二百六十一話「帰還者 語られし過去3」
「いよいよ勝負の時です」
「……ん、どうした恵梨。そんなところで立ち止まって」
学校にやってきた恵梨と彰だが、恵梨は校舎の中に入らず足を止めた。彰からは決意を固めているように見える。
なんか緊張しているみたいだが……あ。
「クラス替えが気になっているのか?」
「はい! ここで誰と一緒のクラスになるかが、この一年を左右すると言っても過言じゃありません!!」
「大きく出たなあ……」
今日は始業式、二年生進級の日。
斉明高校では学年を上がる度にクラス替えがある。
「見知ったやつとクラスが別れるのは嫌だよな」
「別れは出会いを新たに生みますけど、やはり慣れた環境が崩れるのは辛いですね。今年もみんな一緒のクラスになる……なんて奇跡が起きないでしょうか?」
「仁志は別のクラスでも良いけどな」
そして二人は下駄箱を通り過ぎて、掲示板の前にまでやってきた。
「やっぱ人が集まってるな……」
「三学年分が張り出されていますからね」
掲示板の前の人だかりはすごいことになっていた。おそらく一年の中で一番多く人を集めているだろう。
「遠くからでも見れないことはないし探すか……さて、二年生の……や行は……と」
「や行、ですか?」
「え、ああ。どうせ今年も由菜と同じクラスだろうしな。中途半端な、た行を探すよりずっと効率がいい」
彰と由菜は中二の時を除いて、小学校の頃から同じクラスである。
「由菜さん、八畑ですもんね」
恵梨は由菜の名字を思い出す。
それにしても……いいなあ、由菜さんは。
彰さんとずっと同じクラス。……私は去年からですから、ずっとも何もないんですけど、こういうところに過ごしてきた年月の差を感じる。
まあ感じたところで、譲るつもりは無いんですけどね。
とりあえず今は彰さんと同じクラスになるのを祈って探すしか……。
「お、由菜は三組で……やっぱ俺も三組だな」
彰の声が聞こえてきた瞬間、恵梨が一組と二組を探す意味はなくなった。
三組のま行……ま行……。
「無い……」
そ、そんなことは……何かの見間違いで……!!
「恵梨は一組みたいだな」
「一組……」
崩れ落ちそうになる膝を支えながら首を動かすと、一組のところに自らの名前、水谷恵梨の文字がある。
そんな……彰さんと違うクラスになるだなんて……。
絶望と表現する他無い状態。
別のクラスだからといって、昼休みの弁当だったり、放課後だったりは一緒にいられるでしょうけど……それでもやはり今までよりは距離が空くだろう。
「まあまあ、そう落ち込むなって。一組にも知り合いはいるかもしれないだろ?」
「知り合い……」
ゾンビ状態の恵梨は、彰に言われるまま視線を下に向ける。
知り合いがいたところで彰さんがいないクラスに何の意味も無いですし……あ、や行に由菜さんがいますね。一緒のクラスですか。不幸中の幸い………………
「……あれ?」
おかしい、由菜さんと彰さんは三組ではなかったのか?
「……!!」
そこで恵梨は気づいた。隣の彰の吹き出す寸前の顔を。
「まさか……!」
一組のた行を探す恵梨。
た行……た行……ありました!
やはり、そこには高野彰の名前があった。
「おっと見間違ったみたいだな。俺と由菜も一組みたいだ」
ずいぶんと白々しく言う彰。恵梨はその姿にドッキリ大成功のプラカードを幻視する。
「……彰さん?」
「ちょ、ちょっと落ち着け。今のはちょっとしたお茶目でな……!!」
一瞬で声音を下げた恵梨に、彰は慌てて弁明する。
「もう……本当に驚いたんですからね」
しかし、ただのポーズだったようで恵梨はすぐに戻る。怒りより彰と一緒のクラスだった喜びの方が大きいのだろう。
「えっと……締まらねえが、今年も同じクラスだ。よろしくな」
「……はい!!」
ここ最近で聞いた中で、一番いい返事だったという。
始業式が始まるまでは新しいクラスで待機ということで、二年一組の教室に向かう二人。扉の前に立ったところで、恵梨が思い出したように言った。
「あ、そういえば他に誰が一緒なのか見てませんでした」
「……おいおい」
彰とクラスが一緒になるかを気にするあまり、他のところを見ていなかった恵梨。
「由菜さんが一緒なのまでは見たんですけど……彩香や美佳さん、火野君や仁志さんは何組なんでしょう……?」
「ああ、それだけど……まあ入れば分かるか」
きちんと見ていた彰は誰が何組なのか把握している。
そして教室の中に入ったところで。
「おはよう、恵梨!」
「あら、今日は遅かったのね」
「また一年よろしくー」
「ちっ……彰とまた一緒とはな」
「まあこの方が面白いやんか」
かけられた五つの声。
「え、皆さん……」
これまで一緒に昼食を取ってきた、由菜、彩香、美佳、仁志、火野の五人ともがクラスにいる。
「どうやらみんな同じクラスらしい。どんな縁なんだか」
「奇跡……ですね」
先ほど冗談で言っていた可能性が実現して、恵梨は呆けている。
「……さて、どうやら」
一方彰は何やら歯切れが悪そうに言葉を返した。
始業式が始まるまでは少し時間がある。生徒達は思い思いに集まって、久しぶりに会った者同士、近況報告などをしている。
「つか、こっちのセリフだよな。またおまえなんかと一緒になるなんて。腐れ縁か?」
「彰の性根が腐ってるからじゃないか?」
「お、上手いやん」
「全然上手くねえ。つか腐ってるのはそっちだろ」
「はあ? 俺のどこが腐ってるだと!?」
そんな中、彰、仁志、火野はいつもと変わらず騒いでいた。
「全く二年になったっていうのに、変わらないわね」
「変わらなすぎて、見ていてホッとしますけどね」
女子陣はその様子をもう恒例のものとして見ていた。
「にしても良かったね、あんたたち三人とも彰と同じクラスで」
「まあ……それは」
「そ、そうね」
「私は今年も一緒になるって疑ってなかったけどね」
恵梨と彩香が喜んでいる一方、由菜はさも当然という様子だ。
「これでもう何回一緒なんですか……? 何かコツでもあるなら教えて欲しいんですけど」
「幼なじみの絆よ、絆」
恵梨の質問に感情論を返す由菜。
「誰かがハンデを負っちゃ面白くないし、全員一緒か、いっそ全員違うクラスかを望んでたんだけど良かった」
「娯楽扱いされてるわね……」
奔放な美佳に呆れる彩香。
そしてしばらく誰がどのクラスになったかの話題で盛り上がった後、恵梨がふとこぼした。
「クラスメイトは大体把握しましたけど……後、気になるのは担任ですね。誰になるんでしょうか?」
クラスの担任。
教科事に教師が替わるので、そこまで影響がないように見えて、しかしクラスの雰囲気を決定づける重要なファクター。
昨年は畑谷先生で……どちらかというと自由な雰囲気でしたけど……。
「ねえ、美佳なら担任が誰になるか知ってるんじゃないの?」
由菜の無茶ぶり。だが、美佳の情報力ならば知っていてもおかしくはない。
「知ってるけど」
おかしくなかった。
「……相変わらずどこで調べてるのかしら?」
見慣れた事態に彩香は特に驚く様子がない。
「まあまあ、そこは詮索しない方向で。あ、それで担任だけど……そろそろ時間だし、まあ自分の目で確認してよ」
美佳が教室の時計を見上げる。
「ほら、おまえら席につけ」
ちょうど教室の扉が開き、人が入ってきた。
指示に従い席に座り始める生徒達。
「高野と東郷も争ってないで、さっさとしろよ」
その中で、時間を気にしていなかった二人に注意が飛ぶ。
「ちっ、時間か」
「命拾いしたな」
「それはこっちのセリフ……って、あれ今の声」
彰が教壇を向く。
「何だ、今年も先生が担任なのか?」
「段取りってのを気にして欲しいが……まあいい、この二年一組を担任することになった畑谷だ。授業も受け持っていたから初めましてはいないだろうが……それにしても見慣れた顔が多い気がするな……」
教壇に立つのは、去年も彰たちの担任だった畑谷であった。




