彰を科学技術研究会の戦闘人形と勘違いして勝負を吹っかけてきたりした。
……といっても、今は友好的なようだな。
彰が視線を窓に向ける。どこか森に近いところを通っているのか、窓からは緑の方が多い景色が見えた。今から向かうのは結上市よりも田舎のようだ。
旅は人々を現実のしがらみから開放するから楽しいのだ、とかそんな言葉があったよな……。
そのように彰が旅を楽しんでいる間も、火野と恵梨は話を続けていた。
「つうかこの前は大変だったんだぞ。おまえらが気絶した俺をそのまま放り出して帰ったりするから風邪を引いたわ」
「へえ。……馬鹿でも風邪を引くんですね」
恵梨がナチュラルに辛辣な言葉を返す。
この前、火野は盛大な勘違いで恵梨を怒らせた時の対応が残っているのか恵梨の火野に対する扱いはひどい。
「おお、そら引くに決まっているやろ。……まあ一日で治ったがな」
「ゴキブリ並みの生命力だな」
彰も皮肉と共に話に入っていく。
……ていうか、あれだけの戦いの後にひいた風邪がよく一日で治るよな。
彰の皮肉を褒め言葉と取ったのか、火野は何故か胸を張って言った。
「まあな。……つっても大変だったんやぞ。起きた時におまえらの姿は無かったけど、負けたからしゃあない家に帰るかと思ったんや。だから、風邪の体を引きずって家まで帰ったんや。そしたら今度は………………」
ブルッ!
言葉の途中で何を思い出したのか分からないが、その瞬間火野が体を震えさせた。
「?」
彰がいぶかしんで訊ねる。
「どうしたんだ?」
「………………あれは…………あれは駄目だ。…………すいません…………すいません。……もう、もう人様には迷惑をかけませんから……。もう痛いのはやめて、やめて、やめて……」
彰の言葉が聞こえていないのか、火野が頭を抱えてブツブツと懺悔の声をつぶやきだした。それはもう、自殺してしまうんじゃないのかというレベルで。
…………どうしていきなり火野が鬱になったんだ? ……まるで誰かに拷問でもされたのを思い出したようだ。
その姿を見て恵梨がつぶやく。
「理子ちゃんはちゃんと仕事をしたようですね」
フフフ、と微笑を浮かべて納得しているような恵梨はこの事態について知っているようだった。
……そういえば会ったばかりの時の恵梨もなんか冷たかったよな。恵梨は元から二重性格なのかもしれない。
彰が(暗黒面の)恵梨を見てそんなことを思った。
「……やめて、やめてくれ、やめてください」
電車がどこかの駅に止まったのか車内が少しの間静かになると、火野のつぶやきがよく聞こえてきた。
あの元気な火野がここまで変わってしまう出来事……。
「………………」
怖っ!!
戦慄した彰は関わりあいになるのを恐れて、しかし少し気になったので少々ピンボケさせた質問を恵梨にすることにした。
「その、理子って誰なんだ?」
「フフフ………………。えっ! ……その……理子ちゃんは火野君の妹ですよ」
我に帰った恵梨が予想外の答えを返す。
妹。……妹が何をしたんだろうか?
彰はもちろんそこには触れ(られ)ず、別のことを確認する。
「火野が炎の錬金術者なんだから、その妹も炎の錬金術者なんだよな?」
「はい」
「なら、能力者会談にも来るんじゃないのか?」
「……そうですね。……そういえば火野君は居るのに、理子ちゃんの姿が見当たりませんね」
恵梨が鬱に入っている火野の肩をつかんで揺さぶった。
「火野君。妹さんはどうしたんですか」
「……ごめん、ごめんな、ごめんなさい」
火野は口から壊れたスピーカーのように謝罪の言葉をリピートして、体は糸の切れたよう人形の様にぐたぐた揺さぶられて、目は死んだ魚のようにしている。
「ど、う、し、た、ん、で、す、かー」
揺さぶりにあわせて呼びかける恵梨を見て、彰は容赦無いなと感想を浮かべた。……決して口に出す勇気は無かったが。
「ごめんなさいませ、ごめんなさ。…………………………っ!」
「あっ、やっと戻ってきましたか」
急に火野の目に意志が戻った。恵梨が掴んでいた手を離すと、現状を把握できていない火野が回りをキョロキョロと見回す。
「俺は一体何をしていたんだ……?」
「火野君。理子ちゃんはどうしたんですか?」
「……理子。……その名前を聞くと頭がズキズキと痛み出すんだが」こめかみを押さえた火野は無理やり元気な声で、「……まあ気のせいやな! ……そうそう、理子は平日だけど学校が休みやから母さん、父さんと一緒に一足先についていると思うぞ」
と言う火野はよく見れば制服姿であった。学校が終わってそのまま電車に乗り込んだようだ。(ちなみに彰たちは私立校ゆえに今日は特別に休日にされている)
「そうでしたか」
恵梨がそう言ったときに、一つ聞くのを忘れていた事を思い出した彰。
「そうそう。……おまえはもう俺と再戦する気は無いんだな」
最初から火野が友好的に振舞っていたから忘れていたが、火野は彰の命を狙ってきたことがあるのだ。
彰の言葉に、火野は真面目な顔になって答えてくれた。
「……再戦する気はあるで。けどな、それは『ケンカ』って意味で、『殺し』って意味ではないで。……それにおまえが戦闘人形っていうのは俺の勘違いだった、と身に染みるほど教えられたしな」
「最初からそう言ってただろ。……まあ、ケンカなら俺も大歓迎だ」
中学時代に不良だった彰は、ケンカと聞いて血がうずくのを感じた。
「もう一回やったら俺が勝つやろうけどな。一対一なら俺が勝ったんやし」
「二対一はおまえが条件を飲んだからだろ。……けど、もう一対一でも負ける気はしないけどな」
「よう言ったな。……なら、能力者会談中に勝負や」
「ああ、望むところだ」
「……二人とも似ていますね」
向かい合う二人の間で熱く火花が散っているのを見て、恵梨は「やれやれ」と呆れの感情を顔に浮かべるのだった。




