二百十六話「第二回乙女会議」
「本当にごめんなさい」
「不義理だったわ」
「いいのよ。事情があったのは分かるから」
深々と頭を下げる恵梨と彩香にもういいと手を振る由菜。
二人は能力に関連することを隠していたことで、由菜に改めて謝罪しているところだった。
「ですけど……」
「私だって彰との過去を隠してたんだから条件は同じ。今はどっちも打ち明け合ったんだから対等。それでいいでしょ」
質が違う秘密を一緒くたにして考える由菜は今回の騒動があった前、いつも通りに戻っている。
「そういうことなら……分かりました」
恵梨は由菜が無理をしているように見えなかったし、許されたくないわけじゃなかったからありがたくその言葉に乗ることにした。
第二回乙女会議は由菜の部屋にて行われていた。
開催理由は恵梨と彩香が改めて由菜に謝罪するため。彰との対立の影でなあなあに許されていたことを良しとしない二人がその機会を作るためだった。
出席者は恵梨と彩香と由菜。前回参加していた美佳は話の内容がために今日は呼ばれていない。
会議と銘打っている割にゆるいのはファミレスで開催された前回と同様で、囲んで座っている机の上には持ち寄ったお菓子や飲み物が置かれている。
早々に議題を消化したため、ただの雑談へと移行していることもゆるさに拍車をかけている。
「それで能力だっけ? 彰にも見せてもらったけど、恵梨と彩香さんも使えるんでしょ」
「はい。私のは水の錬金術なので、彰さんとは厳密に言うと違いますね」
「私は風の錬金術。彰と一緒ね」
「水の錬金術? どんな感じに違うの? ねえ、使ってみてよ」
「いいですよ」
恵梨は飲んでいたお茶に対して能力を行使。コップから中身が離れて宙に浮く。
「わっ!? 何、これ! 彰のと全く違うじゃない!!」
「同じ錬金術でも恵梨のは名前の通り水に対して効果を発揮するから、風に対して効果を発揮する私や彰のとは違うわよ」
「ねえこれ、触ってもいい?」
「いいですよ。今そっちに移動させますね」
「動いた!? え、これ自由に動かせるの!?」
彩香の解説も耳に入っていないくらいにはしゃいでいる由菜。恵梨もそれを見て苦笑いだ。
金属化、解除、一通り見せた後でお茶はコップの中に戻った。
「いやーほんとすごいね。こんな力だもん、私に話せなかったのも納得が行くって」
この目で見なければ信じられなかっただろうし、と由菜。
「こんな力があることが公になれば恐怖されるか、排斥されるか……まあいずれにしてもいいことにならないのは確かだわ」
「由菜さんみたいに興味を持つだけで終わってくれる方は珍しいと思いますよ。錬金術はいつでも武器を作れる能力だとも見れますから。武器を持った人間が近くにいて安心できる人間というのもそうそういるものじゃないですよ」
「それもそうか。……でも恵梨や彩香さんが私に悪いことをしないって信じているから大丈夫だよ」
「……」
「由菜さん……それは言ってて恥ずかしくなりませんか?」
「え、何で?」
どうにも過剰に信頼が寄せられているようで背中がむず痒くなる彩香と恵梨。
「それにしても……私もそんな能力持ってれば良かったのになあ」
「ちょっと由菜。それは不謹慎よ」
由菜がふと漏らしてしまった台詞に、彩香が咎めるように口を挟む。
「いいですよ、彩香。私はもう気にしてませんから」
「あ……そっか。恵梨の両親は……」
恵梨がかぶりを振ったところで、由菜も何が悪かったのか悟った。
一度は恵梨の両親が事故で死んだという嘘の説明をされた由菜だが、今はもう恵梨の両親は能力者だからという理由で科学技術研究会に殺されたと知っている。
能力を持ってさえいなければそんなことにならなかったのでは、と考えてしまう恵梨の前で、能力を持ってたらなあという由菜の台詞は少々まずい。
「でも……恵梨には悪いけど、私は自分に能力があったらなあって思うよ」
それを分かった上で由菜は言葉を続ける。
「だって聞けば彰は四月からこっち大変な目にたくさんあっているのに……私じゃどうすることも出来ないんだもの。恵梨や彩香さんみたいに一緒に戦うことも出来ない。
好きな人が苦しんでいるのに力になれないのは辛いよ。だから――」
今一度少女は目の前の恋敵に宣戦布告する。
「私は彰の支えになる。一番近くで彰のことを理解して、少しでも彰の精神的負担を減らしてみせる」
由菜の思いの丈を正面から受け止めて、恵梨が口を開く。
「そうですか……先に言っておきますけど私はもう能力が無ければなんて思っていません。
この力が無ければ彰さんと会うことも無かったでしょうし……それに意味の無い仮定したところで時間が戻るわけでも無いですから」
うじうじ悩んだままではいつか後悔する。戦闘人形との再戦で恵梨が学んだ教訓だ。
「私は研究会に追われているところを彰さんに助けられました。その後も何回も同じようなことがあって……返さないといけない恩は積もりに積もっています。だからそれを返すために私は彰さんを助けられるようになりたい。……でも、力の及ばない私はこれからも彰さんに迷惑をかけるのでしょう」
恵梨は親友の宣言に真っ向から対立する。
「だから一方的でなく助け合う関係。私が彰さんと目指す関係は……家族の形はそれです」
恵梨、由菜と来て残るは彩香。
「私は彰に救われた」
GWの能力者会談。あの場で彰と試合をしていなければ、彩香は今も過去に囚われていただろう。
「だから次は私の番。彰がどうしようもない事態にあった時に今度は私が救いたい。当然救うという行動は強者が弱者に対して行うもの。だから――」
幼なじみに同居。二人に出遅れている自覚はあるものの、彩香だって負けるつもりは無い。
「彰よりももっと上を目指す。そして彰を迎えに行く」
傍に、対等に、上に。
三人が目指す関係はそれぞれ違う。
それでも彰は一人。全員の願いが同時に叶うことは無い。
「………………」
「………………」
「…………って、何言ってるのかしら私」
一番初めに戻ってきたのは彩香だった。
「……そうよ。何からしくない話になったわね」
「って、由菜さんが最初に始めたんじゃないですか」
「その通りだわ」
真面目ムードが一気に四散する。
「流れっていうやつよ、流れ。……あっ、そういえばだけど美佳にその能力の話はしないの?」
「そうですね……。美佳さん全部分かっている雰囲気で、話さなくてもいいって言ってくれたんですけど……」
「……彰が文化祭、夏祭りと頼ることが多かったところから察したのかもね。無駄に危険に巻き込むわけにも行かないし、納得しているなら甘えた方がいいと思うわ」
「あー、美佳なら全部知っててもおかしくないかも。今日の乙女会議も何故か知ってたし」
「……誰か情報漏らしましたか?」
「私は違うわ。……本当どこに情報源があるのかしら。ある意味能力者以上に常識離れしているわね」
「まあそれは中学から付き合ってた私も思うけど。そうそう、常識離れって言えば畑谷先生が日本の秘密結社の一員だって本当!?」
「秘密結社……科学技術研究会のことですか?」
「事実だけど、正確には『だった』だわ」
「あのいつも熱血の先生が裏でそんなことをねえ……信じられないわ」
争うべきライバルとの緩い交流。
ぬるま湯だと人には言われるだろう。
いつか外の寒さにさらされる時が来ると分かっているが、それでも今一時はその心地よさに浸っていたい。三人の気持ちは一致していた。
<八章 クリスマス、明かされる過去 完>
いつも通りの次回予告。
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大晦日、お正月、バレンタイン。
イベント尽くしの年末年始がやってきた。
つかの間の休息はある情報がもたらされたことにより動き出す。
「能力研究派の本拠地……ようやくか」
ギルドが掴んだ情報と共にルークが来日。
科学技術研究会との決戦が迫る。
1st season『科学技術研究会』四章目、第九章『年末年始、決戦準備』開幕。
「さて、迎え撃つ準備も万端だ」
敵方に油断無し。
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というわけで八章終わりました。
彰の過去編が大部分を占めていた今回。二章あたりからずっと影をちらつかせていた問題にようやくケリがつきました。
全編シリアスだった反動か、九章はコメディ多めにする予定です。
感想もらえると嬉しいです。雷田矛平でした。




