四話「奇襲の奇襲」
その男、組織の追っ手の三人目は裏通りの物陰に隠れていた。
彰や恵梨が向いている方からすると後ろ、つまり残りの二人の追っ手と挟み撃ちをするように隠れている。
もちろん銃を持っていて、彰の予想通り仲間の合図があれば後ろから恵梨を撃つ予定であった。
つまり追っ手達の作戦は、彰が思っている通りだったのだ。
現在は最終段階で、勝ち誇っている恵梨を撃ち抜けば終わりである。
全くてこずらせやがって、男がぼやく。
しかしこの役割でよかった。俺痛いの嫌だし。……その代わり、撃ち損じることの出来ない重要な役割だな。これでこの仕事の総仕上げだ。
物陰から仲間の合図を待ちながら思考が流れる。
そしてそのときがきた。
恵梨と話している男が、帽子のつばを三回指でこすった。事前に決めてた合図だ。
よし来た! 残念ながら、嬢ちゃんには死んでもらおう。
物陰から少し出て、銃を構え恵梨に照準をさだめた。恵梨はまだ話を続けている。残りの二人と戦っている間に近づいたから、この距離なら百発百中だ。
男の中にはもう未来が見えてた。
俺がこの引き金を引く。そして銃声に驚いた嬢ちゃんが振り向く。が、もうそのときには銃弾が心臓に届いている。そして勝ち誇っていた顔を、苦痛に染める。
そして俺は最高の気分で思いっきり笑うんだ。「俺たちに勝ったつもりだったのか!」と言いながら。
引き金に指をそえる。
死ね!
男が引き金を引く、まさにそのときだった。
ヒューン、パシッ!
「いてっ!」
何かがものすごいスピードで飛んできて、男の顔に当たる。
軽い物だったのか痛みは無いが、予想外のことに頭が一瞬真っ白になる。
……何が当たった?
そう思って目で探すと男の顔に跳ね返った服のボタンがあった。
ボタン? 何故? そう思って前を向きなおすと、
「!?」
もうそこには少年、彰が距離を詰めてきていた。
「なっ!? ……ぐふっ!」
彰のこぶしが鳩尾にめり込む。
「残念だったな」
何故!? こいつは嬢ちゃんの隣にいた学生だ。いつの間に!?
薄れゆく思考では、ただただ驚くことしかできない。
その一撃で男は気絶した。
彰は、気絶した男を地面に放った。
恵梨と会話していた男が驚いた顔でこっちを見ている。恵梨も何が起こったのか分からないのかこちらを見ている。
「恵梨! 油断するな!」
恵梨と対峙していた男は切り替えが早く、もう銃を構えている。
「っ!」
恵梨は危ないところで浮いていた盾を自分の前にかまえた。銃弾がはじかれる。
「くそっ! 撤退だ!」
銃を連射しながら男が言う。銃弾がはじかれる音が響く。
「あいつ、仲間をおいていくつもりなの!?」
恵梨が叫ぶが、彰が否定する。
「いや。たぶん仲間を運びながらは逃げれないと、見越しているのだろう。……策が失敗して、すぐに撤退するあたり頭の回転の速いやつだ」
男の捨て台詞が続く。
「嬢ちゃんの協力者! お前のことは組織に報告するからな!」
男は銃を撃ちながら走っているようだ。
少しすると、銃撃が止まった。恵梨は、盾を解除して水に戻す。
男の姿はどこにも見えなかった。
「はぁ」
今度こそ一件落着だ、と彰は安堵する。
そして男の捨て台詞が気になった。
俺を報告する? ……つまり、俺も組織から狙われるようになるのか?
俺は巻き込まれただけだ、って言っても聞いてくれないだろうし。そりゃ、命が狙われたから成り行きで協力しただけで……
恵梨のほうを見る。
俺はこの子を見捨てて、逃げるべきだったのか? そんなことできる訳ない。
困っている人がいたら助けるのが俺の信念だ。そうでないと俺が今生きている意味が無い……。
それに、どうせ自分の命も狙われていたんだ。考えてもしょうがない。
はぁ、彰はもう一回溜め息をついた。それを見て恵梨が声をかける。
「すいません。助けてもらったのに、巻き込んでしまって……」
恵梨は、彰が自分を責めていると勘違いしたようだ。あわてて彰が返事する。
「いいんだ。俺も命を狙われていたからな。悪いのはその研究会ってやつだ」
そして辺りを見回す。追っ手は一人逃げ出したが、二人は裏通りの地面で絶賛気絶中だ。
「こいつらどうするんだ?」
「……えーと、放っておきましょう」
恵梨はおどおどしながら言った。今気付いたが最初の声音に戻っている。
何でこんな少女が狙われないといけないのか? 彰は疑問に思う。とりあえずはさっき聞きそびれたの恵梨の話を聞かなければならない。
落ち着いて話を聞く前に現状聞かないといけない事を聞く。
「もう夕方になるけど、これからどうするんだ?」
「どうするって……」
恵梨が小首をかしげる。
「今晩は、どこで寝るつもりなんだ?」
「また道端で寝て過ごすつもりですけど」
「また、って?」
彰の疑問に、恵梨がうつむきながら言った。
「一週間ほど前からあいつらに追われ始めたんです。お金も少なかったので、その間ずっと……」
「………………」
彰は自分のことではないが寒気がしてきた。
一週間も追われながら路上生活。誰も頼ることができなかったのだろうか? そんなの俺は耐えられるだろうか?
恵梨がその一週間を思い出して、無意識なのか少し震えている。
本当、何でこんな子が追われなくちゃいけないんだ?
俺だってまだ恵梨に会って時間がたってないけど、能力を持っていたって恵梨の本質が普通な女の子だってことは分かる。
きっと追われている原因だって、恵梨が悪いんじゃなくて、どうせ理不尽な理由に決まっている。
ならば、見捨てることなんてできない。
彰は提案をする。
「そうか。じゃあ俺の家に来ないか?」
「えっ! ……いえっ、そこまで迷惑をかけることはできません」
「このまま話を聞けないほうが、俺にとって迷惑だ」
「ならここで話します」
恵梨は引く気配が無いが、彰はその言葉を予想済みだ。
「その話、長いんだろ。その間ずっと外で話すのか? 家でお茶でも飲みながらのほうがよくないか?」
「えーと……」
「そして、そのまま泊まっていけよ」
「でも……。お、親には何て言うんですか」
せめてもの反論を恵梨がする。
「あ、それなら今両親共に仕事で出張していて、今家には俺一人だから大丈夫だ」
彰は親を説得する必要がないという意味で、そのセリフを言った。
「……えっ! 二人きりで泊まるんですか」
しかし、恵梨はそれを違う意味でとったようだ。
「…………あっ! そういう意味はない! 全然無い!」
恵梨が赤面してしまった。つられて彰も恥ずかしくなる。
彰は少々情けない弁解をする。
「もしまた今晩追っ手が来たら、俺一人では無理だからな。……さすがに今日はもう無いだろうがもしもの為だ。…………そのときは守って欲しいんだ。……俺を巻き込んだ以上、それぐらいのことはしてくれないか」
女相手に、男が「守ってくれ」なんて言うのも恥ずかしいし、恵梨に責任を押し付けるようで、本当に情けない。
しかしこうでも言わないと、恵梨は遠慮して家に泊まらないだろう。そしたらまた野宿だ。せっかく追っ手から助けたのにそれは悪い。
それを聞いて落ち着いた恵梨は言った。
「分かりました」
「おお、……すまんな」
「こちらこそ、すみません、迷惑になります」
二人は謝り合った。
そういえば、と恵梨が口を開く
「何だ?」
「追っ手の相手はできないって言ってましたけど、さっきは私の後ろにいた追っ手を一人で倒しましたよね」
「それは相手の作戦が読めて、奇襲することが分かっていたからな」
何でもないことのように言う彰。
「相手の作戦が読めていたんですか?」
「考えたら分かったのさ」
でも、と恵梨は続ける。
「銃の相手はできないって言ってましたよね」
「正確には違うぞ」
「何がですか?」
「銃を持った二人組みは無理だ。二人同時に隙を作るのは難しいからな。しかし銃を持った一人ぐらいなら、俺でも何とかできる。それに奇襲をしようとしている相手は、攻撃のことしか考えていない分、奇襲しやすいからな」
「……どうやって隙を作ったんですか」
彰は気絶させた男の近くに落ちていたボタンを拾い、見せた。
それは、さっき制服から取れたのをポケットに入れていた物だ。
「これをぶつけたんだ。これで飛ばしてな」
そして指の間に通した輪ゴムを見せた。恵梨に弁当を渡したとき自分の手首に巻きつけておいた輪ゴムである。
つまりは簡易パチンコだ。
「あいつずっと恵梨を狙って銃を構えていたから俺の方を全く見ていなかったんだ。…………まぁ、これが当たって一瞬気が逸れた相手に近づきそのまま鳩尾に、というわけだ」
恵梨は驚きを越して、呆れている。
「そんな危ないことをして……」
「やらなきゃ殺されていたんだから仕方が無いだろう」
「戦いが怖くないんですか」
「死ぬほうがよっぽど怖いさ」
彰が飄々と言う。恵梨が再び呆れる。
「すごいですね、私はそんな風に考えられません。……そういえば、何か習っていたんですか? 敵を一発で気絶させるなんて」
「んっ? ……ああ。昔、空手をやっていたんだ」
彰は当たり障りの無い嘘をついた。
「ということで、暗くなってきたし俺の家に行きませんか?」
これ以上聞かれまいと、自然に話を戻す彰。
それに現在六時だ。四月といえど、少し暗い。
「……はい。……本当に迷惑かけてすみません」
彰は置いていた買い物袋を取って、恵梨を連れて歩き出した。




