二百十二話「ルークVSカテチナ 追跡」
「動き出したか……」
『音』でルークが自分のアジトから飛び出した音を拾ったカテチナ。
こちらが出てから既に五分は経っている。
普通なら既に稼いだ距離で逃げ切れただろう。敵が肉体強化能力者で追いつける速度を持っていても撒く自信がある。
しかし今回はそのどちらにも当てはまらなかった。
「『過去視』……厄介だな、ははっ」
あの人からもらった情報。
ルークチームの一人、サマンダの能力。
過去を見ることが出来るそれがある限り、ルークの追跡を免れることはできない。
『演算予測』の破り方は教えてもらったカテチナだったが、『過去視』の方は運に頼るしかないと言われた。遡れる時間には制限があるので、その間逃げたのがバレなければセーフ。バレればアウト。
しかし、ルークが自分の通って来たルートを正確にトレースしている音を『音』が拾っていた。
「逃げ続けるだけではダメか……」
自分の能力で出来るのは音の発生、遮断、識別のみ。細かい応用はあるものの、執行官の中でも屈指の実力を持つルークに真っ向からぶつかっては負けるだろう。
稼いだ距離を詰められる前に、どうにかする手段を組み立てなければならない。
「ま、それは既に思いついているがな」
どんなことがあっても、仕事の情報を漏らさないことから信用を得ていたカテチナ。
だから逮捕と引き換えに情報の開示の交渉を受けるわけにもいかなかった。そんなことをすれば今まで築いてきた地位が地に落ちる。
ギルドもこちらと取引をしたことを大っぴらにするとは思えないが、この業界、秘密なんてラベルは情報の重要度を表すものでしかない。
これまで通り生きていくためには、この窮地を切り抜けるしかない。
「さあ、行こうか」
カテチナは策を実行するためのポイントに急ぐのであった。
「右! そして左! 正面の建物の中に入って……ちっ、すぐに出やがった!」
「次はどっちですか!!」
「左だ!」
サマンダの指示通りにルークはカテチナが通ったルートを追う。どうやらカテチナは人目に付かないようなルートを選んで逃げているようだ。意図しての行動なのだろうが、ルークとしても猛スピードで追うその姿を一般人に見られないのは幸いだ。
「それにしても酔っ払いの千鳥足のような逃げ方ですね」
「私の能力対策だろう。『演算予測』が破られたんだ。その情報を持っていてもおかしくない」
『過去視』はカテチナが通ったルートを正確に見ることが出来る。
しかし、その正確さがカテチナが余計に通ったルートも映してしまう。ただ直線を走るだけでは速度で上回るルークを撒けないと思っての行動だろう。スタート&ストップが増えてルークもスピードに乗り切ることが出来ない。
「だがそれも悪あがきだな。徐々に遡る時間も近くなってきた」
最初は五分遡っていたのに、既に二分ほどしか戻していない。
「もう近くにいるということですか」
「そのはずだ」
「だとしたらそろそろ『音』で仕掛けてくるのも警戒しないといけませんね」
『音』が扱える距離がどれくらいなのかは分からないが、何か仕掛けるならやはり目視できる距離で行ってくるだろう。
「それは既に警戒済みです!」
ルークはその身に『速度二倍』と『脚力二倍』ともう一つ能力をかけている。カテチナの仕掛けもそれで対応できるだろう。
「そこの角を右だ!」
「……よしっ! 見えました!!」
T字路を曲がってすぐ、ルークの目にもカテチナの姿が映った。
「ひゅー、予想以上に速いねえ!!」
ルークとカテチナの距離は残り50mほどだ。
言葉ほどに驚いている様子は無いカテチナ。恐らく接近を『音』で感知していたのだろう。
「観念してください!!」
「するつもりならこんな逃げてないってば」
すかさずカテチナは脇道に入る。
目視できる距離に入った以上『過去視』に頼る必要も無い。
続いて同じ道に入ったルークはすぐに枝道を見つける。カテチナの姿が見えないということはまたその道に入ったのだろう。
ルークも迷うことなくそれを追おうとして。
「……え?」
枝道を覗いたルークはすぐに違和感を覚えた。
カテチナの姿が見えない……?
速度的にはカテチナが曲がってすぐにルークもその道には行ったはずだ。今度入ったのは一本道なのに、視界には誰も映っていない。
「どうして……?」
困惑するルーク。
――そもそもどうしてルークはカテチナが枝道に入ったと判断したのか。
それはカテチナが走って逃げる音が聞こえたからだ。
だから無意識的に逃げたと判断して。
「違う!! ルーク、後ろだ!!」
隠れたという可能性を排除してしまった。
「Wow! 見つかるとはね!!」
サマンダの警告に振り返ったルークに、物陰に隠れていたカテチナが迫る。
完全に不意を突かれたルークはその場から動くことが出来ずに。
「だけど食らってもらおうか!!」
耳元で人体の許容量を超える特大の破裂音が鳴らされた。
「カテチナの策にまんまとはまりましたね……」
ミラは手に入る情報からそう判断する。
カテチナの策はこうだろう。
まずルークに見つかって、脇道に入ってすぐ枝道の近くの物陰に隠れた。
そして『音』を発動。
枝道を走って逃げる音を発生させて、ルークにそちらに逃げ込んだという風に錯覚させた。
もちろんすぐにバレたが、それも承知だったのだろう。少しでも時間を稼いで、空白の時間を作って、ルークの背後に忍び寄った。
サマンダが『過去視』から得た情報で警告したのも時すでに遅し。耳元で『音』の最大音量で音を発生させられた。
「三半規管を狂わせてルークの動きを封じるのが狙いが100%……」
あまりに大きな音を聞くと、耳の奥にある平衡感覚を司る三半規管に影響が出るという。
「しばらくあちらのルークは立てそうにありませんね」
ミラは呑気に評する。
ミラが仲間のピンチに動じていないのは何故か?
それにそもそもルークは通信機を付けていたはずだ。スピーカー付きなのが災いして、通信中のミラとサマンダにも破裂音が届くはず。
その様子が無いのは――破裂音を食らった方のルークには通信機が付いていないからだった。
「まあこちらのルークは大丈夫なようですが」
「私もつい警告したが意味の無いことだったな」
うずくまるルークを見て、逃走の成功を確信するカテチナ。
「……Why?」
しかし、その顔はすぐに驚きに包まれる。
ルークの体が次第に透けて――掻き消えたからだ。
「……っ!? まさか!!」
「残念ですが、そちらは偽物ですよ!!」
上方から響く声。
カテチナはつられて顔を上げると、そこには消えたはずのルークがいた。
『二倍』の奥義其の一『身体二倍』。
カテチナを追っていたのはそれで作られた二人目のルーク……つまり囮だったのだ。
本物のルークは建物を渡り歩いて上空から追っていた。それもこれもカテチナの反撃に備えるため。
その企みは成功して、ルークは飛び降りた勢いそのままカテチナを取り押さえた。
「どうやら僕の勝ちのようですね」
「まさか偽物を掴まされるとはね……ははっ、完敗だよ!」
両手を背中側で拘束され地面に押し付けられているカテチナは敗北宣言を行う。
だが、その目は死んでいない。
さて……そろそろこのポイントを選んだ理由がやってくるはずだね。




