二百七十五話「文化祭 能力者劇場5」
斉明高校の文化祭二日間に渡って開催される。
その内、メインは一般公開される二日目だと言っていいだろう。二年生の劇やその他大きな催しのほとんどが行われるからだ。
しかし、だからといって一日目が盛り上がらないかというとそうでもない。
「……人多いわね」
「大盛況だな」
自分の教室に入るために、行列に並ぶという滅多にない体験をしている由菜と彰。
最初のシフト入っていないから文化祭を回らない?、と由菜に誘われていた彰。他の友人たちは部活やクラスの出し物のシフトがあったため二人で回っていた。
どこに行くか迷って、だったらまずは自分たちのクラスの模擬店に行こうという話になったが。
「開始してすぐなのにどうして行列が出来たんだろう?」
「さあ? 噂でも出回ってたんじゃないか」
時刻は十時、まだ昼飯時には早い。それにこの文化祭開始直後にこれだけ人が集まるのも変な話だ。こういう場合は普通口コミなんかで広まって徐々に客が訪れるというパターンじゃないだろうか?
「恵梨があれだけ気合いを入れてたし楽しみ」
「俺もまだ試作すら食ったこと無いんだよな」
テニス部の模擬店に、劇の練習と忙しかった二人はあまりクラスの模擬店には関われていなかった。
そうしている内に行列の先頭が回ってくる。
「へい、いらっしゃいませ……って、委員長!?」
「頑張ってるな」
何故か驚いている接客係のクラスメイトの男子と気さくに返事する彰。
「はいはい、そこ驚きすぎない。それで由菜も一緒なのね」
「そうなの」
もう一人の女子がたしなめながら由菜の姿を認める。
「っと、そうだな……すいません、お客様、注文をうかがいます」
「つっても焼きそばしか出してないだろ。一つ頼む」
彰は料金を払う。
「室内でお召し上がりますか、それともお持ち帰りでしょうか?」
「せっかくだし室内で食べようかな」
「割り箸は一本でよろしいでしょうか」
「そうね……って、良くないわよ!!? 二つよ、二つ!!」
「あーんすればいいのに……って、冗談よ。やあねえ」
女子の方がクスクスと笑い由菜が憤慨している中、男子の方が手慣れた様子で焼きそばがプラスチックのパックに詰め、輪ゴムで閉じ、割り箸と一緒に差し出された。
「まだ始まったばかりなのに手際が良いな」
「そりゃもう……お客様を待たせるわけには行きません、って何度店長にしぼられたことか」
少し遠い目をしている男子。
「店長って……恵梨ね。本当気合い入ってるわね」
「そういうことだから、まだお客様も並んでいるしごめんね」
自分たちが並び始めたときよりも長くなっている行列を振り返って、二人はそそくさと横に退いた
教室の半分は調理スペースに当てられていて、残りの食事スペースは机を四個をつなげた島が作られ、その上にクロスがしかれていた。その内の一つに座る二人。
「それじゃ早速食べるか。朝飯抜いてきたから腹が減ったわ」
「私は食べてきたからそこまで。……あ、そうだ。これ彰が払ったでしょ。半分出すわ」
「いいって、その分俺が多めに食うけどな」
「え、でも……」
「気にするなって」
それ以上の問答は不要とばかりに彰は焼きそばにかぶりつく。
「……じゃあ私も」
奢りということもあって、少し遠慮がちに取って口に運ぶ由菜。
「「…………」」
租借するだけの無言の時間が少しあって。
「「うまい……!!」」
二人は同時に賛辞を口にした。
「麺の水分が絶妙だな。べっちょりでもぱさぱさでもない、ちょうどいいモチモチ感だ」
「野菜はキャベツのみだけど、野菜を入れすぎると水分が出るし、これぐらいがちょうどいいのかもね」
「揚げ玉が食感の良いアクセントになるな」
「豚バラ肉は王道だけど、だからこそ外れがないわね」
次々と味の感想を言い合いながら食べていく二人。
一人分を二人で食べている事を差し引いても、異常なスピードで焼きそばは減っていき、残り一口分となった。
「……残り良いぞ、由菜。俺も結構食ったしな」
「彰の奢りなんだから、彰が食べて良いって。自分で多く食べるって言ってたじゃない」
「そっちこそ朝食べてきた言ってたのに、すごい勢いで食べてたじゃないか。焼きそば気に入ったんだろ?」
「それなら彰の方が早かったわよ!」
日本人らしさが引き起こした譲り合い。
「ああもう分かった。なら俺が食うからな……後悔するなよな」
「いいからさっさと食べなさいって」
彰が由菜の顔をちらちら窺いながら最後の一口を腹に収める。
「ふぅ、ごちそうさん」
「おいしかったわね、二人分買ってもよかったかも」
「行列ができたのも分かるな。こんなにうまいとは」
「恵梨がこだわっただけあるわね」
「まあでも気合い入っているのは分かるしな……」
彰は仕切られた教室の残り半分の方に顔を向けた。中の様子は見えないものの、音は聞こえる。
「予想よりペースが速いです! キャベツの用意も早めにお願いします! 麺は作り置きする余裕がないので、水を気持ち多めでも大丈夫です! その分ソースの調整もしましょう! ……っ、揚げ玉が切れそうです! 予備のを出してください!」
恵梨と思しき声が途切れることなく響く。
「少し恵梨に会っていこうと思ってたけど……」
「うん、それは無理そうね」
そして二人は焼きそばを平らげた後、教室を出るのだった。
その後二人は文芸部の美佳、サッカー部の火野と仁志、剣道部の彩香と友人のいるところを順に回っていく。
一通りしたところで、時刻は昼時を迎えていた。
「あ、そろそろシフトだ。戻らないと」
由菜はテニス部の模擬店の店長だ。この時間も半ば無理して捻出している。
「俺も文化祭クラス委員の仕事があるけど……まだちょっと余裕あるな。最後にテニス部の模擬店に寄っていくか」
「いいわね、それ。テニス部特製のたい焼き食べていってよ。……恵梨の力入れようを見ると、ちょっと自信無くすけど」
「分かってるって、あれはあっちがおかしい」
そういうわけで二人はテニス部の模擬店を目指して歩き出す。
その道中、少し思い詰めた様子で由菜が口を開いた。
「ねえ……彰」
「何だ?」
「本当に文化祭のクラス委員の仕事なのよね? 嘘ついて学校抜け出したりしないよね?」
「……おまえもか」
デジャヴすら感じるセリフに彰は頭を抱える。
「恵梨か彩香さんにも聞かれたの?」
「ああ、恵梨だ。本当俺ってそんなに信用無いのか?」
「去年一年の態度を思い返せば当然だと思うけど」
「……まあ、そうなんだが」
言い返せない彰。
「半年前、私は能力者の話を聞いて心配ばかりの日々になるのかなって思ったけど……最近はそういうのが無くて、だから――」
「ああもう、おまえらはその話まで一緒なのか!」
語りを中断させる彰。
「あ、あれ……もしかして、恵梨も同じようなこと言ってた?」
「平和な日々が続いて欲しいってことだろ? 俺だってそうだとは思っているよ」
先回りして同意を伝える彰。
恵梨とはここで話が終わったが、しかし由菜は食い下がる。
「そうだと『は』……って、どういうこと?」
「……」
「平和だったらいい……でも、そうは行かないって思っているってこと?」
「……やっぱり由菜は気づくか。ああそうだよ」
彰は首を縦に振る。
「やっぱり何か事件が近くまで迫ってきているの?」
「いや、それはない。現状そういう危機は伝えられていない」
「だったら……」
「でも……ずっと平和ってことは無いはずだ。雷沢さんみたいな中二病じゃないけど、力持つものの宿命として厄介事は降りかかる」
分かっているだけでも黄龍の李本俊にはリベンジを宣告されているし、鹿野田とサーシャだって取り逃がしてしまった以上またどこかで立ちふさがるだろう。
それにまだ見ぬ驚異だって降りかかる可能性はある。色んな組織と関わったことで、能力者としてある程度名前は知られてしまったはずだし。
彰の言葉に、由菜は表情が落ち込む。
「そう……」
「でも心配するなって。俺だってもう分かっている。実際に近くに迫った驚異を判断できた場合は、包み隠さず絶対に由菜に伝える。同じ過ちは絶対にしない」
「……信じているからね」
「ああ」
彰の嘘偽り無い本音。
由菜はそれを聞いて別のことを考えていた。
「(たぶん……恵梨も気づいていたんだろうな)」
彰のセリフ『やっぱり由菜は気づくか』
それは恵梨が追求しなかったことを意味するんだろう。
でも、恵梨だって彰の言いたいことは理解していると思う。
「(それなのに口にしなかったのは……恵梨には力があるから)」
平和は確かに望んでいる。でも、実際に事が起きたとしても恵梨は彰の力になることが出来る。
だけど、私はそのとき祈ることしかできない。
その差が不安を生み出す。
「(やっぱり私も……彰と並び立つための力が欲しいな……)」
程なくしてテニス部の模擬店前までたどり着く二人。
「それじゃたい焼きお願いな、店長」
「……分かってるって、私が直々に焼いて上げる」
「味付けはシンプルに塩でよろしくな」
「そっちの鯛っ!? 文化祭でそんな高級品出すわけ無いでしょ!?」
さすがの切り替えで、直前までの不安を微塵も感じさせない由菜。
「ははっ、冗談だって」
「全く……」
由菜は文句を言いながら模擬店に入る。
そして一人になった彰。
「……心配かけさせてごめんな」
面と向かって言うのが恥ずかしかったその言葉は、文化祭の喧噪に流され誰の耳にも入らずに消えた。




