二百九十話「夏の始まり」
思い出になることをしたかった。
こんなにも心の通じた仲間たちと特別なことをしたかった。
そういう意味では今回の地図にない島の探索は目的ではなく手段だった。
高校二年の夏、一度きりしかないそれを、特別な、一生忘れられない夏にするために。
その思いが今回の事態を招いた。
……俺が悪かったんだろうか。
少しの危険もスパイスになるなんて吹かしていたのが悪かったんだろうか。
後から悔いる。文字通り、後悔はいつだって先に立たない。
でも。
こんなことになるだなんて、誰だって想像出来るはずがないだろ。
そう――――――
この場所のことを確かめるため、意を決した瞬間の出来事。
いきなり辺りに影が差したことに、流れの速い雲でもあったのか……ふと、空を見上げた彰は。
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」
絶句した。
「どうしたの彰………………………………え?」
同じように見上げた由菜も言葉を失う。
対照的なのはレリィとメオ。
「こんなところを飛んでおるとは珍しいの」
「気候の問題でしょうか……?」
彰と由菜が絶句したその飛翔物を、当然のように眺めている。
立ち直りが早かったのは由菜だった。
「え、ちょ、ちょっと彰!? あれ、どういうこと!!?」
見つけたものを指して、彰に詰め寄る由奈。その光景の意味を理解できないからこそダメージが少ない。
「…………」
対して彰の傷は深い。全てに気づいてしまったからだ。
やっぱりそうなのか。
今見つけたアレとレリィ、メオさんの反応。
これで言い訳できないほどに答えは出揃ってしまった。
この地に着いてから、彰は何度も違和感を感じてきた。
レリィの使う理解不能な言語。メオさんが『言葉』のことを当然知っているものとして扱ったこと。無能力者なのに能力者を知っていた男たち。当然のように出てきた能力のランク分けの知識。彼らが能力者に虐げられた過去。そしてレリィがこぼした風使い家が途絶えているということ。
それらは一言で説明を付けられる。
俺らと常識が違うと。
まるで住んでいる世界が違うみたいに。
「そうだ……違う世界だ。ここは――――――異世界なんだ」
周囲に日差しが戻った。
彰は飛び去っていくドラゴンを――勇ましい翼を羽ばたかせ、人間よりも何倍も大きい巨体を浮かべる、空想上にしか存在しないはずの生物を見送る。
あの穴の正体……ワープホールというのは当たっていた。
ただし、繋がる先は異世界。
能力者であることを自覚してから、様々な騒動に巻き込まれてきた。その中で何度予想外な事態にあったのかは数え切れない。
それでも今以上の衝撃はなかった。こんな事態想定すらしたこともなかった。
「――――――」
どういうことだこの世界は何なのか恵梨は他のみんなは無事なのか元の世界に戻る方法はあるのか隠蔽機関はどうしてこのことを知っていたのかそもそも俺たちはこの世界で生きていけるのかこの世界にも能力が何故あるのかこの世界はどういう常識になっているのか元の世界は今頃どうなっているのか?
疑問だらけの中、直感したことは偶然にも由菜と一緒だった。
「これって……何か壮大なことに巻き込まれたんじゃ……?」
「ああ……そうだな」
拝啓、昨日までの俺へ。
おまえの願いは叶うだろう。
だってこんなスケールの大きな冒険の気配がしてるんだぜ。
胸を張って断言しよう。
この夏は一生忘れられない夏になる、と。
<十二章 夏の始まり 完>
異能力者がいる世界 2nd season『一生忘れられない夏』
異世界編、開幕




