プロローグ
お待たせしました、十二章『夏の始まり』の開幕です。
本日は二話更新、数日は毎日更新で行きます。
……困惑するかもしれないので先に言っておくと、これはちゃんと異能力者がいる世界です。別作品じゃないですよ。
その二人は差し迫る驚異から逃げていた。
「ちっ、どこ行った……?」
「あっちの方だ!」
「くそ、逃がすか!!」
追い方は数人の男。それぞれに刃の欠けた剣、接合の緩んだ斧、農業用の鍬などを持っている。手入れが行き届いていなく古くささを感じさせるその武器は、逆に男達が使い慣れていることを表していた。
格好は何日か風呂に入っておらず汚れていたり、ほつれた服を無理に着ていたりで、整えている者は誰もいない。
荒くれ者と、そう呼ぶのがしっくりくるだろう。
彼らは森の中を駆ける。見つけた獲物をしとめるため。
「レリィお嬢様こっちです……!」
「う、うむ!」
追われる方、少女は頷き先導する女性に引かれるまま走っていた。体力はあちらの方が上、直線に逃げていては追いつかれると草木茂る脇道に飛び込む。
二人ともに武器はなく、対抗手段はない。捕まれば蹂躙は必至。
追っ手とは対照的に格好は整っている。少し野暮ったい服装ではあるが、その中に品が感じられるのはその二人自身の振る舞いからか。
「ここでやりすごします!」
二人は濃い自然の中でも一段と群を抜けている藪の中に身を投げる。
そして女性の方がその身に宿す能力を発動した。
「……妾の力を使わなくて良かったか?」
「物理的に見つかればどのみちアウトです……来ました」
近づいてくる複数の足音。二人は息を潜める。
「やっと観念しやがったか……」
そこは最後に二人を見かけた場所。続々と集まる荒くれ者たちだが。
「あれここらへんのはずだよな……?」
「もしかして……消えただと!?」
「足音は途切れているのに……やつら逃げるのをあきらめたんじゃなかったのか!?」
誰の姿も確認できず、動揺が走る。
しかし。
「落ち着け! 何らかの能力だ! 逃げていたということは戦闘用でもなく、即座に離脱出来る能力なら走る必要もなかった。……おそらく隠れるための能力だ! 虱潰しに探すぞ!!」
「「「うっす!!!」」」
浮ついた空気がリーダーの号令で一蹴され、荒くれ者達は方々に散らばる。
「……一人頭の回るやつがいましたか」
訳が分からなくなって諦めてくれるのを望んでいたが……そう上手くは行かないらしい。
女性と少女は見つからないように、音を立てないで少しずつその場を離れていく。
「ど、どうなるのじゃ、メオ……」
「大丈夫です、レリィお嬢様」
「そうか……なら安心じゃ」
心配する少女の頭を撫で、女性は小声で話しかけ落ち着かせて。
「――とでも、言うと思いましたか」
次で絶望に落とした。
「……え?」
「大丈夫なわけ無いじゃないですか。人数が多いですし、ああやって人海戦術に出られては逃げ切る前に捕まるでしょう」
「た、確かにそうじゃが……そこは嘘でも大丈夫といって妾を安心させて」
「そんなことして私に何の得があるというのですか」
すがる少女をばっさり切り落とす。
「……いつも思うんじゃが、本当に妾の従者なのかメオは? ちゃんと妾を敬っておるのか?」
「何を言ってるんでしょうか。人として駄目駄目なお嬢様のどこを敬えと。そもそもこんな事態になったのも、お嬢様が前の町で贅沢するからでしょう。その分を節約するために、徒歩で移動した結果がこれです」
「うっ……それは反省しておるから言わんでくれ」
「まあそれでも私はあなた様の従者ですよ。仕事ですから、ええ。気に入らない人物を主と呼ぶ代わりに、給料をもらう。そういう仕事です」
「……今度解雇しようかの?」
「そうですか、今までありがとうございました。私はお嬢様を放って逃げますね」
「い、今のは嘘じゃ! すまんかった、メオ!」
「もちろん冗談ですよ」
「……メオの冗談は笑えな――」
「しっ」
小声で応酬していた主従漫才もそこまで。近くまで荒くれ者が来たことに気づき、メオが黙るように指示する。
息を潜めて見守っていると、荒くれ者は幸いにも見当違いの方を探した後、自分たちが隠れている場所と反対の方向に向かっていった。
二人は大きく息を吐いた。
「……ふう、寿命が縮むかと思ったぞ」
「本当に縮めば良かったですのに」
「何じゃと」
軽口を叩きあう二人。そこに緊張感は見られない。
こんな状況なのに? いや、こんな状況だからだ。
いつも通り振る舞うのは恐怖を忘れるため。もし一人だったら恐怖に押しつぶれて何も出来ずに捕まっていただろう。
「そういう意味じゃこんなお嬢様でもいないよりはマシということでしょうか……」
「何か悪口言ったか?」
「いえ何も。ほら、また来ました」
素知らぬ顔でレリィの追求を逃れるメオ。
近くまでやってきた荒くれ者をやり過ごして、レリィは口を開く。
「……そろそろいいじゃろ?」
「何がですか?」
「メオのその余裕、何かこの場所から逃げる方法があるんじゃろ? 妾をからかうのも終わりにして、それを教えてくれぬか?」
レリィの眼差しにはひとかけらの疑いもない。
「…………」
ずいぶんとお嬢様は余裕があると思ってましたが……そうですか、私を頼りにしていたからですか。
なら、この手足の震えを必至に隠した意味はあったようですね。
「どうした、メオ?」
「……何でもありません。近くに誰もいない今の内にやつらから離れておきますよ」
音を立てないように移動を再開する。
いざというときの手段はあった。
トカゲのしっぽ切りと同じ理屈だ。一人が見つかって注目を集めている内にもう一人が逃げる。それで二人とも捕まる最悪の未来は免れる。
もちろんしっぽになるのは…………。
「……」
だが、それは最後の手段だ。
諦めるにはまだ早い。
奇襲で一人一人落としていく? ……いや、一人やっつけたところで見つかって終わり。戦って敵う人数ではない。
だったら助けを呼ぶか。……いや、こんな森の奥を通る物好きがいるとは思えない。それにあの人数を相手取れる使い手がちょうどよくこの近くを通るなんて、そんなことあるはずが――。
ドサッ。
そのとき、近くで何かが落ちたような音がした。




