二百四十三話「決戦13 実験室」
所変わって二つの実験室でも言葉が交わされていた。
火野の念動力が打ち破られ、ピンチに陥った彩香が行った提案。
この場を引けば、いくらでも金を払うというもの。
それに対し、李本俊は即答だった。
「ないな」
悩むそぶりも無く切り落とされる。
「……どうしてかしら? あなたはお金が一番大事だと思ったのだけど」
「金稼ぎが一番なのは黄龍という組織においてだ。俺自身、金は三番目に大事だとしか思ってねえ」
「三番目……?」
「……まあ、いいだろう。説明してやる」
李本俊は思うところがあるのか、何か含みを持った顔で説明を始めた。
「まず、一番目に大事なのは命だ。当然だな、何事も命あっての物種。金があっても使えないんじゃ意味がねえ」
「でしょうね」
それは彩香も想像できていたのかうなずく。
「一つ飛ばして金が三番目だ。今の世の中、金さえあれば生きていけるし、大抵のことは出来る」
「それで二番目は?」
「そう焦るな。正直この一番目と三番目はほとんどの人間に当てはまると俺自身は思っている。しかし、二番目は個々人によっての違いが一番出る。それは……一般的に言うなら生きがいだな」
「生きがい……」
「そうだ。金も所詮この二番目の生きがいをサポートするためのものでしかねえ。俺たちは獣じゃなくて、人間だ。日々食って、飲んで、寝るだけの生活じゃ満足しないだろう?」
「……」
「俺の中での生きがいは戦いだ。戦っているときこそ一番楽しい。こればかりは金を払う言われても止められねえ。それにこの戦いは一度負けたリベンジだからなおさらな」
「……」
「まあ中には生きがいが金稼ぎっていう困ったやつもいるがな。集めるだけ集めて、どうするんだっての。地獄に金を持って行けるわけでも無しに」
「……」
「どうしたさっきから黙って。おまえにもそういう金を持ってしても譲れないってものがあるんじゃないのか? それとも子供には難しかったか?」
「……いえ、あなたの言い分は理解しているわ」
彩香は自問自答をしていた。
私にとって生きがい、譲れないものは何だろうか?
ただただ親や学校の先生に言われるとおり優等生として生きてきた自分。そんなことなど考えたこともなかったが……言われてみればすぐに分かった。
私の彰に対するこの気持ち。自分を救ってくれた彰を今度は自分が救いたい。生きがいというのかは分からないが、それだけは諦められないだろう。
一年前の……ただツンツンと規則規則言っていた私に同じ質問をされてたら答えられなかったかもね。
「そうか、おまえにも譲れないものがあるんだな。当然か」
「ええ。そのためにもここは通らせて貰うわ!」
「なるほどなるほど……時間稼ぎは終わったんだな」
「……!」
彩香は自身の目的を言い当てられる。
「リュックの中の魔力反応、俺が見逃さないと思ったのか?」
「……バレてたのね」
「大体、取引言ったのは時間稼ぎが目的だろう? 金でここを通るつもりなら、戦う前に交渉するはずだ」
全部見抜かれている。
「……」
だけど、だったらどうして李本俊はこっちの目的通り時間稼ぎに付き合ったのかしら……?
続いて出されたのは、その答え合わせともなる李本俊の予想外の言葉だった。
「ほら、さっさと時間稼ぎをしてまで用意した策を実行しろ」
「……え?」
「言っただろ。これはこの前のリベンジだって。そっちの炎の錬金術者には勝った。あとはもう一人、あのガキの策を打ち破る。そこまでしてやっと俺の思いは晴らされる……!」
李本俊は敵に塩を送ってでも、彰と戦いたいようだ。
「なるほど、分かるでその気持ち……!」
念動力の反動で疲労困憊の火野も、敵ながらあっぱれとでも言い出しそうな様子。
「……」
こういうところは私には分からないわね。男の領分なのかしら。
女の彩香にはロマンの感性が理解できなかったようだ。
まあ、どうせ私がやれることは一つしかない。
「火野、立てるわね?」
「おうよ!」
火野が気を振り絞って立ち上がる。
「なら、行くわ……!!」
彩香は風の錬金術で作ったナイフを李本俊からは的外れの天井に向けて投げる。
これで対策は全て潰した……! 発動すべきは今!!
「どこに向かって投げてんだ……?」
李本俊もその奇行は気になったようだが、それ以上にようやく来た機会に心を震わせる。
「まあいい……来い!」
彩香と火野に残る手札は残り一枚、彰の策のみ。
最後の攻防が始まる。
もう一つの実験室。ルーク、サーシャの戦う元に援軍として現れた雷沢、光崎。
「……おまえらか」
光崎の『閃光』に目を焼かれたところから立ち直ったサーシャもその姿を認める。
そしてすぐに行動を取った。
『交換』で姿を消したのだ。
「雷沢さん……!!」
ルークの警告。というのも、サーシャが姿を現したのは雷沢、光崎の背後だったから。
しかし、その言葉の前に雷沢は振り返っていた。
「予想通りだな……!」
雷沢の手には雷が纏われている。スタンガンと同等の状態。振れれば動きを止められるその攻撃に。
「っ……!」
サーシャは当たる直前でまた『交換』を発動して姿を消す。
次に姿を現したのは、ルークからも雷沢たちからも距離を置いた場所。一旦仕切り直すようだ。
「大丈夫ですか!」
ルークが雷沢のところに向かう。
「ああ、大丈夫だ。……純はどうだ?」
「うん、ちょっとかすっただけ。そのあとすぐにタッくんが追い払ってくれたから」
光崎も無事な様子。
ルークはサーシャの様子を確認する。
「そうか……」
サーシャは持っていた通信機を見ているようで、すぐに襲ってくる様子はない。
「援軍に来てくれたんですね」
「ああ。三ヶ所、どこに向かうべきか迷って……最初は室長室に向かおうとしたんだが、物理的に封鎖されていてな」
「物理的に?」
「ああ。君たちが侵入した際には無かった壁が置かれていた。隔壁なんかではなく、物理的に置かれた壁だ。『電気』で操作出来ないし、どかすだけの力は僕らにはない。それが要所に配置された結果、現在室長室に向かうためには二つの実験室を通り抜けなければならないことになっている」
「壁……『交換』で置いたんですかね?」
「だろうな。それで、もう一つの実験室は李本俊が守っているようでな。どちらに助太刀すべきか悩んで、こちらに来たわけだ」
「分かりました。……正直、助かりました。僕にはやつを倒す手段を思いつけません」
ルークの心は折れる寸前だった。『交換』に、サーシャの頭脳に立ち向かえるビジョンがない。
「倒す手段か、それは僕にもまだ……」
雷沢があごに手を当てて悩んだところで。
「どうして私が背後に出ると分かった?」
サーシャが通信機から顔を上げて話しかけてくる。
「……そういえば僕の警告の前に、雷沢さん振り向いてましたよね?」
「それか。……簡単な話だ。瞬間移動の能力者が姿を消した場合は背後にいる。それがセオリー、鉄板だ」
「「……」」
サーシャとルークが黙る。雷沢の理屈になっていない理屈に納得がいかないようだ。
「タッくん、すごいね~」
光崎だけが素直にほめている。
「そうか……そうだったな。貴様はそういう謎な理屈をふりかざすやつだった」
サーシャは思い出す。
夏祭りの際、彰たちをだまして行動を共にしていた。だが、金髪の美人と言えば敵の幹部か、スパイ。そんな理屈で能力者ギルドの一員という嘘を雷沢に見破られたのだ。
「私の嘘が意図しないタイミングでバレたのは久しぶりだった。そうだな、これは借りがあるとでも言えばいいのか?」
「それはこちらのセリフだ。あのときは『交換』の前に何も出来ず退場したが、今度はそう行かないぞ」
お互いに相手にしてやられた感情が残っている雷沢とサーシャ。
「「…………」」
にらみ合う両者。
そして唐突に雷沢は言った。
「よし、ルーク君。今言った作戦の通りに……!」
「了解です!」
頷くルーク。
「っ……!?」
サーシャは虚を突かれる。
作戦……? いや、こいつらが援軍に来たのは想定外のはず。作戦を立てていたとは思えない。だとしたら今この場で立てた? 『今言った』という言葉からして……しかしそんな素振りは……。
「なるほど……妙な魔力を感じると思ったら、そうか。隠蔽機関の『念話』か」
「その通り」
雷沢とルーク、そして光崎はサーシャと話している間、脳裏では『念話』を介して情報の交換、そこから雷沢が作戦を立案、共有をしていた。
「敵の目の前で作戦を話すほどバカじゃない。わざわざ作戦を立てる時間を作ってくれてありがたいな」
雷沢の挑発。
「……そうか」
それに対してサーシャは通信機にちらりと目を落として。
シュン!
『交換』を発動。
「……っ!」
魔力の反応に雷沢は身構えるが……しかし。
「何も起きない……?」
ルークの言うとおり、サーシャの位置は変わってない。物の位置が変わったようにも見えない。
「これで終わり、と」
意味がないように見えた『交換』を発動したサーシャは持っていた通信機をしまう。
「一体、何と何を交換した?」
「さあな? ……まあ、こう言っておこう。わざわざ使命を実行する時間を作ってくれてありがたい」
「……」
雷沢の言ったセリフが返される。
どういうことだ……?
『交換』が発動して、通信機をしまって、これで終わり、というセリフ。
これで終わり……しまったことも合わせると、通信機の役割が終わったということか? どうして終わったのか? それは『交換』を発動したから。
繋げると、通信機で『交換』を発動しろという命令が出て、サーシャはそれに従ったということか?
そういえばサーシャは僕を襲おうとした後、通信機を取り出して、その後も気にしていた。会話で時間を稼ごうとしたのは向こうも同じだったというわけか。
「……」
だとしても、そんな命令を誰が……いや、考えるまでもない、サーシャが従うのは鹿野田のみだ。
鹿野田は室長室で彰くんと恵梨くんを相手にしているはず。その彼が『交換』を発動させたい状況……。
「悪い予感がするな……」
何らかの企みが二人を襲っている。
助けるためにも……さっさとここを通り抜けなければ。
「さて、これで私の使命は時間稼ぎだけとなった。いくらでも付き合ってやるぞ」
「そうは行きません、さっさとあなたを確保します」
ルークも身構える。
「勝つつもりか。時間稼ぎといっても負けてやるつもりは無いぞ」
「そうか、だったらまた予想外を見せてやろう」
雷沢はそう言って作戦開始の合図を出す。
「純、頼んだ」
「了解~!」
待ってたとばかりに光崎は能力『閃光』を発動。
すると実験室全体がまばゆい光に溢れる。
「くっ……」
手で目を覆うサーシャ。
しかし、さっきと違ってそこまで強い光ではなかったようだ。
サーシャはすぐに視力が回復した目を開き。
「……!?」
驚きのあまり、そのまま見開く。
何故なら、そこにはルークが四人いたからだ。
「『閃光』必殺。光分身~!」
光崎の間延びした声をゴングとして。
「行きますよ!!」
正義と正義のぶつかり合い、第二ラウンドの開始である。




