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異能力者がいる世界  作者: 雷田矛平
二章 炎の錬金術者、来襲
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三十七話「放課後デート3」

 無事に買い物を終えた二人は少し歩いて繁華街にある喫茶店を訪れていた。


「はぁーー」

 彰は喫茶店のテーブル上で体をぐたっとのばしながらため息をつく。

「どうしたの?」

 対面に座る由菜が、紅茶を飲みながら訊ねる。

「体が疲れていてな。何となくこうしたくなったんだ」

「そう」

「誰かさんが突き飛ばしたからかなー」

「! あ、あれはあんたが悪いのよ!」

「ちょっ、いきなり声をあげるな!」

 彰と由菜が入った喫茶店は、内部に落ち着いた空間を展開している。

 そんなところで騒いだら迷惑で、他のお客さんからこちらの方を見られることに気づき由菜は落ち着く。

 由菜は反省して周りに軽く会釈をした。


「ほらな」

 その様子を見た彰が何故か勝ち誇った顔をするので、

「フン!」

「痛っ!」

 由菜は彰の足を思いっきり踏む。二人用のテーブルは狭く、彰の足はちょうど踏みやすい位置にあった。

「何すんだよ!」

「しーーっ。騒がないようにしましょう」

 由菜が人差し指を口に当てて言うと、さっきまでと完璧に立場が逆になっていた。

 彰も釈然としないながらも落ち着き、周りに会釈を返したのであった。




 喫茶店に入って少し時間経過した。

「はぁ」

 彰がまたそんな声を出す。しかし、今度はため息ではなくコーヒーを飲んで落ち着いたからだった。

 由菜は紅茶とケーキを頼んだのに対し、彰が頼んだのはコーヒーのみ。会計は彰が持つことになっているので、財布が少々ピンチな彰は少しでも節約する構えだ。


「………………」

 現在二人に会話はない。店内には落ち着いたクラシックの曲がかかっており、更に落ち着いた空間を演出しているため、沈黙が苦にならない。

 たまにはこういう時間もないといけないな。

 彰は気分が落ち着くのを感じる。普段学校生活で忙しくしていることのいい休息になる。

 なので彰は何も考えずに、ぼーっと前を見ている。



 彰の正面、うつむいて座っている由菜をぼーっと見ている。



「………………」

 こんなの落ち着けないわよ!

 対照的に由菜は落ち着かない。

 彰と二人きりというのを意識するだけで心臓が高鳴るのに、さっきから彰が自分のことをずっと見てきているような気がしてオーバーヒート寸前だ。

 神は私にどれだけの試練を与えるのよ!

 嬉しさが一周回って、罰のように思えるほど混乱している由菜。


 そんな由菜は顔を上げられない。正面には彰がいて恥ずかしいからだ。ずっと紅茶のカップを見ている。

「………………」

 でも恥ずかしがってばかりじゃいられない。

 由菜は一念発起してそーっと顔を上げる。当然彰は、ぼーっと由菜を見ているため目が合う。


 そして二人はお互いの顔を見つめあう。

「………………」

 そのまま十秒経過。由菜の顔に赤みが。

「………………」

 二十秒経過。由菜の顔が真っ赤に。

「………………(バッ!)」

 三十秒経過。由菜が恥ずかしさに耐えかねて、勢いよくうつむく。


 無理! 何で彰はこっちを見つめてばかりで何も言わないのよ!

 彰はただ呆けているだけなのだが、由菜には彰が何か意味深に見つめているように思えて、更に恥ずかしくなる。


 何なのよ、これーーー!!


 由菜の混乱は、二人が喫茶店を出るまで続いた。







「それにしてもいっぱい買ったわね」

「今日の分だけじゃないからな」

「ビニール袋、三袋分ねえ。……そっちは二つ持っているけど大丈夫?」

「大丈夫だ」

 彰と由菜は買い物袋をそれぞれ持って帰宅の道についている。

 喫茶店のときは混乱していた由菜だが、それは彰と対面していたから。今は二人隣り合って歩いていて、隣というのは由菜からすれば幼なじみ所定の位置だ。


 幼なじみ。

 その言葉が由菜の心の中で重くのしかかる。

 私ばっかり空回りして、馬鹿みたいだな……。

 思い出しているのは今日の放課後デートのことだ。

 思えばそれを意識しているのは由菜ばかりで、彰はずっと自然体だった。


 私は彰のことを……その…………って思っているけど、……彰は私のことどう思っているんだろう。

 と自問して、すぐ答えが出る。

 ……ただの幼なじみだとしか思っていないんだろうな。

 今日の彰の様子を見ればそんなことすぐに分かる。



 でも、私はそんな今の関係を変えたいんだ。



 あの出来事があってから私は彰のことを意識し始めた。

 なら、彰にも私を意識させるようなことをすれば……。



 それを思ったとき、ふとある言葉が浮かび上がってくる。



「こっちから襲ったらどうですか」という恵梨の言葉。

「この機会に彰君を襲えば――」という自分の母の言葉。

「こうなれば、襲っちゃいなさい」という佐藤の言葉。



「………………」

 偶然なのか、由菜の視線の先には人気のない公園がある。



「………………」

 ……その。……襲うっていうことは、……あれがこうなって、……それがああなって、そして………………うーーーーーーー!!

 自分が思い描いてしまったことに、頭を抱える由菜。

 無理、無理、無理!

 頭を抱えたまま、首を振る由菜。傍目から見ればそれは奇怪な行動に見られるだろう。


「…………大丈夫か?」

 だからその由菜の状態を見て彰は声をかけてくる。

 本気で由菜を気遣っている顔だが、原因がその彰にあるため由菜はひどくムカムカして声を張り上げる。

「大丈夫よ!!」

「!? お、おう、そうか」

 いきなり怒鳴るような声を出されて、彰はそんな言葉しか返せない。


 襲うのは無理! まだ、早すぎる!

 ……それならどうすればいいの?

 由菜は未だに気遣っている彰を無視して考え始める。

 そして、思いついたのは――。


「彰!」

「っ! ……はい!」

 いきなり名前を呼ばれて直立不動になる彰。

 そこで、由菜の声の勢いが落ち着いて、

「その……重いでしょ? そっちの買い物袋一緒に持ってあげる」

「いや、そんな…………っ!」

 彰は両手に買い物袋を持っている。そのビニール袋の持ち手がすれて痛い右手にいきなり新たな感触が加わる。


 由菜の手だった。


「こ、こうすれ、ば、重くないでしょ」

「…………はっ! ……あ、ああ、そうだな」

 つながれた手を見ていた彰は、由菜の震えている声で我に返った。


 これまでのデート中どんなことをしても自然体だった彰。


 しかし今、その顔は赤くなっている。


 や、やったわ!

 彰に自分のことを意識させる作戦の一環が上手く決まり、心の中でガッツポーズを取る由菜。



 そ、それにしても、彰の手を握るなんてほんと久しぶりね。

 確か小学生低年の頃はいつも手を握って帰っていた気がする。

 それがいつしか、自然と手を握ることはなくなっていた。


 買い物袋が二人の間で揺れる。

 そのたびに力の入り具合が変わって、お互いの手を握りあっていることを二人から忘れさせない。


「な、何でいきなりこんなことを?」

「私の気分よ。……文句ある?」

「いや、……ないが」


 彰の顔も、由菜の顔も、紅潮が収まらない。


 今はこうやって手をつなぐことは、特別なことだけど。


 いつか、手をつないで家に帰ることが当たり前な、そんな関係に私はなりたい。


 デートの締めくくりは少女のそんな決意だった。

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