四十八話「ボーリング2」
彰と仁司の不毛な争いは不毛な決着をつけたようだった。
現在彰は席に座り他の人が投げるのを見て、自分の番が来るのを待っている。
クラスメイトの男子がボールを構える。ゆったりとした動作から投げられたボールはピンを全てなぎ倒す。「すごいね! ストライクだよ!」「あ、ありがとう」クラスメイトの女子がその男子のところに行ってハイタッチをしているのが見えた。
その後そいつはクラスメイトの男子に囲まれる。「すごいな、ストライクじゃないか!」と言う声が聞こえるが、それはカモフラージュだろう。一年二組の男子は嫉妬深いのは今までの出来事で分かっている。たぶん、囲まれた中では女子とハイタッチしたそいつが揉みくちゃにされている最中だろう。
「……あいつらは、ほんと無駄に元気あるよな。……はぁーー。疲れた」
彰は仁司と一騒ぎして少し体力を消耗している。
だらっとしていると、視界に入ってきたのは恵梨が指をボールの穴に入れるところだった。どうやら後少しで恵梨が投げる番が来るようだ。
「……そういえば恵梨が投げる姿をまだ見ていないな」
今まで仁司の隙をついてボールを入れ替えたりと忙しかった彰は他の人が投げるのをよく見ていなかった。
彰は興味が湧いてきたので恵梨を注視し始めた。
え、えっと、どうすれば。
恵梨はボールを持ったまま困惑していた。
田舎に住んでいたため、このようにボーリングをした機会が今まで一回ぐらいしかなかったからであった。
もちろん一般常識はあるため、ボーリングがここから球を転がしてピンを倒すことだとは分かる。それに今まで他の人が投げるのも見てきた。
しかし、理解と実践は別である。
実際さっき投げた時はボールを手から離すタイミングがよく分からなく、変な方向に飛んでしまいガターだった。
見ていたクラスメイトからは「ドンマイ」と励まされたが、それよりも正しい投げ方を教えて欲しかった恵梨。
そして今、恵梨は頭がパニックに、体は緊張でカチコチになっているのだった。
「こうなったらもう両手でボールを抱えてなげたほうが良いんじゃないでしょうか……?」
つまりボールを大事に抱え込んでレーンの前まで持って行き、その体勢から放り投げるという超初心者がする構えのことであった。
恵梨はあくまで真剣にそれを考え始めたそのとき、
「もしかしてボーリングでの投げ方が分からないのか?」
突然聞こえてきた声に恵梨の肩がはねる。
さっきまで注視していた彰が席から立ち上がって近づいており、後ろから声をかけてきていた。
「! そ、そんなことは……」
恵梨は図星なのに、妙な見栄がそれを認めるのを邪魔する。
「ないのか?」
しかし彰にはそれがお見通しらしい。
恵梨はいっとき逡巡した後、
「………………すいません、教えてもらえますか?」
意地を張ってもしょうがない局面であったし、実際渡りに船の提案であったので恵梨は最終的にそれを認めた。
「じゃあ、教えるけど……」
「はい! 私、がんばります!」
恵梨が意気込みの声を出す。
「まずは指をちゃんと穴にいれているよな」
恵梨が投げる番までは時間があるので、レーンの脇で彰の指導が始まった。
「はい。……でも親指が抜けにくいんですが」
「そういうときはボールの大きさを変えるんだ。とりあえず俺が使っていたやつを貸すから」
彰が使っていた今まで自分が使っていた物より一回り大きいボールを持つ恵梨。
「最初はボールを胸の前で持っておく」
「こうですか」
恵梨が言われた通りにする。
「そんなかんじだ。そしたら自分の歩幅に合わせてレーンまでの距離を調節する。投げる時は一回後ろまで引いて、振り子の要領で今度は前に振り出す。投げた後も腕を止めずに最後まで振りぬく……と、こんなかんじだけど分かるか」
自分で試しに動作をしながら、一気に説明する彰。
「??? すいません、もっと分かりやすくお願いできますか」
流れるような説明が自分の頭からも流れそうになった恵梨。
「そう言われてもな。……俺だってボーリングをそこまで理解しているわけじゃなくて、感覚で投げているから説明しにくいんだよな」
「そうですか」
「だから、ちょっと試しに投げる動作をしてもらっていいか。それで気づいた点があったら指摘できるかもしれないし」
「分かりました。……えーと、こんなかんじですか」
恵梨はボールを持って投げるまねをした。
「……うーん。たぶんもうちょっと、ボールは後ろまで上げた方がいいだろうな。……あと、振り子を意識するのも……」
彰がブツブツとつぶやきながら恵梨のフォームを矯正していく。
「! ……その、えと」
恵梨が困惑の声をあげる。
それはつまり二人は密着しているのであって、間違いを指摘するのに彰はその状態で手を恵梨の前まで持って行く。
要するに、端から見ていると抱きついているように見えるのだった。
あ、彰さん。ち、近づきすぎです!
彰は意識していないようだが、接近された恵梨は動揺を隠せない。
いや、彰さんをそういう人として見ているわけではなくて……そのいきなり近づかれたからびっくりしているだけで……。というか彰さんが気にしなさ過ぎであって、私が悪いわけではなくて……その、あの。
混乱して頭の中で言い訳の言葉を並べている恵梨。
「そして……。………………恵梨、集中しているか?」
恵梨が上の空なのを見て彰が聞いてくる。あなたのせいです! と恵梨は反論したいところだが、自分だけがそれを意識しているのもなんか癪な気分になる。
「な、何でもないです!」
なので恵梨が上ずった声でそう返した。
「……そうは見えないんだが」
「いいんです! 早く続きを教えてください!」
こうなったら後は意地の問題です!
そう決意した恵梨は目の中に炎を燃やして彰に教わるのだった。
そして恵梨の投げる番がやってきた。
「ちゃんと教わった通りに……。すぅー、はー」
恵梨は緊張を抑えるために深呼吸をする。
ボールを胸のところで両手で持ちレーンの前に立つ。歩き出しながら後ろに引いて、振り子を意識して投げる!
ゴロゴロゴロ、……ガッシャーン!
「………………やった!」
恵梨は思わず歓声を上げる。
結果は六本倒しただけだが、それでも嬉しかった。
恵梨は二投目を投げるためのボールが戻ってくる、その少しの時間が待ち切れないほどであった。
「どうやら上手く行ったようだな」
彰はそれをレーンの端で見てつぶやいた。
恵梨の二投目は残った四本のピンを倒し、つまりスペアである。そこに由菜が駆けつけハイタッチをしていた。
しっかりと投げられるようになったようなので彰は満足して自分の席に戻ろうとする。
しかしその前には何故か男子のクラスメイトが三人集まっていて、
「随分といい役が回ってきたようで何よりですね」
「つうかおまえばっかりずるいよな」
「……うらやましい」
彰の前に立ちはだかって、口々にそう言ってくる。
一年二組の男子生徒たちは嫉妬深い連中であった。端から見れば抱きついているように見えたさっきの出来事のことで制裁に来たようだった。
「……おまえらどうしたんだ?」
しかしそのような意識が無く、純粋に恵梨に教えていただけのつもりであった彰にはなぜこのようなことがされたのか分からない。
その言葉に集団の中で一人が何かに気づいたような顔をする。
「っ! そういうことか! 女子と触れ合うのはおまえにとっては日常茶飯事過ぎて、意識もしていないと。……そう言いたいんだな!」
他のクラスメイトも天啓を受けたがごとく反応して、
「そうか! 女子と何かあるたびに一喜一憂していた俺たちと彰ではそこまでの差があったのか!」
「くっそ……! このリア充め!」
…………GWだからか、こいつらテンションが高いな。
彰は他人事のようにそんな感想を抱く。ここまで言われても何故囲まれているのか分からなかった。
「大丈夫だ。おまえら落ち着け」
両手を大きく広げて「落ち着け」という大げさなジェスチャーと共に、さっき初めに騒ぎ出した男子生徒が場を落ち着けるためにそう言った。
「……どうした?」
煽っておいて自分でそれを収める理由が分からなく、他の男子がそう聞いた。
その理由はある提案をすることだった。
「落ち着いて考えろ。……今、俺たちがいる場所がどこか分かっているか?」
「ボーリング場に決まっているだろ。……それがどうしたんだ?」
「そうだ。…………その通りなんだ。……フフフ」
「?」
そいつは不適に笑って雰囲気を出す。
「………………」
何だ? この茶番は?
クラス一位の頭脳を持ってしても、突然始まったこの出来事についていけない。
彰は邪魔することなくその茶番を見ていたが、おとなしくしていたのも次のセリフが聞こえてくるまでだった。
「つまり、事故でボウリングの球が誰かに当たってもしょうがないよね♪ って事だ!」
「そんな訳あるか!!!」
彰の全身全霊をかけたツッコミが炸裂する。「誰か」と言っているが、十中八九で彰のことだろう。事情がよく分からなかった彰でもそれぐらいは理解できた。
それに、はっ! と声を漏らした他の男子が、
「……サイズが合わないと思っていたし、ボールを変えてこようかな」
「親指が抜けにくいから大きめのボールに変えてくるか」
「俺も、俺も」
三人ともボールを手に取るための建前をつぶやいて、彰から離れていった。
やばい。あいつら本気だ。
彰は戦慄する。ボーリングの球なんて一発当たっただけでも当たり所が悪ければアウトなのに、三人一斉にかかられた場合はどうすればいいのか。
……一瞬そう考えたが、「まあ、大丈夫だろう」と彰は気楽な声を出す。
ケンカ慣れしている彰にとっては三人同時に戦うなど日常茶飯事だった。不良でもないヤツなら三人同時でも余裕であしらえるだろう。
いざとなったら彰の能力「風の錬金術」で盾を作って防げばいい。
「……どうせラティスの能力で記憶を消してもらえるから大丈夫だ」
そうやって自分の気持ちを落ち着けていた彰は、
「「「「「「「さて、俺たちもボールを変えるか」」」」」」」
後ろから重なって聞こえてきた七個のセリフに全身が粟立つのを感じた。
「……もしかして」
おそるおそる彰が振り向くとそこには三人に囲まれていた彰を傍観していたクラスメイトの男子が七人ほどいて、その全員がボールを取るための建前をつぶやいて……、
「無理だ!!!」
彰は抗戦を諦めて、一刻も早く身を隠すために動き出す。さすがに十人も同時に相手するのは無理である。
「あれ? 彰はどこに行った?」
「……そう遠くに行っているとは思えないが」
「見えた! あっちだ!」
最初にボールをとりに行った三人が言うのを背中に感じ取りながら、彰はボーリング場を走る。
こいつらは戦闘人形や火野よりも強いんじゃないか? と思いながら。




