二十六話「炎の錬金術者、来襲」
次の日の放課後。
彰は一人で繁華街の裏通りを歩いていた。
買い物目的ではない。今日の飯を作る担当は彰なのだが、昨日恵梨が作ったカレーが今日も残っているので、冷蔵庫にある野菜を切ってサラダでも作れば済むことだ。
なので、繁華街に来たのは本屋に行った帰りだ。しかし、求める参考書がなかったため何も買ってはいなかった。
繁華街は平日の夕方でも、そこそこの人ごみがある。しかし、彰の歩いている裏通りには人の気配がない。裏通りは建物にも囲まれていて、日当たりも悪い。夕方なのに、すでに夜の雰囲気を感じられる場所だ。
彰が裏通りを歩いているのは人ごみを避けるためと、そして歩きながら能力、風の錬金術の練習をするためだ。
彰はこの能力を持っていることを一週間前、戦闘人形との時に気づいた。
だから、彰はこの能力をまだ使いこなせていない。一週間の間、暇さえあれば人目の無いところや、自分の部屋で能力を使っている。
おかげで作り出した剣がよりイメージ通りにより早く動いたり、能力を使って複雑なことができるようになった。といっても、恵梨や戦闘人形に比べるとまだまだであったが。
「ここから始まったんだよな」
彰は裏通りのある一角で立ち止まる。
そこは恵梨とはじめてあった場所で、そして研究会の追っ手を倒した場所だ。
「あれから一週間ほどしか経っていないということが信じられないな」
それほど、二人暮らしの生活に慣れてきていた。
彰はまた歩き始める。
しかし人に全く出会わない。
「それにしても、ここも人がいなくなったな」
裏通りの寂れ方はひどく、ここだけ時間の流れから外されたかのようだ。
「……以前は人が居たのにな」
と、そんなことを考えながら歩いてたからだろうか。
彰は前方から人が近づいてきていることに気づくのが遅れた。
「……っ!」
この裏通りに人が来るなんて!
彰は思うも別にこの裏通りに人が入ってはいけないという規則はない。
そのとき、彰は能力練習のため右手に風の錬金術で作った緑金属の剣を持っていた。物騒な物を持っていると思われるため、あわてて前から来た人から隠れるように体の後ろに剣を隠して「解除」する。
徐々にその人影が近づいてきて、彰とすれ違う。
その瞬間。
「おまえ、能力者なのか?」
すれ違いざま、いきなり声をかけられる。
「!?」
彰は狼狽して、その方を向く。
剣を消すのを見られたか!? …………いや、そもそも何故能力者の存在を知っている!?
声をかけてきたのは彰と同じ年頃の少年だ。雰囲気や目つきがぎらついていて、彰に対し好戦的なようだ。
「何者だ!?」
彰の問いに、少年は一瞬驚いた表情を見せて、
「ん? しゃべれたのか。……まあいい。俺の名前は火野正則。
炎の錬金術者だ、って言ったら分かるか?」
「炎の錬金術者!?」
彰は言葉からして、恵梨の水の錬金術者、自分の風の錬金術者と同じ系列の能力だろうと推測する。
少年は彰を指差して、
「そして、おまえは風の錬金術者だな。……遠目からでも、緑色の剣が右手に握られているのが見えたぜ。……どうやら、俺は運がいいようだな。適当に歩いていたら獲物の方から尻尾を見せてきたんだから」
「ちっ……!」
どうやら、火野は彰を探していたらしい。
能力で作った剣を見てこちらが能力者だと分かったのだろう。
ちゃんと周りに気を配るべきだった、と後悔するも後の祭りである。
彰は火野のほうに身体を向けたまま後退して距離を開ける。
「何が目的だ?」
「目的は一つ。……おまえを殺すことだ」
火野の目には迷いがない。
火野は右手を横に突き出す。
そして火野の右手の中で炎が燃え盛り、二、三秒遅れて炎が収束して赤色をした金属製の剣が握られる。
その得物は長さ一メートルほどで、装飾もなく実用的な剣だ。装飾がない理由は彰にも分かる。錬金術で物を作るのに細かい装飾までイメージするのは難しいからだろう。
「そうか」
彰は確認する。
炎の錬金術は、水のそれと風のそれでは、風の方に似ている。
火野の手で炎が出たが、火野はマッチもライターも持っていない。だから、火は魔力でおこしたのだろう。
風の錬金術と同じ、自分の魔力で材料を作り、その材料を金属化するという一種の自己完結的能力だ。
恵梨だったらもっと炎の錬金術について知っていたのかもな。
そう思うも、恵梨の転校から一週間、危機の去った二人はそういう能力に関する話をあまりしてこなかった。
しかし、元から自分が能力者と分かっていた恵梨だ。炎の錬金術についても知っていたかもしれない。
「どうした? おまえも構えろよ」
火野が剣を構えて、彰に武装を催促する。
それに対して、彰の選択肢は二つ。
このまま戦うか、この場を去るかだ。
当然戦う理由も、殺される理由もないのだから逃げるべきだろう。
逃げようと思えば、彰はこの裏通りの地理を完璧に把握しているため、火野が追いかけるのを撒く自信があった。
しかし、
「分かったぜ」
――理由はない。
しかし彰は敵意を向けられて、相手に背を見せるような性格ではなかった。
彰は右手を横に突き出す。
そして、一秒ほど遅れて、彰の右手の中で風が吹き荒れ、収束して緑色をした金属製の剣となる。
彰も同様に、その得物は長さ一メートルほどで、装飾もなく実用的な剣だ。
彰と火野は五メートルほど離れて対峙している。
彰は剣を構えて、
「そういえば、まだ名乗ってなかったな」
「……名乗る必要なんて無いぜ。おまえはすぐ死ぬんだから」
火野は強気に拒否するが、
「そんなことないぞ。おまえだって負けたことを後悔するときに、敵の名前を知らないんじゃ格好がつかないだろう」
彰も負けてはいない。
「………………」
二人の間で静寂が訪れた後、火野は獰猛な笑みを浮かべ、
「はは! ……そこまで言うなら名乗ってみろ!」
「ああ。……俺の名前は高野彰、
風の錬金術者だ!」
宣言と同時に彰は踏み込み、
火野は迎撃する態勢を整え、
放課後という日常から急転して、彰は戦いという非日常に落ちるのだった。




