二百十三話「ルークVSカテチナ 妨害」
仲介屋カテチナを確保したルーク。
地面に抑え込み、後ろ手で取り押さえてなお、油断はしていなかった。
おかしい……この程度の能力者がギルド相手にずっと捕まってこなかったのだろうか?
「いや、そんなはずない……」
エリートと言われている自分だが、ギルドには当然もっと上の実力を持つ者がゴロゴロいる。それなのに今まで捕まえられなかったということは……もしかしてこの状況からどうにかする方法があるのか?
「ルーク」
「何ですか、ミラ」
「未だ対象の考えが読めません」
「……そうですか」
そのとき入ったミラの通信がルークの考えを確信に変える。
考えを読ませないのは諦めたわけではないことを悟らさせないためだろう。
しかしこの体勢、大人と子供故に体格差があるとはいえ『二倍』の強化はそれを補って余りある。崩されることは無いはずだ。
次に能力『音』を使っての攻撃。こちらも大丈夫だろう。囮が引っかかったような状況にならないように、『聴力二倍』をかけている。先ほどの破裂音程度は耐えれる自信があった。
カテチナだけではどうにも出来ないなら、外部からの干渉はどうか? ……しかし、彼はソロで動いている仲介屋。こちらの訪問も突発事態だっただろうし、誰かに頼る時間は無かったはず。
可能性を潰していって残ったものは無し。
「どうしたんだい? このままギルドに連行するんじゃないのか?」
カテチナも特に抵抗せずにいる。
考えすぎ……いやそんなはずはない。
しかしこのままでは何も進まないのも明らかだ。さっさと手錠を取り出して拘束しようとしたその時。
「そこの二人! 何をしている!!」
咎める者特有の対象を射竦める声。
ルークが振り返るとそこには二人の警察官がいた。
「どうしたんですか?」
ルークは似たような職種柄かその声にビビったりはしない。平然と返事をする。
「さっきこの辺りから発砲音がした! あんたらのどちらかが撃ったんじゃないだろうな!?」
「発砲音? ……そういえば」
おそらく警察官が言っているのは先ほどカテチナが囮に対して使った『音』の破裂音だろう。
日本では破裂音がしてもどこかで馬鹿な奴が爆竹でも爆発させたのか、くらいにしか思われないが、銃社会のアメリカでは破裂音と言えばまず発砲を連想する。
かなりの音量だったため近くの交番にでも勤めていたこの二人が聞きつけたと、まあそういうところだろう。
「……ああ、それはですね」
警官といえど一般人。『音』のことをどうにか誤魔化しながら説明しようと口を開いたルーク。
に先じて。
「た、助けてください!! この人に銃で脅されているんです!」
カテチナが取り押さえられた状態のまま警官に訴えた。
カテチナが言っていることはデタラメだ。まずルークは銃で脅したわけでなく力で取り押さえているわけだし、そもそもこんなことされて当然の犯罪者。苦し紛れで警官に頼ったのだろう。
「何だと?」
そして警官の方も発砲があったんじゃないかと気が立っている。
このままカテチナの言葉を信じられたら面倒だと、
『何言ってるんですか!?』
慌ててルークは弁解しようとしたが、
「余計なことを言うな!!」
ルークの口から出てきたのはそんな言葉だった。
まるでカテチナの言っている事が本当で、自分が慌てて口を封じようとしているように警官の目には映っただろう。
…………え?
ルークは自分の口を手で押さえる。
意図と反したことを口走った。自分の体が自分の物ではないみたいな感覚。これは一体……。
「……!」
常識的にはあり得ない事態。それに気づけば後の理解は早かった。
『能力という常識を越える力が振るわれる世界で、常識的に物事を考えたらいけない』
上司からの受け売り。つまりこの事態は能力者が引き起こしたことで……。
「残念。引っかかったみたいだね」
取り押さえていたカテチナのしたり顔を意識すると同時に。
「その男を取り押さえよ!!」
警官の方が動き出した。
「……何が起きたんだ?」
サマンダは頭を悩ませる。
ルークが警察に取り押さえられた。それは理解している。だが、この状況に至った経緯が通信機からの限られた情報では分からない。
「どうやら『音』の仕業みたいですね」
「『音』……?」
しかし、ミラは把握しているようだ。
「はい。ルークが警官に対して弁解しようとした瞬間にその音声を遮断。代わりに自分に都合がいい音声を合成して発生させたということのようです」
遮断された音声は『何を言ってるんですか!?』で発生された音声は『余計なことを言うな!』。
それを同時に行うことであたかもルークが自分の口で話したかのように見せたのだ。
「タイミングもまた絶妙でした。ルークはデタラメを言われて驚きながらカテチナを見た。その動作とマズいことを言われて悪態を付く動作は似ています」
「……結果、警官はカテチナの言うことを信じてしまったというわけか」
サマンダも納得する。
「それにしても起点の利いたやつだな、カテチナは。偶然あらわれた警官を利用するなんて」
「……いえ、もしかしたらこの事態も彼の想定通りだったのかもしれません」
「?」
「破裂音でルークの動きを止められれば良し。もし対応されたならそれを聞きつけてやって来た警官を騙してルークの動きを封じる。二段構えの策だったのでしょう」
「……そう考える根拠は?」
「破裂音を聞きつけて警官がやって来たということは、近くに交番なりあったということです。……普通逃走中の犯罪者がそういう場所に近づいていくでしょうか?」
「なるほどな」
相変わらずミラの頭の回転は速い。サマンダは全面的に同意する。
「……ミラ、サマンダ。繋がってますか?」
「大丈夫」
「お、解放されたのか?」
警官に取り押さえられていたルークが自由になっている。
「はい。警官の方に何か連絡が入った後すぐに解放されたのですが……」
「そう……随分早い仕事で良かった」
「やっぱりミラのおかげでしたか」
調書なども取られず即時の解放。あの聞き分けの良さは何かあったと思ったら案の定だ。
「警官が現れたときから嫌な予感がしていたので。あの人、警察の方にもパイプを持ってたはずなので協力してもらいました」
「相変わらず他人行儀ですね。パパとでも言ってやればいいですのに」
「気を許すとつけあがるからダメ」
ルークたちの上司、ミラの父親を頼ったようだ。公には隠されているとはいえギルドも公的機関。そういう繋がりもあるのだろう。
「どうせルークのことだから警官を倒す必要悪も行使できない可能性が85%だった。だから備えておいただけ」
「……すいません、僕の信条のために」
警察官に手を出せばもちろん公務執行妨害に問われる。しかしギルドの執行官も一応公務ではあるからこの場合どうにか許されただろうし、最悪一般人に能力を行使したということで異能力者隠蔽機関が動けば解決する問題だ。
だが、ルークは手を出したくなかった。それは仕事と関わりの無い、ルーク個人のわがままだ。
私情を優先したルークにミラは一言。
「いいの。私も警官を倒せって指示をしなかった。……ルークにはそのままで居て欲しいっていう私のわがままを優先して」
「……どういう意味ですか?」
あまり自分の感情を見せないミラの珍しく感情の乗った言葉。
しかし、ルークはそれにピンと来ないようで……。
「それでカテチナはどこに行ったんだ?」
サマンダの言葉が二人を現実に戻した。
「え……あ、そ、それですが」
「……すいません」
しどろもどろに返すルークとただただ謝るミラ。
「いい。こういうときまとめるために私もこのチームにいるのだからな」
チームの年長者としての役割を果たすサマンダ。
「えっと……それでカテチナですが一時は警官に保護されましたが、その警官を倒してまた逃走したはずです。ちょうどあそこらへんで……『過去視』でまだ追えますか?」
ルークが視線を向けた先をモニターが映す。サマンダはそれに対して『過去視』を発動。
「……ぎりぎり大丈夫のようだな」
警官に捕まっていた時間も合って、カテチナが逃げてから既に十分ほどは経っているようだ。
「それではカテチナの追跡を再開しましょう」
ミラが指揮を取る。
「まず、どっちの方向に逃げたか教えてもらってもいいですか」
そのルークの通信にサマンダが答えようとして。
「その必要は無いよ。だって俺はここにいるからな」
通信機を介していない肉声。
「「……っ!?」」
扉の開閉音にミラとサマンダが振り返るとそこにいたのは自分たちが追っていたはずの人物。
「女性に手をかけるのはあんまり気が進まないのだが……どうやら君たちを倒さない限り逃げ切れ無さそうでね」
『音』の能力者、カテチナがそこにいた。
「……どうやら探す手間が省けたようだな」
「わざわざ出向いてくれるとは。ご足労ありがとうございます」
「おっと立ち直るのが早いね。もう少し君たちの驚く表情を見たかったんだけど」
余裕そうなカテチナ。
対してミラとサマンダは強がって見せたが分が悪いことを自覚していた。
二対一とはいえ女性と男性の力の差がある。
それに『二倍』と『音』では『二倍』の方が戦闘に向いていたが、『音』と自分達二人の能力ではあちらに軍配が上がるだろう。
しかし……それを込みで考えてもカテチナは余裕を見せすぎている。
「まだ何か戦闘に関する要因がありますね……」
「すごいな。そこまで分かるのか」
ミラのほとんど音になっていないつぶやきを『音』で聞き取るカテチナ。
「……どうしたんですか、サマンダ? 早く指示を」
そのときルークの間の抜けた声が通信機から聞こえた。
こちらの状況は伝わっていない。助けを呼ばせないために『音』でこちらの音声が通じないよう遮断されているのだろう。
「…………おかしいですね……故障? それとも電波が悪くなったのでしょうか?」
だからルークはその可能性を考えて復旧を待つ。
「あ、そういえば警官がぼやいていましたけど……」
その間少し気が緩んだからか、ルークはふと思い出したことを独り言でこぼした。
「カテチナが警官の拳銃を奪ったって話でしたね。……まあその程度効かないからいいですけど」
「……ははっ、どうやらネタバレを食らったようだ」
カテチナが懐から取り出したのはルークの情報通り拳銃。
『二倍』を持つルークなら歯牙にもかけない力。
「マズいな……」
「………………」
だが、サマンダとミラの二人にとってそれは絶対的な力として存在する。




