三十話「彰の過去1」
彰家のリビングの空気は張り詰めていた。
「…………」
恵梨は黙って彰の話を聞く構えだ。
彰は鼻の頭をかきながら、話し始める。
「そうだな……きっかけは忘れたが、中学生のある日俺はふらっと入った裏通りで目の前に居た気に入らない不良を殴った。俺はそのときケンカをするのは初めてだったが、体格が良かったもんで勝ってしまった。それが始まりだ」
そうあのころの俺は、先を予測できないやんちゃなガキだった。
「そしたらどうなったか。次の日、別のヤツがケンカをふっかけてきた。俺が倒したヤツはその界隈ではちょっと有名だったらしく、それを倒したという噂を聞いたらしかった。……そして、俺はそいつにも勝った」
そう……勝ってしまった。
「その日から俺は一躍有名になった。この結上市は地方の小都市なもんで、不良と呼ばれるやつらが捨てるほど居た。……恵梨と最初に会った裏通りだけどな。あのころ、あそこは不良の溜まり場だったんだ。最近警察が見回りを強化したらしく今じゃ誰もいないけどな。…………そして、俺は向けられる敵意に全て答えた。……そうしてケンカに明け暮れる日々が始まった」
無意味に戦う日々が。
「当然俺は負けもした。……しかし、次の日にはそいつに復讐した。一対多なんてよくあったし、俺は負かしたヤツに相談して協力してもらい多対一だってやった。俺は中学生だったが、普通に高校生の相手もした。他にも奇襲、不意打ち、闇打ち……何でもやった。毎日夜遅くまでケンカして、家に帰る日々だった」
それこそ何も考えずに。
「……恵梨の疑問の答えだけどな。
俺は空手なんて習っていない。不良を倒す過程で敵を気絶させる術を見につけた。
俺は剣道なんて習っていない。鉄パイプや金属バットで戦ったのを応用した、剣術のような物を持っているだけだ。
俺は戦いに慣れてなんかいない。……ただケンカに慣れているだけだ。普通の人よりもずっとはるかに」
……だけど。
「…………それでも、俺は変わろうとした。力は誰かを助けるために使うようにがんばった。戦いは誰かを助けるためにするようにがんばった」
……そう、ある日俺は変わろうと思った。
「……けど、何てざまだ……! 今日俺は確かに、感情に任せて戦ってしまった! ……もう、それはやめようとしたのに! そんな戦いは虚しいだけなのに!」
それは自分への苛立ち。
「それで思ってしまった。俺はやはり暴力的で駄目な人間なのではないかと。心配してくれる人の気持ちを踏みにじってしまうような人間なのではないのかと!」
つまり、あのころから何も変わっていないんじゃないかと。
「…………本当、今日は心配かけてごめんな」
「………………」
全てを聞いて恵梨は無言でいた。
代わりに、彰と出会ってから今までのことを思い出している。
今までの話。
恵梨は違和感を感じた。
……この期に及んで彰さんはまだ何かを隠そうとしている。
それは、きっと自分のためではない。
他の誰かのためか、それとも恵梨のためか。
「こんな暴力的なやつの近くにいるなんて嫌だよな?」
彰はそんなことを聞いてくる。
「……そうだ。俺が頼み込むから、これから恵梨は由菜の家に住むっていうのはどうだ?」
恵梨はそれには答えず、
「……一つ聞きたい事があるんです」
質問で返した。




