五十話「夕食2 at由菜の家」
彰、恵梨、由菜、そして由菜の母である優菜。計四人が由菜家において夕食をしている。
「ごちそうさま、おいしかったです」
男子高校生ゆえに食べるのが早い彰は、四人の中で一番最初に食べ終わった。
「あら、ありがとう」
料理を褒めてもらった由菜の母、優菜が言葉を返す。
実際肉じゃがはじゃがいもや肉によく味がしみていて、彰にはマネもできそうになかった。
「そういえば、おば……優菜さんの料理を食べたのは久しぶりだったな」
彰が自分の食器をまとめて流し台に持っていく。(ちなみに優菜のことをおばさんと呼ぶとそれは恐ろしいことになる)
「あの、久しぶりということは、以前はこんな風に彰さんが夕食を一緒にすることがあったんですか?」
恵梨が咀嚼していたじゃがいもを飲み込んでから聞いた。最近になって彰と由菜、この幼なじみのコミュニティに入ってきた恵梨は昔の事情を知らない。
三人を代表して優菜が恵梨に説明する。
「そうね。彰くんの母、美佐子ちゃんは時々ご飯作るのめんどくさがって、こっちの家に食べに来たりしたからね」
「……子供だった俺も連れてな。育児放棄だろ」
身内の醜態に彰が苦々しい顔で付け足した。
優菜が美佐子ちゃんと呼ぶ、高野美佐子とは彰の母親である。話から察するにズボラな人であったようだ。
母にからかわれて赤面してた由菜はとっくに通常運行に戻っていて、二人の説明を補足する。
「まあ、そうでなくても家族ぐるみの付き合いで仲良かったから一月に一回くらいは一緒に夕ご飯を食べたりしてたけどね」
「そして高校に進級してまず俺は自炊の練習をしておきたかったし、その後はおまえが家に来てバタバタと忙しかったから、最近はその機会が無かったって訳だ」
彰が恵梨に対する説明を締めくくった。
そこで優菜がいいことを思いついたという表情を取って提案する。
「それなら明日の夕食も家に来る? 今日はそんなにたいしたものは用意できなかったし。……なんならGW中ずっと来てもいいのよ」
「そうね。そうしましょうよ」
由菜がその提案に賛成する。
ありがたい提案だが、しかし恵梨は明日から能力者会談がありそれは無理な話だ。
なので、肉じゃがを食べていた箸を置いてためらいがちに言った。
「……ええと、その提案ですがありがたいんですけど……」
「明日から出かける用事があるんです」
恵梨の言葉を彰が引き継ぐ。彰も同様に能力者会談に参加する予定だった。
「えっ? 何それ。聞いてないわよ」
由菜は自分の知らない話に目を丸くする。
「俺と恵梨は明日から四日間出かけるんだ」
「四日間!? ………………それって、何でなの?」
由菜が神妙な顔になって聞いてくるが、能力者会談の話を由菜にするわけにはいかない。
気は進まないが誤魔化すしかない彰が、髪の毛をガシガシとかきながら言った。
「…………その、少し理由があってな」
それを聞いた瞬間、
「……………………また、なの……?」
由菜が彰を見つめておもわず訊ねていた。
……また私には説明できないの?
由菜は自分の内でズキン、という音が聞こえた気がした。
最近――いや、たぶん恵梨が来てから――彰がそうやって自分の行動の理由をはぐらかすことが増えた。この前の土曜日だって早く帰った理由も教えてくれないし、何故夜遅くに全身ぼろぼろにして帰ってきたのかも話さないし、そもそも恵梨を助けた理由・経緯も私は知らない。
他の人だったら、一つや二つの隠し事などそうも気に留めなかった事。……人間とは隠し事も無く生きていけるわけは無いから。
しかし相手が幼なじみの彰だから。……「あの約束」があるからこそ、由菜には無視できることではなかった。
だから由菜は無意識に口を開いていた。
「……ねえ、彰――」
「…………」
彰の視線が今にも言葉を紡ぎだそうとする由菜にひきつけられる。
しかし由菜から発せられようとした言葉は、
「四日間も出かけるなんて、二人で駆け落ちでもするの?」
隣から聞こえてきた優菜の明るい声にさえぎられた。
「か、駆け落ちですか!?」
その発言に一番大きな反応をしたのが恵梨だ。
「……っ! …………優菜さん。その、駆け落ちっていうのは恋人同士が結婚を認められないからこそするもので、全く当てはまらないですよ」
由菜の雰囲気に引き込まれていた自分を取り戻し、真面目に返したのは彰。
「……あれ? ………………あれ?」
シリアスな雰囲気を一瞬でぶち壊されてすぐに対応できない由菜。
「何を聞こうとしていたの?」
その由菜に、隣の優菜が小声でつぶやく。実の母には、由菜が何をしようとしていたのかはお見通しだった。
「……私は、その……彰に理由を聞こうとしただけで……」
「………………ハァ」
優菜はこっそりとため息をつく。
「あのねえ。あなたは彰くんが何で理由を隠すのかを考えたの?」
「………………」
「誠実な彰くんのことだし、何か事情があるのよ。……何をあせっているのかは知らないけど、少しは待ってみなさいよ」
母は実の娘に対して言い切った。
『何をあせっているのかは知らないけど――』
優菜の言葉が胸に響く。
「……そう、ね」
由菜は自分があせりすぎていたことを認めた。
彰と恵梨には何か事情がある。
そしてそれは私には話せないことらしい。
彰がそう判断したんだったら……「いつか」話してもらうのを信じて待つしかない。
さいわい幼なじみの由菜にとっては「待つ」ということは得意分野だ。
そう思った由菜の目の前で、
「で、二人は本当のところは何で四日間も旅行するの?」
優菜が理由を聞いた。
「……………………」
由菜の目が点になる。
あなたはたった今、私にはそれを聞くなと言いましたよね? なのに何で聞いているんですか?
「だから、その……理由があって」
彰が不明瞭な言葉で誤魔化しに入る。
「あーもう。さっきからそればっかり……なら恵梨ちゃんに聞くんだから」
「わ、私ですか!?」
恵梨に矛先が向けられる。
「そう。……ねえ、頑固な彰くんに代わって教えてよ」
「いや、その……」
恵梨がしどろもどろになるよそで、
「お母さん!!」
言葉と行動が一致しない自由気ままな母親に、由菜が非難の叫びを上げたのも無理はなかった。
その夜。
明日から始まる能力者会談の準備――といっても普通の旅行と同じような準備をするだけだった。……能力者会談とは何をするつもりなのか? 恵梨に聞くタイミングを失ってそのままだった彰。
それを終わらせて自室のベットに横たわった彰。
彰の胸中は罪悪感でいっぱいだった。
「……ごめんな、由菜…………」
つぶやきが自分一人しかいない部屋に散る。
罪悪感の元は、由菜に明日から能力者会談に行く理由を話すことのできない現状だった。
……けど、由菜には能力者に関することを話せない。
だから恵梨を助けたあの日から、あいつには隠し事をしている状態になっている。
それはあのとき二人の間で交わした「あの約束」に反しているのであった。
彰は寝返りを打って、由菜家の方向を向く。
……今日の夕食のとき、あいつは俺に理由を聞こうとしていた。
発せられていない言葉だが、彰は分かっていた。
あのときは優菜さんが場をあやふやにしてくれたから助かったけど――
俺は「いつか」由菜に真実を話す機会が訪れるのだろうか?
「いつか……か」
そういえば、恵梨にもそう言われたな。……俺の過去の話をしたときか。
恵梨には自分の過去を隠して。
由菜には自分の現在を隠して。
「隠し事ばかりだな、俺は」
どうしようもない自分に対して、苦笑が起こる彰だった。




