二百十話「聖夜の空の下2」
彰の言葉を否定する由菜。
「私は……そんな彰が憧れるような人じゃないよ」
静かに、だけどはっきりと口にする由菜。
「私は私がしたいことをしていただけ」
「それが人を救うことだっていうんなら、十分にすごいだろ」
「だからそれが違うんだってば。結果的に彰は救われていたんだろうけど、私は彰の傍に居たかったからやってたの」
「……何でそんなことを?」
由菜の言葉の意味が分からない。
「そもそもさ……彰は憧れていた私よりもずっと凄くなったよ」
「そんな……俺なんてまだまだで」
「ううん。だって彰は恵梨に出会ってから八か月、平気な振りをして人助けをしていた。
それに比べて、私は平気な顔なんて出来てない。彰だって気づいているよね、イジメられてたとき次第に彰の前でも笑うことが出来なくなっていたこと」
「そういえば……」
俺が由菜の異変に気づいたきっかけでもある。
「彰が仁志と美佳に会って問題を解決した日に休んでいたのも、いじめが辛かったからなの。たまたまそのタイミングで解決されただけで……あれ以上続いてたら彰の前でボロを出してたかもしれない」
「………………」
「だからそれをやり遂げて見せた彰は……私なんかよりもずっとずっと凄いんだよ」
「そう……なのか?」
「うん。私が認める」
彰の自己評価の低さは自分のせいで由菜を傷つけたことを発端に。そして憧れである由菜と自分の遠さに一因がある。
つまり誰が言っても届かなかった彰への評価は。
「そうか……ははっ、嬉しいな」
憧れの本人から言ってもらえて初めて受け入れることができた。
この二年間が無駄でなかったと心の底から感激している彰に。
「だけどね……彰のやり方は間違っているんだよ」
しかし、由菜は一転その言葉を叩きつける。
「……え」
「まあ、彰のやり方は……自己犠牲は私に憧れてやったことだから、元はと言えば私が間違っているんだけどね」
「そんな由菜は間違ってなんか……」
「秘密なんてずっと隠し通せるものじゃない。近しい人なら特にそう。
私の自己犠牲だって結局最後は隠しきれなくて、彰にバレてしまって……そして彰を悲しませてしまった。やっぱり自己犠牲で救うなんて方法は間違っているんだよ」
「…………」
俺も同じだ。戦闘人形に敗れて入院してしまったときに、みんなを悲しませてしまった。
「けど……もっと強くなればきっと……」
「それでも……やっぱり置いてかれた方は辛いんだよ。彰もさ、二年前私がいじめられてるのを知ってどう思った?」
「それはどうして俺に教えてくれなかったんだって」
「私も今そんな気持ちなんだよ?」
「………………」
彰は二の句が継げない。
恵梨が言っていたのはこういうことだったのか。
分かっていたつもりだったのが、由菜に言われて……自分の身に置き換えてみて理解に繋がる。
どうして話してくれなかったんだという苛立ち。自分を頼ってくれなかったことに対する無力感。怒と哀が入り混じったあの感情は今も鮮明に思い出せる。
恵梨が傲慢だっていうのも納得だな。俺はみんなをこんな気持ちにさせていたのか……。
「俺はやっぱり人の気持ちを理解できていなくて……鈍感なんだな」
「…………」
「分かったよ、由菜。もう自己犠牲で物事を解決したりしない」
「なら……約束して」
それは二年前と逆のシチュエーション。
彰からではなく、由菜から切り出した約束の中身は。
「お互いに辛いことや苦しいことがあったら隠さずに話す」
二年前と同じ。
「もう一度、これを結んで」
「……今度は破るのは無しってことか?」
「当然でしょ」
「分かってる、確認しただけだ」
肯定の意を返す彰。
お互いに思うところは一致して、今ここに約束は絆へと昇華された。
「私が言いたかったことはこれで終わりかな」
由菜は溜めこんでいた物を出してスッキリしている。
「そうか、良かった。……ていうか、こんなことならどうして由菜は俺のことを無視していたんだ?」
「……どうして、ですって?」
彰もホッと一息を吐いて、そして地雷を踏みに行く。
「まさか分かって無いの?」
「え、あ、はい」
大団円と思っていたところからの急降下。彰は状況の推移について行けていない。
「はあ……」
怒りを通り越して呆れに到達する由菜の感情。
「言ったでしょ、私が二年前自己犠牲をしたのは彰の傍に居たかったからって」
「あ、ああ、言ってたな」
そういえば結構最初の方に言ってたが……。
「その気持ちは今も変わっていない。なのに彰が憧れで私を遠くに見たり、秘密を抱えて私を遠ざけたり……だから怒ってたのよ」
「そ、そうですか」
「私は彰の一番近くにいて、彰の全てを理解する。その役割だけは絶対恵梨にも彩香さんにも渡さないんだからね!! 分かった、彰!?」
「は、はいっ!!」
正直、由菜が言っている意味が分からない。どうして恵梨と彩香の名前が出たのかもさっぱりだ。しかし、こういうときに逆らっても藪蛇な結果にしかならないことは理解している。
自己評価の低さは改善の兆しが見られた。
自己犠牲の行動は改善された。
しかし……やはり鈍感な部分だけは一向に治る気配が無かった。
「ああ、もうっ、寒いから帰りましょ! 今からならクリスマス会の最後の方に間に合うでしょうし!」
少々言い過ぎたのを自覚したのか由菜は赤くなった顔を見られたくないがために、急に階段に通じる扉に向かう。
「あ、そっちは……」
「ん……あれ、開かない。彰、閉めたの?」
ドアノブをガチャガチャ回す由菜。
「カギも持ってないのに外から閉められるはずが無いって。恐らくだが、俺が逃げ出さないように閉めたんだと思う。今日の一件が恵梨の仕業っていうのは由菜も知ってるだろ」
「まあ、それは。……って、だけどこのまま冬の空の下放置されるの!? ちょっと誰かいるんでしょ!! 開けなさいよ!! もう彰と仲直りしたから、開・け・な・さ・い!!」
扉をガンガン叩きながら叫ぶ由菜。
「階段降りていく音もしたから、たぶん近くに誰もいないと思う」
「え、嘘っ……! じゃあ、携帯で助けを……って、教室のカバンの中だ」
「俺もそうだな」
全く恵梨も計画の詰めが甘い。状況に対応するためにも現場近くに予備員を配置しておくべきだろ。
「じゃあこのまま誰かが来るまで放置?」
さっきまでテンションで寒さを感じていなかったのか、由菜の体が震えだす。
「…………いや」
「え」
「一つだけ方法がある」
「どんな……」
由菜の眼差しには期待より、どうやってという思いの方が強いようだ。
「全く俺は能力者だぞ。由菜も一度は見ているだろうに……まだまだ理解は追いついていないみたいだな」
「見ている……?」
ここまでヒントを出しても由菜は気付かないようだ。
「とりあえず俺の上着でも羽織っとけ。多少はマシになるだろ」
彰は自分の上着を脱いで由菜に放る。
「え、……けど、そんなことしたら彰がもっと」
「これでも鍛えている方だし、どうってことない……わけないから、早く準備しろ」
カッコつけようとした彰だが、途中で体が震えてきたので中止する。
「わ、分かった」
由菜は上着の上に、更に彰の上着を羽織る。彰の方がサイズが大きいとはいえ、少し動きにくい。
「って……これ彰の匂いが……」
「準備できたな。じゃあ行くぞ」
顔を赤らめる由菜だが、同様に準備を終えた彰は一刻も早くこの寒さから逃れたくて気にする余裕が無い。
「行くってどこに……」
「ちゃんと掴まっておけよ」
「ひゃっ、ちょっ彰どこ触って」
「よしっ……!!」
「………え、わあああああああっっっ!!!!」
由菜をお姫様抱っこした彰は装着した緑の靴に対して能力を行使。『風靴』が発動されて空へと足を踏み出す。
「部活してるやつに降りるところを見られないよう、特別棟裏まで行くからな!」
「な、なら、先に説明しなさいよ……! それにこの体勢……」
「……あ、すまんな。これが一番歩きやすくてな。嫌かもしれんが我慢してくれ」
「べ、別に……い、嫌ってわけじゃ……」
この体勢では顔と顔が近くなる。彰の吐息すら感じる事実に思わず顔を逸らした由菜は。
「高っ!!」
下を見てしまい、反射的に落ちないよう彰にしがみつく力を強くする。既に校舎部分からは離れて、地面は四階分下に位置している。
「……ああ、そうか怖いか。どうも練習でこのくらいの高さまで来るのは普通になってたから忘れてた」
「忘れてたって……!!」
呑気に言う彰に、少しでも恐怖を紛らわそうと由菜は噛み付く。
「すまん、すまん。だけど――これが俺たち能力者が見る景色だ。怖くなったんなら、今からでも全部忘れたことにしたっていいんだぞ」
「それは……」
「………………」
「嫌」
「……そう言うと思ったよ」
これくらいで引くような幼なじみじゃないことは彰もよく分かっている。
「ねえ、彰が今までにしてきたこと詳しく教えて。予想は出来たけど、細かくは分からないから」
「分かった。……そうだな、まずは四月の恵梨に会った時からでいいか」
「い、いや、その降りてからにして。今はその頭に入りそうにないから」
「由菜が言ったんだろうが……まあ、ゆっくり話せる環境でないことは確かだな」
特別棟裏までもう少し。彰は歩幅を大きくして進む。
「今まで開いてしまった距離を……これで一気に埋めるんだから」
由菜は少し彰にしがみつく力を強くして、至近距離にいる彰にも聞こえない大きさでボソッと思いをこぼした。




