二話「そして二人は出会う」
彰はスーパーで買い物を済ませて帰宅中であった。
彰の住んでいる結上市はいわゆる地方都市だ。田舎以上、都市未満の賑わいであり、そこそこといったところである。
その中で一番のにぎわいがあるのが繁華街であり、彰はそこを歩いていた。
今日は土曜日で、彰は午前中授業であった。その後買い物した後繁華街をぶらぶらしたので、現在時刻は四時ほどである。
土曜の夕方でも、繁華街にはかなりの人がいる。
「この時間は人が多いなぁ……」
優雅に昼を過ごす主婦達や、身なりのいい老人、彰のような学生で繁華街はあふれかえっている。
「よし」
近道を使うか、と決めて裏通りに入る。
表通りはにぎわっているが、裏通りは人が少ない。
裏通りにはまだ営業を開始していない、飲み屋が多く位置する。また、たまに雰囲気のやばい店なども見かけられる。
世間一般的にこの裏通りの印象は良くなく、通る人も少ない。
犯罪が多いとか、不良がよく居るとか言われるよな、彰がそう思いながら裏通りを行く。
実際はそうでもなく、とにかく人がいないだけである。
そうやって自宅までの最短経路を歩いていると彰の目にある物が飛び込んできた。
周りに店がなく、いつもは人がめったに居ない、裏通りでもかなり寂れた場所。
そこに一人の少女が座り込んでいた。
「あれ?」
少女の服はこの辺では見かけない学校の制服であった。手には水の入ったペットボトルがある。
彰が気になったのは少女の雰囲気が、こんな夕方の裏通りには合わない普通の女子高生だったからである。
そして普通の女子高生ならこんなところには寄り付かない。ここには、そういう人が立ち寄るところが何も無いからだ。
なので、彰は少女がここにいることが気になった。
しかし注目していれば相手も気付く。
「んっ」
人の気配を感じた少女が顔を上げた。
そのとき初めて少女の顔を見た彰の印象は、優しい少女といった感じだった。髪は黒色のロングで、容貌はきれいではあるが親しみやすいといった感じだ。
なおも、じろじろ見る彰に少女は声をかける。
「何か用があるんですか?」
「いや、何も無いが……」
いや、やっぱりこの少女の雰囲気はこの裏通りにあわない。
と思って彰が見ていると、
「何よ……あっ! もしかして、研究会の追っ手!?」
急に立ち上がって少女は臨戦態勢に入る。
「は?」
もちろん、そんな者ではない彰は戸惑う。
「いや、そんなことはないんだが……」
「私を殺しにきたのね!」
「殺すって……?」
彰は困惑する。今まで日常だったのにまるでドラマや映画の世界に迷い込んだようだ。「殺す」とか「追っ手」とかいう言葉は、どうも非日常感が漂う。
彰は少女の言葉の真意を考える。
一つ目は少女が冗談を言っているということ。二つ目は少女が最近流行りの厨二病だということ。勉強ばかりしている彰であったが、厨二病というものがあるというのは知っていた。
しかしどちらも否定した。
冗談というのにも、厨二病というのにも違う気がしたからだ。
少女からは一触即発の本気の気配を感じたからである。
ならば三つ目。信じられないが本当のことを言っているということだろう。
そう結論付けた彰は両手をあげて、
「ごめん、ごめん。少し君が気になったんだ」
と敵意がないことをアピールした。
少女は敵意がないことを感じたか、警戒を落とした。
しかし何かに思いあたって、また警戒をあげて聞いてきた。
「ナンパですか?」
「えっ!?」
一瞬何を言われたが分からなかったが……「君が気になった」というセリフは、典型的なナンパじゃないかと彰は思い、弁解する。
「いや違う。……しかし君のことが気になったことは本当だ」
とそこまで言って、これではさっきと同じだと思った彰があわてて付け足す。
「どうしてここに居るんだ?」
少女は疑問顔だ。警戒も解かれたようだ。
「……どうして、って?」
「えーと、君みたいに普通な女子高生がどうしてここに居るんだ」
冗談というか、鎌をかけるといった感じで更に付け足す。
「……もしかして組織の追っ手から逃れるためか?」
「!?」
少女は驚き、うつむいた。何かを逡巡しているようだった。
しばらくの間迷った後、少女は顔を上げた。
「そうです。だからあなたも私にかまわないでください」
少女からは明確な拒絶が感じられた。
だからといって彰は、分かりましたとこの場を離れるわけにはいかない。そんなだったら、少女に声をかけられたときに退散している。
彰は困っている人は助けるべしという、現代では珍しい考えの持ち主だ。
「………………」
しかしここまで明確に拒絶されると話しにくいな、と彰が思っていると、
ぐ~ぎゅるぎゅるという音が少女から聞こえた。
「………………」
「………………」
「……腹が減っているのか?」
「………………っ///」
少女の顔は真っ赤だ。
少年は再度聞く。
「腹が減っているのか?」
「…………………………はい」
観念したのか、少女は認めた。
「……お金が無くて、昨日から何も食べてなくて。……って、あなたには関係ないことです!」
少女はつい説明してしまったようだった。
「……はぁ」
彰は溜め息をつく。
裏通りに一人でいて、追っ手に追われていて、金が無くて、腹が減っている。
印象は普通な少女、優しそうな少女なだけにどれも似合わない。
何があったのか?
彰は腹をくくって、いろいろと気になるしもう少し付き合うか、と決めた。
そして持っていた買い物袋から、スーパーで買った弁当を取り出す。
「食うか?」
「えっ!?……でも」
少女の顔には遠慮がある。
当然だ。さっき会ったばかりの見ず知らずの人からいきなり弁当をもらっても困る。
しかし、彰はそれにかまわない。
「腹減っているんだろ」
「えっと、あの、その」
受け取っていいのか迷っている。さらに、さっきまで拒絶していただけに受け取りにくいようだ。
しかし空腹に勝てなかったのか、少女はおずおずと言い出した。
「……本当にいいんですか」
「ああ」
「……ありがとうございます!」
「その代わりに、いろいろと教えてもらうからな」
彰は言って、弁当のふたをはずし渡した。
弁当をとめていた輪ゴムを手首につけながら、口を開いた。
「ひとまず最初に自己紹介。俺の名前は高野彰。君の名前は?」
「水谷恵梨です。学年で言うと高校一年生です」
「そうか。俺と一緒で、高一なのか」
しばらく無言が続く。少女、恵梨は弁当に夢中だ。
本当に腹が減っていたのか、一心不乱に弁当を食べている。
彰はそんな恵梨を観察していた。
何度見ても、殺し屋に追われるとかいう物騒なことに無関係な少女に見える。話してみてその印象は強まった。
しかしさっきの、俺が研究会の追っ手とかに間違われたときの、本気な雰囲気はどういう意味だ。
さらに考える。
追われている、金がない。……逃亡生活の途中なのか?
なぜ殺される? 研究会の秘密を握ったからか。それとも、居てはならない存在なのか?
それとも全て冗談なのか? しかしさっきの雰囲気は?
頭が疑問符ばかりで埋め尽くされる。
そのとき、恵梨が弁当を食べ終わって話しかけてきた。
「……本当によかったんですか?」
「何が?」
「弁当のことです」
「ああいいよ。おやつ代わりに買ったもんだからな。夕飯の材料は他に買っている」
「おやつ……」
男子高校生の胃袋は消化が早い。
「その代わり君の状況について教えてよ。研究会とか、追っ手とか」
「どうしても聞きたいんですか?」
「そうだ」
「………………」
少女は観念したようだ。
「……分かりました。……あなたを巻き込みたくないですけど。……弁当の分ぐらいなら」
恵梨が水を飲みながら答える。
さて、これで疑問が解けるぞ。
実際、彰は本気半分、冗談半分であった。
少女の雰囲気が気になり話しかけ、自分の信念に則る弁当をあげる人助け。
そして、話を聞こうとしたのはただ好奇心というだけだ。「追っ手」だとか「殺す」だとか自分の身の丈を超えたことに、ただの学生である彰はそこまで干渉して助けるつもりは無かった。
そんな彰の態度は無責任なように思えるが、しょうがないだろう。
人は自分の関係ない世界に干渉するのには大きなエネルギーがいる。
話を聞いたら彰は恵梨から別れる予定だった。
そうして、二人が生きてる世界は交わらないはずだった。
明日から二人は、他人同士になるはずだった。
彰はその予定だった。
しかし、もう遅かった。
彰と恵梨の生きる世界はもう交わっている。
恵梨が気になった時点で、声をかけられた時点で、あるいは弁当をあげた時点で、恵梨が生きる世界の登場人物に彰はされたのかもしれない。
もしくは彰の生きる世界の登場人物に恵梨はされたのかもしれない。
裏通りに二つの人影が現れる。
本来、恵梨が生きる世界の住人であるはずの二人が、恵梨と彰の両方に声をかける。
「おお! お嬢ちゃんを発見」
「本当だな」
その二人は恵梨を追ってきた研究会の追っ手だった。