二百二十九話「決行前日1」
十章開幕!
高野彰は能力者である。
一年前の四月、水の錬金術者の水谷恵梨を助けてから、能力者の騒動に巻き込まれる日々を送っていた。
そして、現在。
因縁の科学技術研究会との決着を付けるために行われる能力者ギルドとの合同作戦『研究会の本拠地の侵入』。
その実行は明日に控えて――。
「元気だった~?」
「……(ペコリ)」
「よろしくお願いしますね!」
ラティス、リエラ、ハミル。異能力者隠蔽機関の三人と。
「久しぶりですね、彰さん」
能力者ギルドからルークが一人。
「ははっ……何かいいな、この雰囲気」
「もう、タッくん。落ち着いてね」
彰が協力を頼んだ雷沢、光崎の二人。
「よし、全員集まったな。それじゃ明日の作戦の確認をするぞ」
作戦の実行メンバー、その総員が彰家に集まっていた。
リビングには六人に加えて、彰、恵梨、彩香、火野の四人、計十人が机を囲んでいる。
「話の前に……まずはルーク、おまえ自己紹介をしといたほうがいいんじゃねえか?」
「そうですね……皆さん、お知り合いのようですし」
ルークはイスを引いて立ち上がる。
「能力者ギルド所属、執行官のルークです。今回の作戦ではギルド側代表として参加します」
「あなたがルークさんですか……文化祭の時は彰さんがお世話になりました」
恵梨がお礼を言う。
「いえ、こちらの方こそお世話になったくらいで」
「礼の言い合いは後にしておけ。隠蔽機関も忙しいみたいだからな」
「ごめんね~」
活動範囲が全世界の隠蔽機関は24時間営業である。
「話を進めるぞ。来たるべき明日、俺たちは科学技術研究会能力研究派の本拠地に侵入する。その場所は知っていると思うがここだ」
彰は机の上に広げた地図を指す。
「山の中……ですよね」
「ああ。道路さえ通ってない山の中。そこに能力研究派の本拠地はある」
「交通手段がほぼ無い不便なところですが……まあ、サーシャの能力を考えればそんなこと関係ないんでしょうね」
『交換』はサーシャが持つ瞬間移動の能力だ。
「不便さがクリアできる以上、間違っても侵入されないように陸の孤島を選んだっていう訳だろう」
「人に見られたらやばい研究を取り扱っていますからね」
となれば、侵入手段は山を登るか、空から行くか……もしくはこちらも瞬間移動に頼るしかない。
「目的地までは私の『空間跳躍』であなたたちを送ります」
隠蔽機関のリエラが口を挟む。
「業務があるのでサポートしか出来ませんが……それでも精一杯やらせてもらいますね!」
ハミルの言う通り、向かうのは隠蔽機関を除いた七人だ。
「はい。それでお願いします」
「着いたら今度は僕の番だな。警備システムは『電気』でダウンさせておこう」
彰が雷沢に協力を頼んだのも、それが理由だった。ギルドから貰った本拠地の見取り図によるとかなり頑丈な警備を敷いている。とはいえばれているのだから全部回避しようとすれば出来るが、時間がかかる。ならば、用心のため無効化しようと思って雷沢に頼んだのだ。
「その間は私がタッくんを守るね」
雷沢に協力を頼んだ時、一緒に光崎も参加させていいかを聞かれた。どうやら彼女の能力『閃光』で自分の護衛を頼むらしい。システムに侵入している際には自信が無防備になるからだとか。光を操る能力とだけで具体的にはどの程度の力を持っているかは分からないが、雷沢が言うのなら十分なのだろう。彰はOKを出していた。
「それで残った五人で本拠地内に侵入。この際目標は一番奥の室長室、目的は研究成果の奪取と研究機関の破壊だ」
研究成果の奪取はギルドの作戦に最初から記されていたが、研究機関の破壊はその後追加された目的だ。これを提案したのは恵梨で「もう私みたいな人が生まれるのはこりごりですから」ということらしい。その提案はギルドにも認められた。
「研究会のメンバー、鹿野田とサーシャは今日の内から論文発表会に出ている。障害無く作戦は遂行できるだろう……っていうのがギルドの見方なんだな」
「そうですね。随分と甘い見立てです」
ルークはため息をつく。
サーシャが罠を仕掛けている可能性は全員が理解している。ルークが伝えた依頼仲介に関する疑問も、さらにその可能性を深めていた。
「どんな罠が仕掛けられているか……それはかかってからじゃないと分からないだろう。アドリブで対処していかないといけないことは留意しておいてくれ」
「……それくらいですかね」
段取りの確認が終わる。彰は気になっていたことを質問した。
「そういえばルーク、ギルドに追加人員を要求する話はどうなったんだ?」
備えはあればあるだけいい、と彰はルークを通じて話を付けていた。
「ああ、それがですけど、数日前能力者によるテロがありまして、その警備のために人員が引き裂かれて……結局僕のチームだけという形になりました。彰さんたち協力者と異能力者隠蔽機関も加われば大丈夫だろうという判断もあったみたいです」
「欧州系の組織がアメリカ内で衝突したんだったよね~? 本当に運が悪いよね~」
隠蔽機関の長として、当然ラティスも知るところにあるらしい。
「運……なのか……?」
「何か気になるんですか、彰さん」
「……いや、何でもない」
漏れたつぶやきが恵梨の耳に入ったのか心配される。
考えすぎだとは思うけど……このタイミングでサーシャが動いて人員が裂けないようにした、っていう可能性が……いや、どうなんだろうか。
「……そういえばチームって言ったけど、残り二人はどうしたんだ? 確か『過去視』と『演算予測』の二人がいたはずだろ」
「サマンダとミラは鹿野田とサーシャの監視についています。逐一報告を聞いていますけど、あちらの動きに不審な点は無いようですよ」
二人とも論文発表会の会場に入っているとのこと。作戦中もずっと監視を続けるようだ。
「……やつらに不審な動きが無かろうと、警戒するに越したことは無い。動けば対処できるし、動かなければそれはそれで目標達成すればあいつらに大打撃を与えられる」
彰は全員の顔を見回す。
「そういうわけで作戦の確認を終わる。明日は頑張るぞ!」
「「応っ!!」」
頼もしい仲間たちの声が返ってきた。
「あ、そうだ。火野……と、そうだな彩香もちょっと来てくれ。明日のことについて伝えときたいことがある」
話が終わり隠蔽機関は仕事に戻ったが、彰は二人を呼ぶ。
「ん、どうしたんや?」
「確認で伝え漏らしたことでもあるの? みんな呼びましょうか?」
「いや、二人だけでいい。……ちょっと考えられる可能性の一つに対策を打っておきたくてな」
「対策?」
「なら、尚更みんな読んだ方が……?」
「これは風の錬金術者と炎の錬金術者の連携が必要なんだ。他の能力じゃ代用が効かない」
「……なら俺たちだけやな」
「そういうことね」
「分かってくれて助かる。じゃあ話すぞ――」
「ルーク君……だったかな?」
「あ、ルークで大丈夫ですよ」
雷沢はルークに話しかける。傍らには光崎もいる。
「少し話をしてもいいだろうか」
「いいですけど……明日の作戦についてですか?」
「ああ。他のみんなには前もって伝えたんだが、君にはまだ言っていないことがあってな」
「……何ですか、それは?」
「今回の作戦で立ちふさがると思われる能力者……サーシャの能力『交換』について、だ」
「詳しく聞かせてください」
仇敵の情報にかぶりつき気味に答えるルーク。
「……何か、私だけ置いてきぼりですね」
彰と雷沢がそれぞれ呼んで話をしている中から漏れた恵梨。
わざわざ情報の共有をしない理由は……おそらく私に関係ない話か、既に聞いた話なんでしょう。
そんなことよりも。
「明日……ですね」
この日をとても待ち望んでいた。
ようやくやってくるのだ。両親の敵を討つチャンスが。
鹿野田が手の届く距離まで見えてきて、それなのにこの三か月ほどずっとずっと待たされて……もう少し待たされていたら気が狂っていたかもしれない。
でもあと一日ですか……待ちきれない待ちきれない待ちきれない待ちきれない。
「ああ駄目ですよ……こんなのでは」
どうしても気が急いてしまう。……そうですね、今日は早く寝ましょう。どうせ何も手に付かないでしょうから……。
「ふふふふふふふっ……」
まるで遠足の前日みたいにという表現が当てはまる恵梨は、どこか狂っていると言わざるを得なかった。




