三十一話「彰の過去2」
「言いたいことは別にあるんですが……とりあえず、彰さんは何かを誤魔化していますね」
恵梨は確認する。
いきなりの恵梨の言葉に、彰は素っ気無く鼻の頭をかきながら反論する。
「……そんなことないぞ」
しかし、その反論は恵梨に付け入る隙を与えただけだった。
「それです」
恵梨は彰の顔を指差す。
「…………何がだ?」
「由菜さんから聞いたんです。……彰さんは何気なく嘘をつくのが得意だけど、嘘をついているときは鼻の頭をかく癖があるって」
「!?」
自分にそんな癖があるとは思いもよらなかった彰は驚き、
「……やっぱり何か隠していたんですか」
その動揺している姿を見て、恵梨は確信した。
「……さっき話し始めるときも鼻の頭をかいてましたよね。……その後の話は本当だと思いますけど……何を誤魔化しているんですか?」
「………………」
「教えてください」
これは話すしかないな、と彰は観念する。
「……誤魔化していたのは……俺がケンカすることになったきっかけのことだ。……話す必要も無いと思っていたからな」
「……それなら本当のきっかけは何なんですか?」
「……確かに俺はふらっと入った裏通りで気に入らない不良を殴った。……その気にいらない不良は、裏通りに人を連れ込んでカツアゲをしていたからな」
恵梨が目を見開く。
「……それでは、彰さんはそのカツアゲされていた人を守るために……?」
「…………最初のケンカはそれが理由だ。けど、その後は感情に任せて――」
彰は言葉を続けようとして、
「よかったです」
恵梨が笑みを浮かべながらそう告げた。
「…………どうしてだ?」
「彰さんは私の思ったどおりの人です。……彰さんは最初から、ちゃんと人を守るために力を使っているじゃないですか」
「……だけどな」
「分かっています。その後は感情に任せて戦ってしまったんでしょう。……それはしょうがないじゃないですか。誰でも感情に流されてしまうことはあるんですから。……まあ、確かにケンカはいけない事かもしれません」
「……そうだ」
「ですけど、そうやってケンカして過ごした日々があったから、彰さんは私を追ってきた科学技術研究会を退けるほどの技術、経験、気持ちを手に入れたんですよ。……ケンカをしたことを悔いている彰さんには申し訳ありませんが、私は感謝しています。そのおかげで私は今も生きていられるのですから」
「…………」
「それに、彰さんはそこから反省して変わろうとしているじゃないですか。……たとえ、今日感情に任せて戦ったんだとしても、彰さんはそれを反省して明日からは前に進むんですよね」
「……ああ」
「それなら大丈夫です。……人間誰でも失敗はするものです。大事なのはそこからどうするかですから」
「………………」
言うべきことを全て伝えた恵梨は彰の反応を待つ。
「…………俺はそんなこと言われる資格があるのかな」
彰は座っているイスに背もたれて上を向きながらぼんやりとつぶやく。
「……だって……まだ、俺は…………」
「……大丈夫ですよ。彰さんは前を向いて歩いているんですから」
彰が天井から視線を戻すと、恵梨は変わらず彰に笑いかけてくれていた。
「どうして、俺をそんなに信用するんだ……?」
その笑顔に彰は耐え切れず、そんなことを聞いてしまう。
「どうして、って決まっているじゃないですか。
……彰さんが言ってくれたんですよ。
私たちはもう家族なんだ、って」
「………………」
「家族同士で信頼することなんて当たり前です」
「………………そうだな」
彰は自分が使った言葉が自分に返ってくることに、こそばゆさを感じた。
彰は自然と独り言が漏れた。
「…………ごめんな。…………でも、俺一人の問題じゃないんだ……」
「……どうしましたか?」
「えっ! あっ、いや……。そんなこと言ってくれてありがとな」
「いえいえ」
恵梨は笑みを浮かべた顔を崩さない。
そうだ。
俺があのケンカばかりの日々から変わった証として。
自分の力で守った人がここにいる。
たとえ昔がどうであろうと、そこは俺が誇っていいはずなんだ。
「ありがとな」
「そんなに何回も言わなくていいですよ」
「……俺はこれからもおまえに心配をかけるかもしれない。ごめんな」
「……大丈夫です。私をどん底から助けてくれた彰さんを、私が見捨てると思いますか?」
そして二人はお互いの顔を見合って、何か満足して、彰の過去話はそこで終わりを告げた。
すっかり冷え切ったカレーを二人は食べ始める。
そこで、恵梨が彰に訊ねる。
「…………でも、それでは分からないこともありますね」
「! 何がだ?」
彰が何故かぎくっとした表情になる。
「彰さんが能力者である理由ですよ」
「…………そんなに気になることなのか? 能力は遺伝するって話だからか? ……まあ、親父たちに連絡をつけたいが何故か電話に出ないし」
彰が能力者であることに気づいた戦闘人形と戦ったあの日。家に帰った彰は両親に電話をかけたが、何故か出なかった。それ以後、ときどき電話をかけるが何故かいつも電話に出ない。
「……その理由に関連があるので先に聞きますけど、彰さんが戦った能力者って誰ですか?」
「? ああ、言ってなかったか? 炎の錬金術者の少年で……名前は――」
「ああ、火野君ですか」
「そう! 火野………………………………えっ?」
彰は自分の記憶を疑う。
あれ? 俺、恵梨に戦った相手の名前を言ってないよな?
恵梨はどうして知っているんだ?
「それにしても、どうして火野君が……?」
恵梨が「火野君」と呼ぶあたり、知り合いのようだ。
「どうして分かったんだ?」
「だって、彰さんが炎の錬金術者の少年って言ったじゃないですか」
「???」
彰の疑問顔に、恵梨は思案顔になり、
「……そういえば、いろいろと説明してきませんでしたね。…………それではこの機会に、能力者について簡単に説明しましょう」




