二百八十二話「火野理子の力」
「いや、超テクノロジーの一団が世間から隠れるためにという説も捨てがたいが……」
「なるほどー」
なおも語りが止まらない雷沢を光崎に任せて、その場を離れる彰。
「すごいテンションだったな」
手持ちぶさたになったため、目的もなくぶらぶら船上を歩いていると。
「……はあ」
「どうした火野妹?」
途方に暮れている様子の火野の妹、理子を見つけた。
面と向かって話すのは……今年の能力者会談以来か。
この八人の中では一番接点が少ないけど……何か話しやすいんだよな。火野も人間関係には困っていなかったし、そういう血筋なのだろう。
「あ、彰さん。……手伝ってもらっても良いですか? 荷物が倒れてしまって」
「それくらいなら……っと」
船の揺れで転がった荷物を運ぶ彰。
にしても、すぐにでも登山することが出来そうな量だな……というかこの倒れている荷物、テントか? 本気で登山するつもりか?
「お兄ちゃんのせいです」
彰の視線に気づいたのか、理子は答える。
「火野が?」
「今回は無人島でサバイバルや! 準備をしとけよ! ……と言われて真に受けて準備した結果がこれで……」
「それは酷い」
そういや火野妹に連絡するのは火野だったか。テンション上がって適当なこと連絡したんだろうな。
「ったく、あいつは……俺の方から謝らせようか?」
「あ、そ、それは大丈夫です! しっかり反省するまで逆さ吊りしたので!」
「…………」
あわあわと手を振りながら出てきた言葉が逆さ吊りである。
……そういや火野理子は錬金術を使った拷問のエキスパートだったな。
思い出したくない設定を思い出した彰は、これ以上関わると厄介なことになると話を変える。
「そういえば去年は合宿で来れないって言ってたが、何か部活に入っているのか?」
「あ、言ってませんでした。吹奏楽部です」
「何の楽器を担当してるんだ?」
「トランペットで……あ、ちょっと見てもらってもいいですか!?」
「見てもらう……?」
このたくさんの荷物の中に楽器も持ってきているのだろうか? だったら納得だが……と考えていた彰は次の瞬間度肝を抜かれることになる。
理子の手の中に、赤色のトランペットが出現したからだ。
「……っ!?」
「その反応久しぶりです……じゃ吹いてみますね」
小気味よい笑みを浮かべた理子は炎の錬金術で作ったトランペットを構えて演奏を開始する。
~~♪ ~~♪
彰も耳にしたことのある有名な曲の一節を吹き終えるまで反応することが出来なかった。
「どうですか?」
トランペットを炎に戻して、理子は聞いてくる。
「よく分からないけど、ちゃんと練習しているだろうなってのは伝わ……いやそれよりもちゃんと音が出ているだとっ!?」
錬金術により楽器を作る。
彰は今まで考えたこともなかったが、言われてみれば可能なのだろう。楽器はほとんど金属で出来ている。それを錬金術で完全に再現すれば音は出るはずだ。
しかし、その難しさはとてつもないだろう。
剣などよりはるかにパーツの多い楽器。しかもかなりの精密性が要求されるはずで、少しのミスで狂うはずだ。ここまでちゃんとした演奏が出来る楽器を作るためにはどれだけの錬金術の精度が必要になるのか想像も付かない。
恵梨、彩香、火野もここまでは出来ないはず。
何でも思い通りに作ることが出来る、という錬金術の特徴を極めた理子だけが達した境地だろう。
「昔から錬金術で色んなものを作ってみるのが好きで、それが高じてこんなことまで出来るようになったんです」
「なるほどな……」
小さい頃から錬金術の能力を自覚していたら俺もこう……なるとは思えないな。火野妹の才能だろう。
「それで最近再現しようと頑張っているのは……」
そこで理子は言葉を切ると、錬金術を発動。その手に握られたのは赤色に光る――。
「銃っ!?」
「はい。ちゃんと撃てるんですよ。見ててください」
理子は外に銃口を向けて、引き金を引くが。
バンッ、と爆発音がして銃は爆発した。
「――といってもまだ勉強中で不完全ですけどね。今日も資料を持ってきて研鑽してるんですが、まだまだです」
てへへ、と理子は失敗を認める。
手元で爆発したが理子にダメージはない。錬金術を上手く使って影響がないようにコントロールしたようだ。
「…………」
失敗だったとはいえ、開いた口の塞がらない彰。
錬金術で銃を生成……これも可能性だけでいったら出来るだろう。難度は想像も付かないが。
銃の構造を再現して……いや、しかし銃弾はどうする? 火薬がなければ銃弾は飛ばない。錬金術で作った弾丸を操作で飛ばす? いやそれだったら最初から銃の機構を作る意味は無いし……いや、そうじゃなくて。
「銃弾に圧縮金属化した金属を付けて、それを破壊して爆発させることで銃弾の推進力を得る……ってことか?」
「……流石ですね、そこに気づくまで私も試行錯誤を繰り返したのに。どれくらいの炎を込めるかは調整中で、今のはちょっと強すぎて銃を壊しちゃいましたね」
理子の錬金術は炎を材料にしている。それを圧縮金属化すれば疑似的な火薬のようなものを準備することは可能か。
いや、それは風の錬金術でも同じか? 圧縮金属化を解放すれば爆発したような風は起こせるし……いや、でも俺にはそこまでの物を作ることは出来ないな。
「十分すごいと思うぞ」
心からの感服を伝える。
「……別にすごくないですよ。私からすれば彰さん達の方がすごいです」
なのに理子の表情は曇っていた。
「いやいや、俺らにはあれだけのもの作れるやついねえよ」
「そっちじゃなくて……お兄ちゃんから聞きました、研究会との戦いの話。
私は能力があるのに運動が苦手だし、度胸もないですから、そうやって敵と戦って仲間を守るってことが出来る皆さんのことをすごいって思ったんです」
理子は一度も研究会とまつわる戦いに巻き込まれたことがない。火野はもちろん、恵梨や彩香とも仲がいいはずだから、そのとき力になれなかったことを恥じているのだろう。
だけど。
「そんなの気にする必要ないって。この平和な日本で育って、戦うのが得意って方が無いだろ。……そういう意味じゃ、逆に俺たちの方がおかしいんだ」
「そう……ですかね? …………そう言ってもらえると少しだけ胸が軽くなります。でも、私も少しでも力になりたくて……だから戦うための武器、銃の構造を学んでみたんです」
楽器から銃とずいぶん物騒なものに移ってビビったが……そういうことだったのか。
「だったら俺からは何も言うことはない。そもそも力を磨くな、戦うな、なんて俺が言える立場じゃないしな。ただ力の使い方だけは誤るなよ、と先輩から忠告しておこう。あとちゃんと周りのことを考えることもな」
「……はい!」
心地よい返事。
素直な後輩って感じでいいな……ったく、火野はこんないい妹を持って――。
ガチャン!!
「ぎゃぁぁぁっ!?」
そのとき金属が合わさる音と悲鳴が聞こえてきた。
「……………今のは…………火野か?」
「すいません、彰さん」
一言断ると、部屋を出ていく理子。その顔が恐ろしく真顔だったことが印象に残った。
少しして外から声が聞こえる。
「ねえ、お兄ちゃん? 昼ご飯は島に着いてからって言ったよね?」
「いや、飯の話をしていたら腹が空いて……だからってトラバサミを仕掛けるのは無いやろ!!?」
「話を逸らさない」
「いや、これめっちゃ食い込んで痛いんやけど!?」
「説教中は正座」
「ぎゃぁぁぁぁっ!?」
火野の悲鳴が響きわたる。
「…………」
察するに早弁しようとした火野が、火野妹が仕掛けた罠に引っかかったってところか。
「南無三……」
自分に出来ることはない、火野が無事であるように祈る彰。
そもそもそれだけの罠や拷問が出来るなら、銃を作らなくても十分戦えるんじゃないかと心の隅で思ったが、本人に言う度胸は無かった。




