四十話「今日という一日は」
「火野君と戦うなんて、彰さんは何を考えているんですか?」
火野との電話が終わったリビングで、事前に何も聞かせていなかった彰を恵梨は非難する。
「あんな馬鹿な勘違いをするヤツを簡単に説得できるとは思っていなかったからな」
戦いもしょうがないだろう、と続けた彰に、
「…………本音は何ですか?」
恵梨は先ほど火野に対してキレたその片鱗が見えるジト目で訊ねた。
彰はしぶしぶと口に出す。
「……この前の戦い、俺は負けてはいないが逃げた。だから、今度こそ決着をつけないとな」
「………………はぁ」
恵梨は呆れるも、彰はもう火野に決闘状を叩き付けている。
今更何を言っても、結局火野と戦うことになるだろう。それなら戦いについて話をした方がいい。
「分かりました。……でも彰さん、一度は火野君に負けたんですよね」
「負けてはいない。逃げただけだ」
「……そうですね。それで彰さんは火野君に勝つ自信があるんですか?」
恵梨の問いに、
「当然だ。もう作戦は決まっている」
彰は自信たっぷりにそう断言した。
しかし、
「…………だが、分からない事があってな」
「なら断言しないで下さい」
恵梨が少しガクリとした表情になる。
「何が分からないんですか?」
火野は二つの能力を持っていると彰は判断している。
メインとして扱っていた炎の錬金術と止めを刺そうとした瞬間に彰を壁に叩きつけた念動力だ。
炎の錬金術の特性は自分が風の錬金術を持っているため分かりやすいのだが、念動力については全く分からない。
だから、火野のことをよく知っている恵梨に念動力の能力について聞いたのだが、
「? 何を言っているんですか?」
恵梨から出てきた言葉は「知っている」でもなく、「知らない」でもなかった。
「どういう意味だ?」
彰が問いただすと、
「火野君はそんな能力持っていませんよ。持っているのは炎の錬金術だけです」
「えっ!?」
まさかのそんな言葉が返ってきた。彰には信じられないので、恵梨に聞きなおす。
「本当なのか!?」
「はい。……彰さんにも言ったと思いますけど、能力は遺伝する物で、身につける物ではありませんから」
「なら、親が二つの能力を持っていたということじゃないのか!?」
「……私が聞いた限りでは、そんなことないはずです」
恵梨もそれ以上は知らないようだ。
火野が念動力の能力を持っていない。
「………………それなら、どうして俺は吹き飛ばされたんだ……?」
彰は訳が分からなくなる。
恵梨が嘘をついているとは思えないが、しかし彰が吹き飛ばされたのも事実だ。
彰は考えられる可能性を頭の中で三つあげた。
一つ目。能力に頼らずに、何か仕掛け的なものを使った可能性。
……しかし、人を吹き飛ばすほど大掛かりな装置は見られなかったし、それなら彰にもどうやって吹き飛ばされたか分かったはずだ。それに裏通りで戦ったのも偶然だったから、何かを仕掛けられたと思えない。却下。
二つ目。火野の他にもう一人の能力者が裏通りにいた可能性。
……しかし、そんな人影は見当たらなかったし、彰からずっと姿を隠していた理由が分からない。
一応恵梨に相談する。
「念動力のように相手に触れず人を吹き飛ばす能力を恵梨は知っているか?」
「さあ。……とりあえず私は聞いたことがありませんね」
日本の異能力者全員に会ったことがある恵梨がそういうのだから、いるとしても外国人だ。
またあの火野が他の人と協力するというのはあまり考えられない。却下。
そして残るは三つ目の可能性――。
……これしかないか。
これまでの情報を頼りに、彰はおそらく正解だと思われる物を考えつく。
確信ではなかったが、
「……これ以上は考えても仕方ないし、後は戦場で火野に聞くしかないか」
そうつぶやいて、その思考を終わらせた。
「……話が脱線したが、今から作戦を説明する」
火野が二つの能力を持っていないということが分かったが、それはあまり彰の作戦に関わりのあるものではなかったようだ。
「二対一なんですよね」
「ああ。……だから俺が主に火野と戦って、恵梨の役割は補助と止めを刺す事だ」
それを聞いて恵梨は安心する。補助ということはあまり戦わなくて済むだろう。ケンカ慣れした元不良と違い、普通な学生は戦いに慣れていない。
しかし恵梨はある一部分が気になった。
「……とどめ? 彰さんが主に戦うのに、私が止めを刺すんですか?」
確かに補助と止めを刺す役割はあまり重なるような物ではないが、
「俺は囮だからな。本命は恵梨の水の錬金術だ」
「……私の水の錬金術じゃないとできないんですか?」
錬金術は、水も風も炎も、そんなに違いはない。
しかしやはり違いはある。
そこが今回彰の作戦のキーポイントだ。
「とりあえず作戦を説明するから」
「はい」
彰の言葉に恵梨がうなずく。
作戦説明の後、二人は明日に備えて早めに寝た。
次の日。
その日は四月最後の土曜日であったが、私立校ゆえに土曜も午前中授業がある彰と恵梨は登校した。当然昼からは火野との一戦だ。
由菜も含めて三人で登校して一年二組の教室に入ったが、クラス全員がどこかそわそわしている。
「おーっす」
そこで先に登校していた仁司が声をかける。
「元気そうだな。…………」
彰がそこで言葉を返し、仁司の顔を見て考え込む。
「どうした? いきなり人の顔をじろじろと見て」
「いや……俺は昨日まではおまえが一番馬鹿だと思っていたが」
「いきなり失礼だな!」
「確かにおまえは馬鹿だが、人の話を聞く分まだマシなんじゃないのかと思ったんだよ」
「なんでお前に上から目線で、そう言われなくちゃいけないんだ!?」
そのやりとりを離れたところから見ている由菜と恵梨。
「彰はいきなりどうしたの?」
「ははは……」
昨日の火野のことを思い出し、乾いた笑いをうかべる恵梨。
「それにしても明日からGWだからか、クラス中が浮わついているわね」
由菜が教室の様子を見て恵梨にそう言った。
「そうですね」
恵梨も同意する。
いつもは授業の予習や宿題をしている生徒でさえ、今日はテンションが上がり雑談をしていたりする。
斉明高校が私立校のため、GWの合間の平日も休日にしていて完全な八連休が来ることも関係しているだろう。
「八連休というのもすごいことですよね」
「そうね。……それで恵梨は何か予定でもあるの?」
「まあ一応ありますね」
そうやって雑談をしていると、担任の畑谷が入ってきた。
あわてて生徒たちは席に着く。
彰と恵梨にとって今日一日は、日常と非日常が合わさった日だ。




