四十三話「火野との戦闘4」
「ぐはっ!」
地面に勢いよく叩きつけられ、うつぶせの状態で転がっている彰は声を漏らす。体を強打されて一時は動けないはずだ。
「ハア……ハア……。これで勝負ありやな」
火野がその姿を見て勝ちを確信する。
「ハア……ハア……。炎の錬金術の応用、念動力が開けた公園だからって使えないと思っていたのか? 馬鹿やな。……馬鹿な俺よりも、おまえは馬鹿やな」
念動力の代償に火野もかなり消耗している。それでも少し息を整えた後、すぐに彰に止めを刺しに動き始める予定だった。
その予定だった。
「…………何を言う。この時点で俺の勝ちだ」
彰はうつぶせの状態から顔だけ上げて、火野を見た。
「ハア……そんな動けない状態で負け惜しみを」
「……おまえこそ馬鹿だから状況を理解してないのか? 今の戦いは、この前とは違うんだよ」
「……何がだ?」
負け惜しみと思われた彰のセリフだが、そうとは取れないものが含まれているのに火野は気づいた。
「……言っただろう。卑怯だとは思うが、おまえが条件を飲んだんだからな」
「……?」
「この戦いは最初から二対一だ」
「!!」
火野はそのとき気づいた。
魔力の大消耗により動けない自分に、青のナイフが迫っていることを。
……上手く行ったな。
彰はそれを見て作戦の成功を感じ取る。
壁に叩きつけられないなら、地面に叩きつける。……そんなことくらい俺も分かっていたさ。
彰のその発言は挑発だ。火野に念動力を使わせるための挑発だ。
……大体、自分の魔力・体力ともに消費する大技を二対一の状態で使うなんて、やっぱり火野は馬鹿だな。
それでも念動力は強力な力だ。消耗するといっても、止めを刺される瞬間に相手を倒すことができるのだから。
だから火野を倒すには、遠距離からの攻撃でないといけなかったのだ。
彰を囮に、恵梨の攻撃が迫る。
「くそっ!」
避けるほどの急な動きができない火野は炎の錬金術を使って、青のナイフを燃やし尽くすことで迎撃するようだ。
しかし、なぜ火野は盾を使ってナイフを弾かないのか?
彰にはその理由が想像できる。
炎の錬金術は風、水と違って金属化するまでに時間がかかるからだ。具体的には炎が起きてからは二、三秒かかるのに対して、風が起きてからは一秒ほどで、水はもともと自分で水を用意するので瞬時に金属化が完了する。
だから火野は盾を呼び出すのでは間に合わないと判断して、炎で燃やすことにしたのだろう。
それを逆手にとった彰の作戦が発動する。
青のナイフが燃やされる瞬間、恵梨が叫ぶ。
「解除!!」
そして青色の金属ナイフがオレンジ色の液体に戻る。
「!?」
火野が戸惑いを顔に浮かべる。
その液体は彰の作戦の一環。
そもそも水の錬金術とは、水を使わないといけないわけではない。最初、恵梨が彰に能力を説明する際にはお茶を使って錬金術を発動している。(何を材料に使っても青色の金属となる。)
炎の錬金術がエネルギー自体を扱えるように、水の錬金術も液体全般を扱うことができるのだ。
火野に投げたナイフは、恵梨がオレンジ色の液体で水の錬金術を使ってできた物だ。
その液体とは、彰家の車庫で保管されていた物。工業的に見分けがつくようにオレンジ色に着色されている――
ガソリンである。
「ヤバッ!」
火野はつんとした刺激臭にその事態に気づくも、時すでに遅し。
ガソリンに火野が起こした炎が引火。倍の大きさの炎になって、動けない火野に襲いかかる。
「俺たちの勝ちだな!!」
動けない彰だがここぞとばかりに叫ぶ。
そして火野は成すすべもなく、炎に巻かれた。火野は断末魔を上げる。
「クソがーーーー……」
それもすぐに途切れた。
戦いは終わり、彰が何とか立ち上がれるほど回復するまで時間が経った。
「で、これはどうするんだ?」
彰は目の前の金属を右手でコツコツと叩く。
「火野君も気絶しちゃいましたね」
恵梨もその隣で目の前の様子を見ている。
地面には倒れ伏している火野と、空中には炎の錬金術でできた赤い金属があった。火野は少し服が焦げてはいるが、怪我も軽いやけどで済むだろう。
「最初自分が焼かれた瞬間に、炎の錬金術を使ってガソリンによる炎を金属化したというところか」
能力による炎を金属化している炎の錬金術だが、自然的に起きた炎も金属化することができる。それによって、完全に炎に巻かれる前に金属化して防いだというところだ。
「そして、火野君は魔力の使いすぎで気絶したんですね」
恵梨が付け加える。
「で、話は戻るがこれをどうすればいいんだ?」
「……そうですね。今は火野君から無意識に魔力の供給を受けていますから金属化が持続できていますけど、……このままではまずいですね」
「どういう意味だ?」
「つまり、一時経つと赤色の金属が炎に戻ります」
赤色の金属の下には、火野の体が――
「って、このままだと火野が燃えるじゃないか!」
「ええ。ですから、火野君の体を金属から遠ざけましょう」
二人は協力して火野の体を運びだす。
このまま放置して、炎に巻かれて死んでしまえという考えは一瞬も起きない。
確かに火野は敵ではあったが、悪人ではなかったからだ。
気絶した火野の体をベンチまで運んで、二人もベンチに座り一息つく。
「ふう。やれやれだな」
「でも、一件落着ですね」
恵梨が安堵をつく。
公園は穏やかで、戦いは終わったことを感じ取れる。
「……いや、まだだぞ」
しかし、彰は緊張を解かない。
「どうしたん――」
恵梨が彰に疑問を述べようとしたところで、
「君も大変だね~」
二人の目の前に三個の人影が現れる。
スーツに固めたその三人は、
「異能力者隠蔽機関!?」
恵梨の驚きの言葉通り、ラティス、リエラ、ハミルが音もなく現れた。
「ようやくお出ましか」
彰は待ちわびれた体で、そうつぶやいた。




