二百四十話「決戦10 三所激突6」
――前日、作戦会議後の話。
ルークは雷沢に呼び止められて話をしていた。
「サーシャの『交換』について……とのことでしたが、何か分かったんですか?」
「いや分かったのではなくて、推測だがいいか」
「はい。移動にもサポートにも強い『交換』です。推測でもいいので情報があると助かります」
「そうか……なら話そうか」
雷沢とルーク、そして光崎はソファに移動してガッツリ話し合う体勢をとる。
「まず前提としてだが、そもそも僕は『交換』を万能な能力だと思っていない」
雷沢は語る。
「……ですけど、彼女の厄介さの一つ、神出鬼没なのは『交換』のおかげだと思っていますが」
「じゃあ一つ質問だ」
雷沢は会議中メモに使っていたボールペンをルークに示す。
「サーシャは今現在このボールペンと位置を交換をすることが可能か?」
「……」
ルークはその質問に黙って考える。
彰さんの家にあった何の変哲もないボールペン。サーシャだったら現れてもおかしくないと思う反面……無理じゃないかという思いもよぎる。
「……可能じゃないですか?」
結局迷った末に、ルークは肯定。
「そうか、僕は無理だと思っている」
対して雷沢は否定を示した。
「……何か根拠があるんですか?」
ルークはその雷沢の自信を持った発言の理由を聞く。
「今までにサーシャが『交換』を使った経緯を思い出せば、簡単な推理だ」
「簡単……」
「ああ。例えば夏祭りのときの話は聞いているかね?」
「まあ一通りは」
「僕を『交換』で黄龍の拠点から飛ばしたサーシャは、次に火野君と彰君、李本俊との戦闘地点に姿を現した」
「……」
「その際、彼女は黄龍の構成員の一人に、野球ボールを投げさせてそれと『交換』している」
「そういえば……」
そんな記述もあった気がする。
「ならばどうして野球ボールを投げさせた? 戦闘地点は山の中だ、落ち葉だったり枝だったり、何とでも『交換』すればいい話じゃないのか?」
「あ……」
言われてみればそうだ。
「同じことはハロウィンでディールと彰君が対峙した際、ディールに人型の紙を地面に置かして、それと『交換』したことにも言える」
「何とでも『交換』が出来るなら無駄な行動ですね……」
「そういうことだ。この二つの例から考えられる可能性は二つ。まずは誰か協力者がいないと『交換』が発動できないと言う可能性だが……これは別の例から否定できる」
「段々分かってきました。『審議審判』で裏切り者が存在しない、ギルドの内部に『交換』して情報を奪ったこと。そして兵器派が彰さんたちを襲った後に現れたときは、協力者はいなかった。それらから否定できるんですね」
「そう。だから正しいと思われるのは二つ目の可能性……サーシャは事前に『交換』する対象に、何かをする必要がある、ということだ」
「なるほど……」
黄龍の構成員にはその何かをした野球ボールを持たせておいて、通信して投げさせた後に『交換』をした。ディールの方も同様だろう。
「これで先ほどのことも説明できる」
「ギルドにはその何かをした物品を紛れさせることで侵入した。兵器派のときは……」
「あのときは兵器派の作戦をサーシャは見ることが出来た。戦闘地点が分かっていれば、事前に置いておくことが出来るだろう」
「なるほど……」
「そして、どうして黄龍のときは部下にボールを持たせておいたのか? 夏川市一帯のあらゆる場所、とまで行かなくても黄龍の拠点付近だけでも『交換』の対象を仕込んでおけばそうする必要は無かった。同じことはハロウィンでの結上市でも当てはまる。
用意周到のサーシャならやってもおかしくないのにやらなかった。となると出来なかったのではないか? ……つまり、もう一つの仮説が浮かび上がる。『交換』する対象にしておく何かには、数の制限がある」
「ちょ、ちょっと待ってくださいね……」
興が乗ってきたのか、雷沢の長口舌にルークの頭は混乱する。
「えっと……要するに、サーシャは『交換』するためには、事前にその対象に何かをしなければならない。そしてその何かをしておける数には限りがある……ってことですよね?」
「そうだ。そして僕自身が気づかない間に『交換』の対象になっていたことを考えると、その何かは極めて自然かつ簡単な動作なのだろう」
「……」
『交換』を発動するために必要な動作……。
「これ以上は推測しようがない。まあ、もし実際に戦うことになったら生かしてくれ。僕は今回の作戦、研究会拠点の警備システム掌握で忙しいしな」
「分かりました」
そこで話は打ち切られた。
――現在。
ルークとサーシャはお互い距離を取っていた。
「どうした、渋面を作って」
「あなたを倒す算段を立ててただけですよ」
「そうか」
サーシャはルークの挑発も気にしていない。
おそらく、雷沢さんの推測は当たっている。
何とでも『交換』出来ないのは、先ほど背後に出なかったことが証拠。そして極めて自然な動作というのも、この戦いの中ルークに違和感を与えないまま、『交換』を使っていることから確か。
問題はその動作が何か、ということ。
「これでいいか」
サーシャは二本指でつまみ上げたガラクタを投げ、自身もルークに向かってくる。
「くっ……!」
考える時間を与えてはくれなさそうだ。
戦いながら見つけるしかない――!
ルークは目の前の状況に対処する。
サーシャ自身が向かってきているが……それはフェイクだろう。
本命はその前に投げたガラクタ。
つまり、前から向かってくると見せかけて、ガラクタと『交換』して上からの攻撃……!
シュン!!
ルークの読み通り、サーシャは距離を詰めてきた目の前で『交換』を発動。先ほどまでサーシャがいた場所に、ガラクタが落ちる。
「よし……!」
事前に想定していた通り、ルークはガラクタがあったと思われる上空に体を向けるとサーシャの姿を確認。迎撃しようとした次の瞬間。
さらに『交換』を使って、サーシャは姿を消した。
「……!」
攻撃じゃない……! こっちがそう読むことを想定していた……? だとしたら、サーシャはどこに……!?
混乱するルーク。
トリックは簡単だった。
サーシャは投げたガラクタと『交換』した直後、もう一回同じガラクタと『交換』をした。
二回の『交換』がもたらす結果は、元の場所に戻るである。
「こっちだ」
「っ!」
つまり、サーシャの位置は先ほどまで向いていたルーク近くの正面。
上を向いていたルークは動作が追いつかない。
サーシャの攻撃を待つだけとなったその刹那、ルークは諦めに似た思考を悟っていた。
僕は……本当に勝てるのか?
この戦い、サーシャに未だ一度も攻撃を与えられていない。瞬間移動対強化能力という相性の悪さ。それに加えて、今のやりとりで思い知らされる。サーシャはこっちの考えを見切っている。
能力に加えて、頭脳でも負けて、頼みの肉体も『交換』の前では無力。
能力発動の動作を見抜くことも叶わない。
このままずっと手玉に取られ続けることが容易に予測できる。
モーリスとその娘のためにも、自身の正義のためにも倒さないといけない。
それは分かっている。
でもどうしようもなく、その思考はルークを襲う。
気持ちで負けていては勝てる勝負も勝てない。……そんなこと分かっているのに。
「ああ……もう――」
そしてサーシャとルークの距離が0になり。
カッ――!!
次の瞬間、まばゆい閃光が両者の目を焼いた。
「くっ……!?」
「えっ……!」
たまらず目を押さえて攻撃の手を止めるサーシャ。ルークも似たような状況だ。
今のは……僕が何かしたわけではない。けど、サーシャもこの絶好の機会を邪魔された形だ。
つまり――。
「第三者が……?」
ルークのつぶやきに応えるものが二人。
「援軍登場ってわけだ。……ああ、よくやった純」
「ありがとう、タッくん。上手く行ってほっとした~」
実験室の入り口には。
『電気』の雷沢と『閃光』の光崎が立っていた。




