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異能力者がいる世界  作者: 雷田矛平
十一章 平和な日々、移ろう季節
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二百七十四話「文化祭 能力者劇場4」

 文化祭に向けて、クラス委員に主演男優としての練習に励む彰。他の面々も自分の役割をもって準備を進める。


 そして時は流れて、文化祭開催の前日。


 二年一組の模擬店の準備も万端に整い、明日を迎えるだけ――


「おい! ここの飾り付けどうすればいいんだ!?」

「メニュー表があと一個足りないんだけど!」

「調理器具何か多くないか!? 家庭科室から持ってきてしまったのがあるだろ!!」


 ではなかった。



 その惨状を目の当たりにしたのは、劇の最終リハーサルを終えて様子を見に来た彰。

「これは酷い……」

 第三者視点になっているのは、自身が劇の練習とクラス委員で忙しかったため、模擬店に関してはこれまでほとんど手伝えてなかったのが理由だ。故に当事者という意識があまり固まっていない。

 時刻は夜の七時。いつもならとっくに家に帰っている時間だが、今日は文化祭の準備のため学校に遅くまで残ることが許されている。とはいえそれも十時までのはずだ。あと三時間で準備を終わらせなければならない。

「まあ学級委員長なのに任せっぱなしにしていたのも悪いしな……今から少しでも手伝うか」

 彰は指示を仰ぐために、模擬店の責任者の元に向かう。


「飾り付けはそっちにまとめてます! メニュー表は今作っている最中なので、後から持って行かせます! 調理器具は備品の数がこれに一覧になっているので、照らし合わせてもらえますか!?」

 次々と人が訪れる中、指示を出している模擬店長の恵梨。人の波が途切れたところで、彰は声をかけた。

「おー。頑張ってるな、恵梨」

「……彰さんっ、また何か問題がありましたか!?」

「そう神経質になるな。リハーサルが終わったから模擬店手伝いに来たんだ」

「あ、そうでしたか。……彰さんも疲れていると思いますのに、ありがとうございます」

「気にするなって。それで何か俺に出来ることあるか?」

「彰さんに出来ること……そうですね、ちょっと待ってもらえますか。後少しで力仕事用の人手が必要になると思うので」

「分かった」

 だったらその間何をするか、と思案する彰に恵梨が提案する。

「今から私も少し休憩に入るんですけど、よければ一緒してくれませんか?」

「おう、構わないぜ」

 彰と恵梨はクラスメイトたちが喧々諤々と準備を進める教室を出る。


「リハーサルはどうでしたか?」

「バッチリだったぞ」

「そうでしたか、私まだ劇の内容も知らないので本番で見るのが楽しみです」

「……まあびっくりするとは思うぞ」

 話しながら廊下を歩く二人。通る教室はどこも文化祭の準備に追われている様子だった。

「やっぱりどこもぎりぎりまで準備してるな」

「去年は学習発表だったってのもありますけど、彰さんがクラスをまとめて文化祭前日も夕方には帰れましたよね。私も予定じゃ今日の夕方には完成して、チェックを残すぐらいのつもりだったんですけど……」

「立てた予定通りにいくなら、上に立つ者なんていらないさ。それを管理、コントロールしてこその長だ」

「ですね。彰さんの苦労が少し分かったかもしれません」

 一つため息を付く恵梨。よほど模擬店長の職務で疲れているのだろう。

「確かに苦労は多いだろうけど、それでも楽しいだろ?」

「はい。自分が思った通りに物事を進めることが出来るのは上に立った者の特権ですね」

「そうだ、だから義務として下に立つ者をまとめるのを頑張れって話だ」

「……ありがとうございます」


 ちょうどそのとき二人は食堂に着いた。営業時間は終わっているが、明日の文化祭の準備なのかここも人が多い。その人の間を縫って、自販機の前まで来た。


「じゃ、今日は恵梨店長に奢りだ。何が良い?」

「お茶をお願いできますか? 指示出しで喉がカラカラです」

「了解」

 彰はポケットから財布を取りだす。お茶とついでに自分用のスポーツドリンクも一緒に買った。


「ほい」

「すいません早速…………ぷはぁっ!」

 受け取ると一息でペットボトル半分を飲み干す恵梨。

「じゃあ、俺もっと…………ふうっ」

 リハーサルで汗をかいた体に、スポーツドリンクが染み渡る。


 近くのテーブルは準備に使っているため、二人は壁にもたれ掛かったまま話す。

「それにしても……」

「どうかしたか?」

「……改めて言うのもおかしいんですけど……平和ですねー、って思いまして」

「平和……か」

 もちろん世界情勢のことについて恵梨は話しているわけではないだろう。こうやって文化祭の準備なんて日常を前にして思うなら、自分たちの周りの話に決まっている。

「科学技術研究会とやり合ってからそろそろ三ヶ月……彰さんの両親の帰還や、能力者会談があったりはしましたけど、どこかの能力者が襲ってきたり、誰かさんが能力者の問題に首を突っ込んだりは無くて平穏です」

「誰だ、そのトラブルメーカーは」

「言って欲しいですか?」

「……いや、ああ、分かってる」

 暗黒面ダークサイドの片鱗が見えたため、すぐに折れる彰。


「去年の文化祭は、アメリカの連続殺人事件の犯人、モーリスを彰さんが追っていたせいで、二日目のほとんど一緒に回れなかったんですからね」

「そうだったな」

 朝のパレードに出たっきり、能力者ギルドと異能力者隠蔽機関の合同作戦に参加していて、帰ってきたのは文化祭が終わった後だった。


「今年はそういうの無いんですよね? 私に隠して何かしていたりしませんよね?」

「してないって、神に誓っても良い。というかそんな他のことに時間を割くほどの余裕は無かったって」

「ならいいですけど……彰さんそうやって澄ました顔をして騙したりしますから心配です」

 日頃の行いが出ているのか、恵梨の疑惑を払拭仕切れない様子。

 実際本当に何も無いんだが……今念押しするように言うと、余計嘘っぽくなるから止めとくか。

 異能力者隠蔽機関にこれからも協力すると、春休みにハミルに言って以来、あちらから連絡が来たことはない。

 それもそのはず。彰たちに問題の解決を頼むとしたら、日本で起きた能力者の問題になるからだ。だが、去年一年彰たちを困らせた日本における争乱の元、科学技術研究会は鹿野田とサーシャを取り逃したとはいえ、組織自体は潰された。

 そして日本の能力者に能力を悪用しようとする者もいないため、現在日本で能力者的問題が起こる理由はほとんど無いことになる。

 まあ、でもこの説明をしても恵梨の疑惑は収まらないだろう。時として理屈では抑えられない感情というものもあるものだ。

 ……時間に任せるしかないな。実際に文化祭を全うすれば恵梨だって安心するはず。


 彰の心の内を察したのかは分からないが、恵梨は元の話題に戻す。

「こうして平和な日々を、彰さんはつまらないって思うかもしれませんが……私はこんな日がずっと続けばいいなって思います」

「……俺もそうとは思うよ」

 その言葉は彰の本心だった。

「ふふっ……」

 恵梨もその実感を掴んだのか、自然に笑みがこぼれた。そのまま顔を上げて、壁に設けられた時計を目にする。

「……っと、もう時間ですね。そろそろ教室に戻らないとですね。彰さんにも働いてもらいますからね!」

「了解っと」

 彰がうなずき返すと、二人は食堂を出て行った。




 その後、二年一組はクラス総動員で模擬店の準備を進め、何とか最終下校時刻の十時までに終わらせた。

「いよいよか……」

 彰は期待から呟きを漏らす。


 そして迎える文化祭当日……!

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