二百九十一話「異世界の街並み」
十三章『異世界序幕』開始!!
時は夕刻。
「ガヴァに到着しました。今日はここで休みましょう」
「おー、ようやく町じゃ!」
メオとレリィに案内され、彰と由菜は初めて異世界の集落を目にすることになった。
「……ああ、確かに異世界だな」
彰たちはガヴァと呼ばれる町の入り口に立っている。
突っ立っている彰たちにぶつかりそうになり通行人に邪魔そうな目で見られた。それほどに人の行き来が激しい町。
かなり栄えている町のはずなのに……見慣れたものが存在しない。
「コンクリートの道路も、高層ビルも、電柱もないのか……」
建物や道路の舗装の材料のほとんどが木や石だ。高層ビルは存在せずほとんど平屋、ちらほらと二階や三階立ての建物が見える。現代の必須インフラ、電気を運ぶための電柱も存在しない。
これほどの規模がある町なのに、どうして整備しないのか……いや、整備してこうなのだろう。文化レベルが元の世界で言う中世レベルくらいということなのだ。
その一方で。
「異国の本仕入れたよー! ちゃんと『読解』を施した本だから、誰でも読めるよー!」
「軽傷ならうちの治療所で! 『治癒』で切り傷、打撲、火傷、その他諸々もあっという間に治すで!」
「ほらほら、名物串焼きを食べてって! うちは他とは違って『発火』の業火で、ジューシーに焼き上げてるのが特徴でさ!!」
町中に入って、商店街を行く彰たちにかかる客引きの声。
ところどころに入る彰たちの知らない単語。彰は『言葉』を引き続き発動しているため、日本語に翻訳されてなおこの会話になるということだ。
つまりさっきからの単語はそのままの意味。……おそらく能力を指しているのだろう。
由菜も気づいたのか感想を漏らす。
「能力が当たり前のように使われている世界なのね」
「本当にとんでもないところに来たな……」
ドラゴンを見たことで異世界だと理解した彰は、この光景を見て納得させられていた。別の常識がこの世界には敷かれてることを改めて認識させられる。
それからもしばらく歩き、商店街を過ぎて人通りが少なくなってきたところで、先導するメオが立ち止まった。
「今日はこの宿屋にしましょうか」
「賛成……もうクタクタなのじゃ……」
町に入ってからもそれなりに歩いたためレリィが疲れた様子を見せている。
メオは彰と由菜にも確認する。
「お二人もこの宿屋でよろしいですか?」
「ああ……というか注文を付けられる立場じゃないですから」
「迷惑をかけます……」
申し訳なさそうにしている彰と由菜。
「いえいえ、命を買ったと思えばこれくらいの出費は安いものです」
大仰なメオの言葉は、彰たちに気をかけさせないためだろうか。分からなかった。
ドラゴンを見た直後のこと。
異世界にやってきてしまったことに途方に暮れていた彰と由菜。
謎は山積みだったが、早急に解決しないといけないことが一つ。
すなわちこの世界でどうやって生きていくのか。
一番の問題として、彰と由菜は一文無しであるということだ。
地図にない島に持ってきた荷物も、持ち主と共に異世界にやってきていた。その中には財布もあったが、この世界で円通貨が通じるとは思っていない。
それにこれからどこに向かえばいいのかも分からなかった。とりあえずこのような森の中では生きていけない。町でもあるなら向かうべきだが、もちろん異世界の地理感覚は全くない。
「うーん……」
「どうしましたか?」
彰はどうするべきか悩んでいたが、察知したメオに事情を聞かれる。
彰は現在一文無しであるということ、これからどこに行っていいのか分からないということだけを伝えた。
異世界云々はどういう認識なのか分からなかったため話さなかった。こっちの世界では異世界人は当たり前の存在なのかもしれないし、そうでないのかもしれない。後者の場合彰たちはおかしなことを言う人となってしまうからだ。
それを聞いたメオは一言。
「一文無しで、当てのない旅ですか。ずいぶんと無謀ですね」
「言葉にするとそうなりますね……」
本当酷い状況だ。
落ち込んでいる二人を見かねたメオは。
「……でしたら、私たちに付いてくるというのはどうでしょうか? 近くの町に向かって今日は宿をとる予定ですので、一緒にどうですか? 宿泊費のことなら心配しないでください。私が払いましょう」
「そ、そこまでしてもらうのは……」
「だったらどうするつもりですか? 隣の少女と一緒に野垂れ死ぬつもりですか?」
「…………っ」
「意地を張る場面ではないでしょう。……どうしてもというなら、あの山賊たちから助けてもらったお礼だとでも思ってください」
「分かり……ました。お願いします」
大人の余裕からか、手玉に取られる彰。
「私からもお願いします」
由菜も頭を下げる。
「了解です。町はこちらの方角です、しばらく歩くことになるので付いてきてください」
というわけで四人は一緒に行動しているのである。
お金のこともだが、この世界について知っている人間がいることも心強かった。俺と由菜だけじゃこの世界のことが何も分からなくてどうしようも無かっただろうな……。
異世界にやってきたこと自体は不幸だったが、そこで初めて出会った人物がメオであったことは幸運だった。
「むぅ、なんか妾が軽視されている気がするぞ? メオは妾の従者じゃぞ! つまりその主人の妾のほうが偉いのじゃ! もっと敬うのじゃ、アキラ!」
「はいはい、すごいですねレリィお嬢様」
「……うむ、分かっておるならよい」
いいのかよ。
宿屋に入る彰たち四人。
メオがカウンターで話を付けた後、まずは夕食だということで併設されている食事場に向かう。
「食事代も私が支払いますから。……それと謝るより礼を言われた方が気持ちがいいです」
「すいませ…………ありがとうございます」
彰の思考が何もかも見透かされている。
食事場につながる木製の扉をくぐった先は。
「これは酒場と言った方がいいな……」
仕切りが無くワンスペースの店内は入り口から奥まで見通せる。そこかしこに置かれた木製の丸テーブルを囲む顔を赤くした大人たちの笑い声で店内は満ちていた。角にはカウンターがあってそこで落ち着いて飲んでいる人もいる。
町を歩いている間に夜になったし、酒場は栄える時間帯か。……にしてもこういうところは元の世界と一緒なんだな。
「少々騒々しい場所ですが、料理は評判とのことです。行きましょう」
店員が出迎えるようではなく、自分たちで勝手に座っていいようだ。メオに付いていき、比較的に落ち着いている隅の席に四人は座る。
奢りということで恐縮しながら、彰と由菜は席に置いてあるメニューに目を通すが。
「……何だこの文字?」
「読めないね……異世界の文字? 彰、これは翻訳できないの?」
「無理だ、『言葉』は書き言葉には対応してないからな」
『言葉』のせいで忘れていた言語問題にぶつかる。
メオもそれに気づいたようで。
「そういえば『言葉』を使っているということは、スタリシア語は読めないってことですね。ここのメニューは『読解』がかかってないようですし……私がまとめて注文しましょうか?」
「えっと……お願いします」
勝手に納得した様子のメオの提案に乗る彰。
えっと今のは……つまりこのメニューに書かれているのがスタリシア語で、文脈から察するに『読解』ってのは『言葉』の書き言葉版の能力ってことだよな。……そういや商店街の客引きも言ってたような…………そんな能力まであるのか。
彰が感心していると、メオはメニューから料理をチョイスして注文票に書き、最後にその上に料金を置くと。
「……!? 紙が飛んでったぞ!?」
彰は驚く。注文票が意志を持ったように、勝手に折り畳まれて紙飛行機となって、厨房の方角に飛んでいったからだ。
「お金を乗せたまま行ったね……」
由菜も度肝を抜かれている。
「何じゃ、二人は注文紙も知らないのか? いつもメオに世間知らずとバカにされる妾でも知っておるぞ」
「店員の手間も省けて、注文と同時に料金も支払えるので、今では十分に普及してますね」
「注文紙……? この店にはそんな能力者がいるってことか?」
彰のその質問は冗談として取られたようで。
「そんな訳無いわい。貴族がこんな店で働いていたら、逆にビックリするぞ」
「簡単に言えば、能力をかけた紙を販売しているということです」
「そういうことか……」
返ってきた言葉に彰はとりあえず頷いた。貴族ってどういうことだ、と聞いたらまたレリィにバカにされそうだったので黙る。
にしても能力がここまで生活に浸透しているとは……そういや店に入ったときから何か変なのが飛び交っているなとは思ってたが、目の錯覚だと思っていた。……いや、錯覚って。
「それにしてもアキラさんたちは……」
「……ん、どうかしたのかメオ?」
「いえ……飲み物もやって来ましたので、まずは食べましょうか」
注文したばかりだというのに、飲み物がやってくる。流石に評判になる店だけあって、店員も教育されているようだ。
メオは思考を打ち切って飲み物を受け取る。
ちなみに飲み物はちゃんと店員の手で運ばれてきた。グラスが空飛ぶお盆に乗って飛んできたらもうどうしようかと、冗談で考えていた彰は「この客の人数でそんなことをしたら、絶対ぶつかって割れるじゃろ」というレリィの言葉に、存在はするんだな……と絶句した。




