二十一話「転校生」
「おはよう」
彰は挨拶しながら斉明高校一年二組の教室に入った。
彰の家から斉明高校までは、歩いて十五分ほどなので、彰は徒歩で通学する。
「彰、おはよう」
自分の席に向かった彰に、由菜の挨拶が返ってくる。由菜の席は彰の隣だ。
幼なじみ同士の由菜と彰は小学校、中学校も共に同じ学校であり、小学一年生から高校一年生まで、同じクラスになったのは八回である。違うクラスになったのは中学一年生と中学二年生のときだ。
また、隣同士の席になる割合も高く、大体席替え二回に一回は隣同士であった。
彰は自分の席にかばんを置いた。
「今日は早かったんだな」
「美佳に呼び出されてね」
由菜は机の宿題を解きながら応対する。
いつもは約束をしなくても一緒に登校する彰と由菜だが、今日は別々に登校していた。
「美佳に? 何かあったのか?」
「そろそろ帰ってくると思うから本人に聞いて」
由菜は今日、朝のホームルーム時に提出の宿題を解くのに忙しい。
彰は、家で解いてくるから宿題なんだが、と思いながら教室を見回した。
教室には、西条美佳、そしてついでに東郷仁司もいない。
朝のホームルームが始まるまで暇なので話でもしようと思ったが、由菜の言った通りどこかに行っているようだ。
由菜は相変わらず忙しそうなので、手持ち無沙汰な彰は宿題の見直しをする。
由菜はそれを目の端に捕らえた。
シャーペンを動かしながら駄目元で彰に訊ねる。
「彰、宿題見せてくれ」
「駄目だ」
「何で?」
「いつも言っているだろう。おまえのためにならないからだ――」
いつもどおりのやり取り。だがここからが違った。
「と、言いたいところだが」
「……だが?」
異なる展開に、由菜が顔を上げる。
「今日は特別だ。見ていいぞ」
持っていた宿題を彰は由菜の机に置く。
「えっ!」
由菜は驚く。
このやり取りは今まで何回かしてきたものだが、実際に彰が宿題を見せてくれたことはない。
真面目な彰は、宿題は自分でやらないと自分のためにならないと良く説教じみたことを言う。
そんな彰が宿題を見せると言ったので不思議を通り越して、不気味に思った由菜が聞いた。
「今日はどうしたの?」
「別に、何も無いぞ」
ただ、と言葉を続ける。
「根回しってのは大事だからな」
「?」
「時間無いだろう。速く写せよ」
意味が分からなかったが、由菜は朝のホームルームまで時間が無いことに気付き、急いで写し始めた。
そのとき、教室に二人の生徒が入ってくるや否や、そのうちの一人の少年がいきなり声を張り上げた。
「聞いて驚け! 今日このクラスに転校生が来るぞ!」
教室内に動揺が走る。
それをもう一人の少女が補足する。
「更に、男子待望の美少女らしいよ」
おお、と今度は教室内の男子生徒ほぼ全員が反応する。
反応していないのは、彰だけだ。
一人の男子生徒が訊ねた。
「どんな感じだった?」
「……いや、顔は見てないよ。女ってのは確かだけど、美少女ってのは、ただの希望。もしくは願望」
教室中から、ズルッ、と何かが滑った効果音が聞こえた気がした。
あいつはどちらかというと美少女か、と彰だけが答えを知っていた。
そこで話は流れて、皆元々やっていた宿題や雑談に戻る。
「よっ、朝から元気だな」
彰は二人に近寄って、挨拶した。
それに少女、西条美佳は挨拶を返す。
「おはよっ」
さらに少年、東郷仁司も挨拶を返す。
「おまえも元気そうだな」
彰には西条美佳、東郷仁司ともに中学生からの縁で、話す機会も多い。
この二人に、彰と由菜を合わせて四人で一緒のことも中学生のころから多かった。
「で、転校生が来るのか?」
彰には分かっていることだったが、昨日の今日でずいぶん情報が速いなと思い、気になったので二人に聞く。
「そうだぜ。美佳が情報を仕入れたって言うから、朝早くから職員室に偵察に行って来たんだ」
「由菜も誘ったんだけど宿題が終わってないって言われてさ。けど担任の畑谷先生に聞きに行ったら、どこから知ったのか、帰れって言われてさ」
だから由菜が朝早くからきていたのか、と彰は納得する。
「本当どこから知ったんだよ」
「そういえば、俺も気になってた」
仁司も同意する。
「情報源は私の命だからね。教えられないな」
西条美佳は噂好きで情報屋な人間で、中学のころから学校のことで知らないことは無いという少女だった。高校に入ったのは二週間前なのにもう新たな情報源を見つけているようだった。
「昨日の今日でよく知っているな」
彰が関心する。
それに美佳が疑問を浮かべる。
「確かに、昨日突然決まったことらしいんだけど……何で彰が知ってるの? 私、言ったっけ」
「そういえば言ってないな」
「あっ、それは」
やべっ、ミスったと彰が思っていると、教室前のドアが開いて担任の畑谷先生が入ってきた。
それが救いの神に見えた彰は、余計なことを追求される前に逃げる。
「おっと、先生が来た。じゃな」
「よく分からないけど、逃げたわね」
「逃げたな」
「おーい、おまえら。ホームルーム始めるぞ」
担任の畑谷は、美佳と仁司に向かって言う。
二人は急いで席に着く。
「はい、それではホームルームを始める。委員長、号令」
「起立」
彰が号令をかける。
彰は一年二組の委員長だ。
高校に入って最初の、クラスメイトがお互いをほとんど知らない状況で委員長決めをしたので、ほとんどノリで決まった。
具体的に言うと、仁司が冗談半分で彰を委員長に推薦して、美佳が面白いとそれをはやしたて、畑谷が悪乗りして即決しようとして、クラスメイトが「あいつ真面目そうだし、実際面倒くさい委員長が決まって何よりだ」と安堵し、「そんなノリで委員長にされてたまるか」と彰は抵抗しようとしたが、由菜が「彰が委員長って似合っているよ」の一言で彰の戦意を喪失させた。
流されてなった委員長だが、彰は真面目なので合っていた。
「礼」
「「「おはようございます!!」」」
一年二組は元気が取り柄のクラスだ。挨拶の声も大きい。
「着席」
イスを引く音が収まってから、畑谷は口を開いた。
「さて、今日の連絡だが」
いったん言葉を切る。
「……このクラスに転校生だ。喜べ男子。美少女だぞ」
奇しくも美佳とセリフが被った。
そのセリフを聞いたクラスの反応は、さっき仁司と美佳から聞いていたため、そこまで大きくない。
畑谷先生は若い男性教師であり、彰の委員長決めのときや、このセリフからも分かるようにノリがいいため生徒に人気の男性教師だ。
そんな畑谷には生徒の反応がいまいちで、不満だったのだろう。
「なんだ、みんな反応が悪いな。……もしかして、西条。ばらしただろ」
「はい。ばらしましたよ」
「まったく、おまえはどこからそんな情報を仕入れたんだ? 生徒の驚く顔を見るという、先生の楽しみが減ったじゃないか」
「情報源は秘密です。それより早く紹介してくださいよ」
美佳が教室のドアを見ながら答える。ドアの向こうに人の気配を感じる。
「そうだな。水谷さん入ってきなさい」
畑谷がドアの向こうに呼びかける。
「水谷?」
由菜がその名前に反応する。
そして、恵梨その黒髪を揺らしながらが教室に入ってきて、教卓の前に立つ。
「おおー」
「これは、なかなか」
「へえ~」
恵梨の整った容姿に教室が少しざわめく。
彰の目には、恵梨が緊張しているように見えた。転校して初めてなのだから当然だろうとも思う。
「自己紹介を」
「はい。水谷恵梨です。よろしくお願いします」
テンプレートな自己紹介をする――彰には緊張でそれしかできなかったように見えたが――恵梨に、生徒たちが口々に歓迎の言葉を発する。
「こっちこそ、恵梨さん」
「水谷さん、よろしく」
「よろしくね、恵梨さん」
恵梨の顔に安堵が浮かぶ。
「では、水谷さんに質問のある人は挙手」
畑谷がそう言うと、四、五人の生徒が手を上げ、口々に質問する。
「どこの中学にいたんですか?」
「好きなタイプは?」
「ぶっちゃけ、彼氏いますか?」
「俺ってどう思いますか?」
「えっ、えーと」
飢えている男子高校生の猛アピールに、恵梨が困惑する。
「こら。挙手して発言していいって意味じゃないぞ。挙手して当てられてから話せ」
畑谷もそれをたしなめる。
「そうよ、そうよ。恵梨さんも困っているじゃない」
美佳も止めに入る。
その質問を聞いて彰は眉をひそめる。
さっきの質問、不躾なノリだけでまわっているうちのクラスにあっていると思うが。
何故、このおかしな時期、始業式から二週間しかたっていないのに転校してきたことに触れなかった? 普通ならおかしいと思うはずだろ。
何故、誰も違和感無く受け入れているんだ?
まるで、疑問に思うことを忘れているようだ。
と同時に答えが出ていた。
「ラティスの能力のおかげか?」
彰の存じ得ないことだが、その通りであった。
まずラティスのしたことは、前の学校で転校したという書類を作成。受理した過程を記憶で思い出させないようにし、決定事項とさせる。
同じように、転校届けをこの学校でも作成。急すぎる転校への疑問を記憶で思い出させないようにし、受理させる。
そして、この学校の制服を発注。金を払っていないこと(犯罪である)記憶で忘れさせ、その他の疑問も一緒に思い出させなくした。
制服は昨日の夜、彰家に届いた。
最後にラティスはおまけで、恵梨が早くクラスになじめるように恵梨が転校することに対する疑問を思い出させなくした。
恵梨は困惑しながら、質問に答えたり、答えなかったりをしている。早くも恵梨はクラスのみんなに打ち解けてきたと彰には見えた。
そこに、その騒ぎに加わってない由菜が彰に声をかける。
「ねえ、彰」
「何だ?」
「恵梨ってさ、彰の家に」
泊まっていたよね、と由菜は続けようとしたが、
「よし、それ以上何も言うな」
彰は由菜の言葉をきる。
「何で?」
「さっき宿題を見せてあげたことに恩義を感じるなら、そのことは一刻も早く忘れろ」
「……そうか。口封じのために宿題を見せたのね」
「とりあえずそのことは黙っていてくれ」
彰がここまで警戒するのには訳がある。
以前何かのきっかけがあって、彰は隣に幼なじみの由菜が住んでいるリアルギャルゲ状態であると、クラスの生徒全員に知られたときがあった。
そのとき彰は、クラスの男子生徒から「うらやましい。リア充爆発しろ」と言われ小突かれて、別の生徒からは「うらやましい。それなんてギャルゲ」と蹴られ、また別のやつからは「うらやましい。死ね」と殴られた。唯一中学が一緒で元から知っていた仁司からも無言で殴られた。
冗談の範疇に思えるが、クラスのみんな目が笑っておらず男子高校生の妬み、恨みは怖いと学んだ。
そこで彰は考えた。
恵梨と同じ屋根の下、一緒に住んでいると、知られたら。
………………。
彰には、半殺しされた自分の姿が見えた気がして身震いした。
それを回避するため、唯一彰の家で恵梨と会っている由菜の口封じを急いだと言うわけだ。
由菜が口を開いた。
「仕方ないから、黙っといてあげるけど」
「けど?」
「今度喫茶店でお茶代、彰の全おごりね」
「……分かった」
その喫茶店は繁華街にある店だ。彰、由菜、美佳、仁司の四人で何回か行ったことがある。
しかし四人は無理だ、と彰は自分の財布の中を想像して答えた。
「じゃあ、今度二人で行こうか」
「ふ、二人で!」
由菜はあわてる。何回か行ったことのある店だが、それは全て四人で行ったことで、彰と二人で入ったことは無い。
由菜のあわてる様子を見て、彰は顔をしかめる。
「……もしかして四人で行こうって言うんじゃないよな」
「そんなことない!」
「なら決定な」
ぶん、ぶんと勢い良く頭を縦に振る由菜。
由菜は、これってデート? 胸をときめかせた。
彰は四人で行くより安上がりで済む、と安堵した。
認識の違いであった。
それはさておき、彰は恵梨の口封じも成功して安心した。
そこで、いまだ質問攻めに合っている恵梨を見ると、偶然目が合って恵梨が顔に笑みを浮かべる。
「ふふ」
その表情からは、感謝の気持ちが十分に伝わってきて、彰は恥ずかしくなっておざなりに手を振って目をそらした。
あんなに嬉しそうな顔しやがって。こっちが恥ずかしくなる。と机に突っ伏した彰にはその質問は聞こえなかった。
「高野彰とはどんな関係なの?」
生徒一斉の質問だった。
「えっ、えーと」
恵梨は彰から一緒に住んでいることを隠すように言われている。
しかし、押しに弱い恵梨なので強く聞かれたら、いつか白状してしまうかもしれない。
さらに、
あんな目線のやり取りという、確固なつながりの証を二人はクラスのみんなに見せつけたのだから。
……どうやら、彰の半殺しは近そうである。
<第一章 水の錬金術者 完>
というわけで、第一章完結!
いきなりですが、第二章の予告をしたいと思います。
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研究会を退けて、日常に戻った彰と恵梨。
だが、恵梨の転校から一週間ほど経ったころ、再びの非日常が始まる。
「俺は炎の錬金術者だ。おまえを殺しに来た」
彰の前に突然現れた炎の錬金術者の少年はそう宣告した。となれば、戦いは必然。剣と剣が打ち合う音が辺りに響いた……!
その他に彰と由菜のデートもある、異能力アクション×学園コメディ、第二章「炎の錬金術者、来襲」開幕!!
「俺は昔――」
そして、彰の過去が恵梨に明かされる。
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第一章を書いていて思った事が、意外と話が増えたという事です。
本当は一章を十六話で構成していたのが、どんどん増えて結局二十一話です。
八話「風呂」なんて三行で済ませる予定が、話が膨らんで一話丸々使ったりと予定していた通り行かない物です。
いろいろと伏線を張っていますが、全て回収する予定はあるので安心してください。第二章で回収する物もありますが、回収する予定がかなり先のものや、第二章でもまた伏線を張ったりするので気長にお待ち下さい。
また、第一章は長いプロローグ的な意味合いでシリアスシーンが多かったので、第二章はコメディシーンも増やしていきたいです。
第二章の開始は6月6日です。
というわけで、一言感想をもらえると嬉しいです。
雷田矛平でした。




