二百四十二話「決戦12 彰の真実2」
俺と戦闘人形が、風野大吾の遺伝子から作られたクローン人間である。
それが真実だとしてどうなるか。
俺の両親が本当の親ではないことは正しい。それどころか、俺に親はいないことになる。
能力者の能力は遺伝子に宿る。つまり風野大吾と遺伝子が同じ俺は、戦闘人形は能力を使える。顔が同じなのも、遺伝子が同じだから当然。
そして、風野大吾だけでは子供が作れないという前提。それも覆される。
全て辻褄が合ってしまう。
「ああ……」
何より、当事者である鹿野田が肯定したのだ。俺が否定できるわけがない。
「彰さん……」
恵梨は隣の彰を見る。
親が本当の親じゃなかったってだけでもショックでしょう。それに加えて自分がクローン人間、つまり作られた人間だと言われたのだ。
自分という存在があやふやになってしまいそうな情報の連続。
これが……彰さんの戦意を落とすことが、鹿野田の狙い……? だとしたら……いや、そもそも……今の情報が本当だと限ったわけではない。
「そ、そんなの! 真実だって証拠は無いじゃないですか!」
恵梨は、鹿野田が嘘を言っているのだと食ってかかる。
「ふむ……隣の彼は理解しているようですけど。まあ、それではもう一つ真実を明かしてみましょうか」
鹿野田は語る。
「ところでそこの彼、困った性格を持っていたりしてるんじゃないですか?」
「あなたに罵倒される筋合いはありません」
恵梨は彰を悪く言われて不服のようだ。
「まあまあ、そう言わずに、はい。例えばですねえ……どうにも戦いたがり、というか血の気が多かったりとか」
「……それがどうしたってんだ」
彰は鹿野田を恐れていた。
これ以上……何を語るつもりなんだ……?
「そうですね。人間の遺伝子っていうのは、世間では未だに解明されていないことが多いと言われていますが、クローン人間を成功させた私はその構造を完璧とまでは行かなくても、ある程度把握しています、はい。つまり……それをいじることも可能というわけです」
「君と戦闘人形を作った際、その目的は能力を使う人間兵器としてでした。兵器に余計な感情はいらない……とはいえ、完全に人形では扱いづらい場合も生じます。例えば普通の人間として、ターゲットに接近させる場合とかですね」
「ですから私は作ったクローン人間を二体の内一体は完全に感情を無くして、一体は感情を残して育てるよう考えていました」
「しかし、感情を残す方も破壊をためらって貰っては困ります。ですからなるべく破壊衝動を強くするように……遺伝子に細工をしました」
鹿野田が語った内容。
「何だって……!?」
それはさらに彰を絶望に落とす。
つまり、俺が戦いを楽しいと思ってしまうのはこいつのせい……?
彰は首を振って否定する。
いや、俺の考えは俺自身の物だ。
「………………」
でも遺伝子をいじられているんじゃ、生物の根底から書き換えられて、俺の考えが、嗜好が、俺自身のものであることを証明することなんて出来るのか?
頭がくらくらする、吐き気がする。
揺れているのは地面ではない。自身の存在。
崩れ落ちていきそうになったそのとき。
「しっかりしてください!!」
恵梨の声が響いた。
「敵の言葉に惑わされて……そんなの彰さんらしくありませんよ!」
「恵梨……でも」
弱気の彰に恵梨は強く言う。
「でも、じゃありません! あんな言葉、へえそうなんだ、で受け流せばいいんです!」
「失礼ですね、私が語った内容は真実ですよ。科学者生命に誓って」
「だったら、彰さんが守るため、っていう風に力を使うようになったのも、あなたがいじったからなんですか!?」
鹿野田の反論に恵梨は斬り返す。
「それは……違いますねえ」
「確かにあなたに彰さんの遺伝子はいじられたのかもしれない。でも、彰さんはもう自分の足で、考えで歩き出しています!」
「恵梨……」
「まだ自信を持てないなら、私が言います! 証明します! 彰さんは彰さんです!」
彰の手を握って、目をのぞき込むようにして言う。
ガツーンと衝撃を受けたようだった。
「……」
そうだ。何を気にしてるんだ
恵梨に言われるまでもない。ごちゃごちゃ悩む必要もない。
俺は俺に決まっているだろ。
「彰さん……」
「ありがとな、恵梨」
恵梨の頭に手を乗せて撫でる。
「ちょっ……いきなり……」
「そうだな……俺は俺だし、両親と血が繋がってないからってなんだ。俺にはここに血の繋がっていない家族が既にいるんだ、気にする必要なんて無いよな」
目の前の暗雲が晴れたようだ。一気に視界がクリアになる。
「戻ったんですね」
「心配かけたな」
彰は謝って、問題を再整理する。
俺の血の気が多いのは鹿野田のせい……のようだ。
そして中二の時に俺が不良になったのは、由菜がいじめられたのは俺が暴力の魅力にとりつかれたせいだ。血の気が多いせいで、この一年恵梨に、みんなに心配をかけたのも同様。
俺を、俺の周りの環境をめちゃくちゃにしたのはこいつのせい。
そんなの……許せるわけがないだろう?
「覚悟はできてるよな、俺の頭をいじりやがって。その報い受けて貰うぞ?」
「そうやってすぐに暴力に出るのが何よりの証拠なんですけどねえ……?」
彰が剣の切っ先を向けてもビクともしない鹿野田。
「まあいいでしょう。想定の範囲内……というより、そうでなければ実験が始められないですから、はい」
「……?」
実験……どうして今その単語が出てきた?
そうだ、油断だけはしてはいけない。未だ、鹿野田の目的は掴めていないのだから。
「それでは開始しましょうか――戦闘人形」
鹿野田が傍らの戦闘人形を呼ぶ。
それで命令を理解したのか、鹿野田の前に出て――。
「分かった。こいつらを倒せばいいんだな?」
「「え……?」」
彰と恵梨の声が被る。
一瞬誰の発言だったか理解できなかった。
この場にいて言葉を話せるのは彰、恵梨、鹿野田だけだと思っていた。
なのにそれ以外の者の言葉が響いたから。
「……」
どういうつもりなんだ……?
いぶかしむと同時に気持ち悪さも覚える彰。
それもそのはず。
目の前の戦闘人形はメットを外し、自分と同じ顔を晒している。
その彼が。
「おいおい、何呆気にとられてるんだよ?」
――戦闘人形が、自分と同じ声で話している。
彰は同族嫌悪なんて言葉で片づけられる範疇を通り越した感情を味わっていた。




