二百八十七話「お嬢様と従者」
藪の中から現れた少女と女性。
「……○×△」
「○×△!! ○×△○×△!!!!!」
女性の静止も聞かずに、怒っている少女。とはいえ二人ともに武器を持っておらず、こちらに害を加えようとする様子はない。
隠れて見張っていたのに敵意はない……どういうことだ?
「○×△!!」
少女がビシッと彰を指さしながらまくしたてるが、言葉が通じないため伝わらない。
この言語は何なんだ……彰が聞き取れる言語は日本語と高校授業レベルの英語。しかし、少女が話しているのはどちらでもない。
それどころか字幕の映画、テレビのニュース、観光に来た外国人。普段聞き流しているとはいえ、耳に残っているそれらの言語と少女の言語は全く一致しない気がした。
「excuse me」
それでも相手も英語を知っているなら、英語同士で会話できるかもしれない、と尋ねてみるも。
「○×△!」
謎の言語で返される。怒っているから無視しているわけでなく、そもそも英語が伝わってないようだ。
ここに来てからせっかく会えた人物、どうにかコミュニケーションを取りたい彰は。
「……あ、そうか。あれがあった」
自分に備わったもう一つの能力をようやく思い出す。
「『言葉』発動!」
隠蔽機関のハミルにもらった能力を発動した彰は。
「じゃから! 妾に向かっていきなりナイフを投げるとは何事じゃ!! 聞いとるのか!!?」
翻訳された少女の怒声を聞くこととなった。
「え、あ……すまん」
少女の勢いに押された彰はとりあえず謝る。ナイフって……ああ、さっき飛ばした威嚇目的の。
「……ふん、ようやく謝ったか。中々殊勝な態度……じゃが、だからといって妾が許すと思って……!」
「お嬢様、静かにしてください」
「もがもがっ!!」
少女の口に手を当てて、物理的に黙らせる女性。
「みっともないところをお見せしてすいませんでした」
「……もがっ……がっ!」
女性の腕の中でもがいている少女。しかし、力の差が歴然なのかその拘束は外れない。
「えっと……その人暴れていますが」
「気にしないでください」
「がるるっ……がっ……!!」
うなり声をあげ始めた。
「といっても……」
「気にしないでください」
「キシャー……シャーッ……!」
物腰こそ丁寧だが、拘束の手は力強い。少女もまだ諦めていないようで、躍起になっている。
「………………」
なかなかに濃い二人組だな。
尊大な態度の少女は、俺たちと同い年くらい。女性の方は二十代ぐらいか?
見た目よりガキっぽい少女と、苦労しているのか見た目より落ち着いて見える女性。正反対のコンビだ。
女性は少女をお嬢様と呼ぶ辺り、主と従者の関係なのだろうか?
二人の関係性が気になるが、それより前に女性が発言した。
「それにしても『言葉』を発動したということは、意志疎通をする気があるとみてよろしいのですね?」
「……『言葉』を知っているのか?」
「? ええ、もちろん」
「……?」
女性が困った顔で答えるが、こちらも同じ表情になっていただろう。
『言葉』の存在を知っている? それももちろんだと?
……いや、魔力反応があったってことはこの女性は能力者だ。なら知っていてもおかしくない……のか?
少し釈然としない気持ちが残りつつも、今はそれを気にかけている余裕は無かった。
ようやくこの一連の謎を解明できるかもしれないのだから。
「おまえの能力は何だ? 俺たちに何をした?」
彰は単刀直入に切り込む。
俺たちを影から監視していた能力者。ならば首謀者に違いない。半ば確信を持って尋ねたところで。
「……どういうことですか?」
女性はまたもこっちの言っていることが理解できないという表情になった。
「……え、いや、だから俺たちがこんな場所にいる理由だ。あんたが何かの能力を使った結果じゃないのか?」
「どういう理屈かは分かりませんが、私たちの能力はそのような物ではありません。私たちは隠れている最中、何か落ちたような音がしたのを聞いて、あなたたちを見つけただけです」
「……ねえ、彰。あの人嘘を吐いているようには見えないけど」
背中に庇ったままの由菜が見解を述べる。
それには俺も同意だった。
目の前の女性からは、人を騙してやろうという気概が見られない。おそらく本当に俺たちがこの場所に来たのとは全く無関係の人物なのだろう。
だったら……結局どうしてこの場所にいるのかの疑問は解決されないままか。
「それにしてもやはり敵意は無いのですね。いきなりナイフを投げてきたときは驚きましたが」
今度は女性の方から聞いてきた。
「いや、その前に敵意が無いなら出てこいって警告を…………あ、そうか、あの警告も通じてなかったんだな」
あのときは『言葉』を発動していなかった。日本語が通じないのなら、意味が分からなくて当然だ。
「やはり警告でしたか……どのように対応すべきか迷っていて出てくるのが遅くなりました。……いえ、それよりも物陰から監視していた私たちの方が悪かったですね。今さらですが謝ります」
「……ん? そういやどうして俺たちを監視していたんだ?」
害意もなく、この事態に巻き込んだ経過を見守るのでもなければ、どうして俺たちを監視する必要があったというのか。
彰の疑問に女性は答えた。
「見定めるためです、仲間か敵かを」
「え……?」
「そちらの少女を背中に庇っている姿から勘付いてはいましたが……助けを求めて、万が一あなたたちがやつらの仲間だったら私たちは終わりですから慎重になりました」
「やつら……?」
そういえば……さっき女性は隠れている最中に、俺たちを見つけたと言っていたな。
なら二人は誰から隠れていた? やつらとは何者だ?
ガサガサガサッ!!
「……っ!」
藪をかき分ける荒々しい音が近づいてくる。
「っ……! 見つかってしまいましたか……!」
「ぷはっ……メオ、本気出し過ぎじゃ!」
女性に戦慄が走った瞬間、緩んだ拘束から少女が抜ける。
「な、何が来るの!」
「とりあえず由菜はまた隠れておけ!」
彰も音源の方に相対し、その背中に由菜はすがりつく。
四人の注目が集まる中。
「かくれんぼはここまでだ……観念するんだな」
藪をかきわけ、武器を構えた荒くれ者が姿を現した。




