二百十八話「大晦日、大掃除2」
大晦日の大掃除が終わり、アルバムを発見した彰と恵梨はリビングでそれを開いている。
「うわあ可愛い! 目元とか結構今とも似ていますね!」
「……うっせ」
アルバム一ページ目。高野彰幼少期、幼稚園の入園式の写真を見ての恵梨の感想である。
「何ていうのか純朴そうな子供ですね!」
「今が捻くれているとでも言うのか?」
「隣で手繋いでいるのが由菜さんですか? こっちも可愛いです!!」
「へーはいはい」
今の恵梨に何を言っても聞いていないだろう。どうしてこうもテンションが高いのか。
その後幼稚園の行事×3年分、卒園式、小学校の入学式、小学校の行事と続いていく。
「これはかけっこで一位を取った瞬間の写真ですか?」
「二年の時だったかな。二位の浅沼とはデッドヒートだったなあ……。あいつ今どこで何してんだろ?」
「こちらは?」
「図工で作った作品が賞をもらったんだっけ。後にも先にもこういうのもらったのはこの時だけだな」
「合唱コンクールでしょうか。……あ、彰さんここですね!」
「見つけるの早いな」
最初は冷めていた彰もページをめくる度に昔の記憶が思い出されてのめりこむ。
そして中学の卒業式を持ってアルバムは締めくくられていた。
「高校からの写真は無いんですね」
「まあ両親ともに出張に出たからな。今じゃその言い分も怪しいものだが」
研究会に所属していたことが明らかとなった後、彰の親に対する態度は少し厳しいものがある。
「……それで」
アルバムを閉じる彰。
「無かったですね彰さんが能力者である理由。いやー残念です!」
全然残念そうでない恵梨。アルバムを見た興奮がまだ抜けきっていないのか。
「さすがに覚えていたか」
どうにも楽しんでいるだけにしか見えなかった恵梨だが、見るところは見ていた……ようだ。たぶん。
「ほんとどうして人のアルバム見るだけでテンション上がるのか謎だよ」
「えー、何言ってるんですか彰さん。家族のことを何でも知りたいって思うのは当たり前ですよ」
さも当然と答える恵梨。
「そんなものか……」
「そんなものです」
手をグーにして恵梨は頷く。
「だったら……その内俺も恵梨のアルバムを見せて――」
「あ、それは無理です」
「何でだよ!!」
「だって恥ずかしいじゃないですか」
「俺だって恥ずかしかったんだぞ!??」
「男と女じゃ違うんです」
どこが違うというのだろうか。
しかし、こういうときに許すのも男の甲斐性だと最近読んだ小説に書いてあったので黙ることにする。
「ところで、アルバムってもう一冊ないんですか?」
彰が精神を落ち着けている間に、恵梨はもうさっきまでの話題が終わったと判断したのか質問してくる。
「へ? そんなの無いぞ?」
「……隠しているんですか、彰さん。怪しいですね」
「隠しているも何も本当にこの一冊だけで」
「必死ですね。もう一冊はよほど面白い写真があるんですか?」
「いやいや。マジだって。……ていうかどうしてもう一冊あるって思ったんだ?」
どうにも恵梨の追及がしつこい。何らかの確信を持っているようだ。
「だってこのアルバムには赤ちゃんの頃の彰さんの写真が無いじゃないですか」
「………………」
「このアルバムには幼稚園から先だけの写真しかありません。これだけこまめに写真を撮っていて、赤ちゃんの頃の写真が無いなんて言わせないですよ」
恵梨の言い分は至極考えられるものだった。むしろ今まで彰が気づかなかったのがおかしいくらいに。
「…………」
「って、彰さん。どうしたんですか? 顔が怖いですよ」
「……俺がここに引っ越してきたのは幼稚園に入る少し前だったらしいんだ」
「? それがどうしたんですか?」
「けど、俺はその引っ越す前どこにいたのか聞かされたことが無い。……今までそのことについて特に気にしてなかったけど、両親は話さなかったんじゃなくて、話せなかったんじゃないか」
「それってもしかして……」
そうだその可能性が高い。
赤ちゃんの頃の写真が無いのは写真が撮れなかったから。考えられる理由は両親と俺がまだ会っていなかった――つまりどこかのタイミングで引き取られたのか。もしくは両親か俺が写真を撮れる環境に無かったから――科学技術研究会なんてものと関わっているんだ、そんな可能性もあるだろう。
いずれにしろ――。
「俺が赤ちゃんだったころの環境が、能力者である理由と繋がっている可能性は高そうだ」
そこまでは分かったがこれ以上考える材料も無い。この問題は一旦保留にすると二人は決めた。
そして時は過ぎ午後11時30分。もうすぐ大晦日、今年も終わる時間だ。
「そば持ってきたぞ。カップ麺だけど」
「十分ですよ」
先日から出したコタツに入ってテレビを見ている恵梨。彰も今日ばかりは自分の部屋に籠らないで一緒に大晦日恒例の歌番組を見ていた。
「にしても分からない曲ばかりだったな」
「彰さんはもっと流行りとかに興味を持つべきですよ」
普段テレビを見る習慣の無い彰は初めて聞く曲ばかりだった。
時計の長針が9を指す。歌番組の放送が終わった。
「どこか分からんけど寺が映ってるな」
「これを見るとああもう今年も終わるんだなって感じになりますよね」
チャンネルを変える気にもならず、そばをすすりながらだらだらする二人。
そして時計の長針と短針が12のところで重なる。
「……お、明けたみたいだな」
「え? ……本当ですね。画面右上にでも時計表示してくれれば分かりやすいんですが」
特に感慨も無いまま年を越す二人。
間髪置かずに恵梨の携帯がメールの着信を知らせる。
「そういえばあけおめメールを送るって約束してたんでした!!」
あわてて携帯を取る恵梨。
「十二時付近はあまりメールを送るなって注意されてたはずなんだがな……」
確か通信回線がパンクするとかどうとか言っていた気がする。
「けど、仁志辺り構わず送ってきそうだし……俺も携帯取りに……あ、そうだ」
自分の部屋に向かう直前、彰は思い出したように恵梨の方を向く。
「あけましておめでとう。今年もよろしく頼むぞ、恵梨」
「……こちらこそよろしくお願いします、彰さん」
一旦携帯の画面から顔を上げて返す恵梨。
二人が出会ってから初めての年越しはそのように過ぎて行った。




