二百三十九話「決戦9 三所激突5」
赤の剣をかいくぐり、緑のナイフの隙間をぬって、李本俊は火野に肉薄する。
「やっぱりきついわね……!」
援護で天井にまで及ぶ空間にナイフを乱射している彩香。
背中に大重量のリュックを背負っていてどうしても動きが鈍るため、彩香自身が剣を握って戦闘に参加するわけには行かなかった。
「くっそ、来るなや!」
火野は近づいてくる李本俊を追い払うように剣を大振り。
「どうした、何か企んでいるように見えたが……まあいい、がら空きだ」
しゃがんで避けた李本俊は隙の出来た火野に対してボディーブロー。それがこの戦いで初めて、手応えのある一撃となった。
「ぐはっ……!」
悶絶する火野。
かなりのダメージだが……狙い通りだった。
火野は飛びそうな意識の中、李本俊の両肩を掴む。
「っ……?」
李本俊は訝しむ。
(俺の動きを止めるためにわざと食らったのかこいつ……?)
狙いはここからの念動力か? ……なら、ここは撃たせてやるべきだ。その未来を見てからでも――そうだ、こいつらは勘違いしてるみたいだが、本当は俺の『未来』が捉えられない攻撃なんてない……!
撃つ未来が見えてからでも、一秒もあれば振り解いて逃げるのは可能――。
「……! くそっ!」
そのとき李本俊は一秒先の未来を見る。
違う! ちっ、やつの狙いは……!
「もう遅いで!」
念動力を撃たせようと隙があるように見せていたため、反応が遅れた。
火野の本当の意図を理解した李本俊は、あわてて掴まれた手を払いのけて逃げようとするが、離れきることは出来ず。
火野、李本俊、両者ともに吹き飛ばされた。
「……風のを仕込んでたか!!」
その現象を起こしたのは、肩を掴んだ直後に身をよじった火野がポケットから落とした緑の塊。
彩香が圧縮金属化で作ったそれを火野は自身の体を囮に、李本俊を一瞬拘束することで爆風に巻き込ませたというわけだった。
火野と李本俊、二人は空中、同じ方向に飛ばされた。位置関係は火野が上で、両者の距離は直前で逃げた分少し離れている。
「この状況は少しマズいか……!」
「そうや、これで俺の勝ちや!」
火野の勝利宣言。
空中で大きく動くことが出来ない李本俊。ここなら、未来が見えたところで逃げることは出来ない……!
同じく空中にいる火野も念動力の制御が難しい場面だったが……。
(絶対に当てる……!)
ようやく回ってきた勝機。ここを逃すわけには行かない。
「食らえ!!」
狙いを定めて撃ったのは念動力改。打撃エネルギーは李本俊に向かっていく。
「……」
李本俊は一秒前からその未来を見ていた。
逃げようのない空中。未来が見えたところで関係ない。
絶望的な一秒が過ぎるのを待つだけ…………。
「――それを待っていたぜ!!」
ではなかった。
火野の狙いを理解した後すぐ、李本俊は空中で器用に動き、上着から右腕を抜いていた。
そして念動力を撃つ未来が見えた瞬間、右手で左袖を掴み引っ張る。
上着は勢いそのまま念動力が飛んでくる方向にはためき、まるで闘牛士が赤い布で猛牛の突進をいなすように、打撃エネルギーを受け流した。
そして両者は着地する。
「……はははははっ!!」
李本俊は高らかに笑った。
「中々やるじゃねえか!! 一瞬肝が冷えたぞ!!」
未来が見える李本俊とて、今の攻防はギリギリだった。そのやりとりに、戦闘狂として興奮しているのだろう。
「……すまん、彩香」
「いいわ、火野は頑張ったわ」
念動力を使った反動で疲労困憊の火野を彩香は労う。
火野の策はいい線を行っていた……だが、李本俊がその上を行った。
……切り札を失ったのは痛いわね。
これで念動力は打ち止めだ。未来が見える能力者に、決定打を失った私たちがこのまま戦うのは無謀……。
あまり気は進まないけど……もう、あれをするしか……。
「おまえら、最高だぜ! さあ、もっと最高の戦いを続けると――」
「その前に、一ついいかしら?」
「……ああ? 何だ?」
彩香の言葉に足を止める李本俊。
水をさされた格好だが、優勢なのを意識してか、李本俊の心には余裕がある。そのため足を止めたのだろう。
「あなた、金稼ぎを至上に掲げる中華マフィア『黄龍』の所属なのよね?」
「……そうだが」
「そういえば自己紹介がまだだったわね……私の名前は風野彩香」
「いきなりどうした……って、風野って言うと……」
何か気づいた様子の李本俊。
「やっぱり経済の方面に詳しいようね。……そう、私はアクイナスの社長風野藤一郎の一人娘よ」
彩香は自身の身分を明かす。
それはつまり李本俊が、黄龍が求める金を大量に持つ人種。
「取引よ。金を払うから、ここから退いてくれないかしら。額は言い値で良いわよ」




