二十三話「昼食2」
彰は話を変えることにした。
「それで、恵梨は学校に慣れたか?」
恵梨に問いかける。
「はい、慣れましたよ」
「そうだよね。転校して一週間、今じゃすっかり斉明高校の生徒だよね」
由菜がうなずく。
「といっても、まだ入学して三週間ほどしか経っていない私たちと同じようなものでしょう」
美佳が別の方向から意見する。
しかし入学から二週間ほどしか経っていないのに、恵梨が転校してきたことに対する違和感には気づかない。
やっぱりラティスの能力で違和感を忘れているのか、と彰は思う。
ちなみに転校してきた日の夜に、ラティスの能力で転校の違和感を忘れさせられているんじゃないか、と恵梨に話をしたところ「そう言われてみれば、そうですね。私気づきませんでした」……どうやら転校の緊張で気づいてなかったようだ。
「それにしても、ここは大きな学校なんですね」
「そうか?」
「はい。私が一週間ほど行っていた学校はそれほど大きくありませんでしたよ」
恵梨が屈託無い表情をしている。
入学式はどこの学校も大体一緒のころだ。
二週間経ったころに転校してきた恵梨が、何故前の学校に一週間しかいないのか、と考えた彰は思い出した。
恵梨が一週間ほど逃亡生活をしていたことに。
当然その間は学校に行っていないのだから、恵梨が前の学校にいたのは一週間だ。
連鎖して科学技術研究会のことが思い出される。思い出すだけで胸糞の悪くなるその組織は、昼食時の教室で考えることでもないと頭から締め出す。
「そうなの? 恵梨が以前いた学校ってどんなとこ?」
彰が会話に意識を戻すと、由菜が恵梨に前の学校について聞いているところだった。
「片田舎の市立校ですよ。人も少なかったです」
「確かに、田舎の学校なんかよりもこの学校は人数が多いでしょうね」
「この辺で私立校と言ったらここだけだしな。最近では公立校を避けようとする親もいるらしいから、ある程度は人が集まったんだろ」
美佳と仁司が各々補足する。
彰たちの通う、斉明高校は私立校だ。
この結上市にできて、何十年かは経つ伝統のある学校らしい。
私立校ゆえ当然、公立校より学費は高い。
一週間前、恵梨の学費のことを考えていなかった彰はそのことに思い当たり、そこまで多くは無い生活費でどうすればいいのかと頭を抱えた。
しかし、後日家に入学関係の書類が届けられた。その書類によると、恵梨の学費は払われたことになっている。……ラティスが記憶を使って払っていないことすら忘れさせたのだろう。つくづく、悪いことのできる便利な能力である。
斉明高校には毎年百人ほど入学する。斉明高校通っていた親や、公立校は環境が悪いと思っている親などの子供がよく入学する。
恵梨を除いた四人が入学した理由は、仁司は親が斉明高校で親に薦められたから。美佳は自分の学力にあっていたから。彰は単純に家から近いという理由で、それは隣の家の由菜も同様だ。
由菜、美佳、恵梨が学校生活について話し始めた。
「今日の世界史の授業はつらかったねー」
「ですけど、世界史って覚えることがたくさんありますよね」
「でも、あのおじさん先生の話は念仏のようだからね」
「そういえば、恵梨は部活入らないの? 私はテニス部だよ」
「とりあえず今はまだ生活が落ち着かないので、入ることは考えてませんね。……美佳さんは部活に入っているんですか?」
「私? 私は写真部に入っているわよ」
女子三人で盛り上がるのを彰は聞いていると、横から肩を叩かれる。
「どうした、仁司?」
肩を叩いたのは仁司だ。
「そういえば、話が流れていたが。……おまえ、恵梨さんと一緒に暮らしているんだろ?」
「…………何だ? また復讐か? これ以上攻撃するなら嫉妬にまみれたおまえらの行動を女子にばらす、と言ったはずだが」
彰が今日も生きているのは、クラスの男子生徒にそう脅しをかけているからだ。復讐はしたいが、それで自分たちの評判が落ちれば彼女を作ることなど夢のまた夢となるので、男子たちは泣く泣く復讐を諦めた。そうでなければ、男子高校生の恨みに彰は今日もぼろぼろになっていただろう。
また、彰と恵梨が同居しているのは転校翌日にクラスの女子にも知られることとなったが、恵梨が「事情があるんです」と言うと、男子も女子もその話題には触れないようにしてくれた。そのときは、男子は「彰が恨めしい」という目を、女子は「真面目そうな彰さんとならまあ大丈夫でしょう」という目をされた。
なので、今ここでその話を仁司が掘り返す意図が分からなかった。
「復讐じゃない。……少し、気になることがあってな」
「……何だ?」
仁司が何故か声を低く、小さくする。シリアスな雰囲気を感じた彰も声を落とす。
「……まぁ、ぶっちゃけると、
おまえ、恵梨さんをもう襲ったのか?」
「…………はぁ(ゴスッ!)」
「ぐっ! ……この、いきなり殴るなよ!」
「ため息も出るし、殴りたくもなるだろ。珍しくおまえが真面目な話をするかと思って真剣に聞こうと思ったら、このざまなんだから」
「真面目な話だろ!」
「どこがだ!?」
ひそひそ話から一転、怒鳴り声の応酬となる。
そう声を張り上げれば、今まで気づいてなかった女子三人にも気づかれる。
「どうしましたか?」
「またけんか?」
「ホント、同じこと繰り返すなんてバカなの?」
恵梨は首をかしげて、由菜は呆れて、美佳は罵倒する。
「仁司の奴がバカを言うから」
「真面目な話だって言っているだろ!」
「何の話なんですか?」
恵梨が訊ねてくるが、まさか自分が襲われたのかという話を本人にするわけにはいかない。
「おーそれはな――」
「黙れ(ゴスッ!)」
なのに本人に話をしようとするバカの頭を殴っておく。
「また殴ったな!?」
「本人にする話じゃないだろ!」
「いや、事の真偽を確かめるには本人に聞かないといけないだろ!」
「分かった。もうおまえは話すな(ゴスッ!)」
「また!? また殴ったな!? ……もういい、我慢深い俺もそろそろキレるぞ」
「我慢深いやつが三回殴られたぐらいで怒るか? ……と言いたいところだが、そのケンカ買ってやろうじゃないか」
「おう。始めようじゃないか。今までの恨み、果たさせてもらうぞ」
仁司が立ち上がりこぶしを握る。
同様に、彰も立ち上がりこぶしを鳴らす。
昼休みの教室で最も不毛なケンカが始まろうとしていた。
しかし、
「「やめなさい」」
トン! 由菜と美佳が、彰と仁司を後ろから小突く。
「ここは昼休みの教室でしょうが」
「そうよ。ケンカしたいなら、放課後学校の外でやりなさい」
二人ともピシャリと言い放つ。
実際このままケンカしたら教室の周りの生徒に迷惑をかけるだろう。
しかし、仁司と彰も出した拳は引けない。
「俺にやられっぱなしでいろっていうのか!?」
「男には引けない時があるんだ!」
そのセリフに、こいつら馬鹿だわという感想を隠さずに表情に出す美佳。
「全く…………。いいかしら? 人さまの迷惑を考えずにこのままケンカするって言うんなら、私の情報網を使ってある噂を流すわよ」
「「どんな噂か?」」
「あんたら二人ができてる、っていう噂」
「「冗談じゃない!! やめてくれ!!」」
二人がシンクロして叫ぶ。
そんな噂が本当に流れたら、男子には怯えられ、大多数の女子には引かれ、一部の女子には興味を待たれと散々だ。
「あらー、息ピッタリじゃない。ますます、疑惑に信憑性が出てありがたいわ」
「「すいませんでした!!」」
「また、息ピッタリ。本当に仲がいいのね」
「あわせるなよ、仁司!」
「こっちのセリフだ、彰!」
言い合う二人は本当に仲が良さそうに見えた。(一年二組、とある腐女子談)
「もうケンカしないよね?」
そこに由菜が聞くと、
「そうさせてもらいます!」
「俺が悪うございました!」
二人が土下座しそうな勢いで謝る。
「分かればよろしい」
「最初から自分の立場をわきまえておくことね」
由菜と美佳がもの凄く上から目線で許す。
「えーと……?」
恵梨はそれを見て、この四人の中での力関係を知った。




