二百九話「聖夜の空の下1」
「由菜さん屋上に呼び出しておいたわ」
「屋上の扉のカギも閉めといた。これで彰は撤退出来ないぞ」
彩香と仁志が報告に来る。
「そうですか。こっちも上手く行ったようです」
一発芸大会が盛り上がる中、恵梨は一息つく。
どうやら予定通りいきそうですね。
クリスマス会の裏で彰と由菜を会わせる計画。
どうしてこんな回りくどい方法を取ったかというと、一重に彰の警戒の隙を突くためだった。
人が多くランダムに動くこのクリスマス会場で由菜の位置のチェックを難しくする。同時にイベントに参加することで彰の注意が緩む。
そこで予告されていなかった一発芸大会の開催が告げられる。プライドの高い彰は自分がスベって晒しものにされることに耐えられないはず。
斉藤が逃げる選択肢を彰に考えさせ、後は美佳さんが頼んだ隣クラスの女子の演技で逃げ道を作る。追い込まれた彰はたまらずそこに飛びつく。
それが罠とも知らずに。
あとは屋上の扉の鍵を閉めて退路を封じれば完璧だ。
「じゃあ行くでー、俺の渾身の一発ギャグ!!」
壇上では火野が彰の代わりということで場を盛り上げている。
「計画成功したわね。さすがね、恵梨」
「いえ。私は思いついただけです。本当に色んな人の協力を受けました」
彩香の賛辞に恵梨は謙遜でなく本心を語る。
今回の計画にはいつものメンバー四人に加え、事情を話して協力してもらった担任の畑谷、斉藤、 の三人、美佳さんのツテで隣クラスの女子二人と多くの協力者がいた。計画のことは知らせていないが、このクリスマス会に来てくれた人たちをも組み込んだ作戦だったと考えるとさらに膨大な数になる。
それだけのリソースを使って、ようやく作れたのは彰と由菜の対面だけ。未だ途中経過なのだ。
「むしろここからが本番。……後は彰さんと由菜さん次第ですからね」
祈ることしか出来ない恵梨は屋上にいるだろう二人を思って手を合わせた。
「………………」
「………………」
屋上。言葉を失う彰と由菜。
特に彰は思考さえも停止してしまい現状に理解が追いついていなかったが、その背後でガチャッと鍵がしまった音がしてようやく我に返った。
続く階段を下りていく足音をバックに彰の思考はまとめられていく。
鍵が閉められた……つまり締め出されたというわけか。
忘れ物を取りに来た先で由菜が待っていた。二人きりの状況になった途端退路を断たれた。
ここまで来れば何者かの意志によってこの状況が作られたことは想像に難くない。
自分がどのように誘導をかけられたのか瞬時に理解した彰は計画の首謀者を見抜く。
恵梨の仕業か。そして美佳も一枚噛んでいるな。
斉藤やその他多くの協力者にアクセスできるのは美佳の情報網があってだろう。しかし、美佳が計画を立てたとは思えない。美佳だったら、計画の精度を落としてでももっと関わる人間を少なくするはず。
恵梨が……なりふり構わず今日で決めるために、ここまで大掛かりな仕掛けを用意したってわけか。
言いたいことは、ここでさっさと仲直りしろ……ということなんだろうな。
「………………」
だが、まだまだ詰めが甘い。
ここにいない恵梨に対して彰はそう評価した。
確かに俺をここまで誘導した手際は見事だった。その思惑通り俺は由菜と対面させられている。その上退路を封じられては話すしかない。
しかし……俺にはまだ逃げ道がある。
風の錬金術、技の一つ。『風靴』
空を歩くことが出来るそれを使えば、今閉められた扉を使わずにここから脱出できる。目の前の由菜は既にハロウィンの夜にその様を見ている。隠す必要も無い。
その選択肢を持ってながら、さらに彰は考える。
今までなら一も二もなく脱出していたが……それじゃ駄目だ。
周りの気持ちを考えないと。それをしなければ俺はまた失敗を繰り返す。
恵梨がここまで精緻に罠を仕掛けてきたその理由は……おそらく、我慢の限界ってことだろう。
既に注意は受けている。由菜とのわだかまりのせいで、みんなの空気を悪くしていることに。
だからその内話し合うと言った。
けど、きっかけが無くてずるずると伸びて今日までやって来た。
そして今、目の前に由菜と二人きりの状況が出来上がっている。
きっかけは今だ。
ここで動かないで……いつやるっていうんだ。
「由菜」
「……久しぶりに正面から名前を呼ばれたかも」
白い吐息とともに紡ぎだされる言葉に拒絶の意は含まれていないように思える。
「それで? 何か用なの?」
「話があるんだ」
「……うん、いいよ。聞いてあげる」
二ヶ月のわだかまりがあったというのに、すんなりと話が進んでいる。
それは好調の兆しなのか、はたまた嵐の前の静けさなのか。
「………………」
とりあえず彰はそのままでは話しにくいと、由菜の隣まで移動した。
「それで何を聞かせてくれるのかな? 言い訳? それとも釈明? 弁明もありかもね」
「いや、どれも一緒だろ……」
「ふふっ、冗談」
「このタイミングで冗談って……肝が据わってるな」
「でも……実際そうなんでしょ?」
場を和ませるつもりだったのか、それともこの緩急の差で主導権を握ろうとしているのか。
由菜はトーンを落として続ける。
「どうして約束を破ったのか……聞かせてもらえるよね?」
「心配しなくてもそのつもりだ」
結局この約束が全ての原因。避けて通るわけにも行かないだろう。
「『お互いに辛いことや苦しいことがあったら隠さずに話す』……だったな」
「うん」
「なのに俺はこの力を自覚してから降りかかって来た問題を由菜に何も話さなかった」
彰は由菜の目の前で風の錬金術を発動して剣を作って見せる。
「そうだね。恵梨が居候してきたのも、その後昔の因縁でケンカをしたってのも、GWに理由を説明せずに恵梨と二人で旅行に行ったのも、文化祭、夏祭りをを勝手に抜け出したのも、山登りの途中で怪我したのも、そして……ハロウィンパーティーの裏であんなことをしていたのもその力が関わっているんでしょ?」
「流石に二ヶ月も考える時間を与えちゃ全部お見通しか」
「まあね」
誇るでもなく答える由菜。
「俺がこれらの出来事を由菜に話さなかった理由は何か」
彰は風の錬金術を解除してから続ける。
「まずこの能力を信じてもらえると思えなかったから。そしてこの能力を一般人に話すわけには行かなかったから
……っていうのは、由菜が言った通り言い訳でしかない。ちゃんと言葉を尽くせば由菜には信じてもらえると思ったし、一般人でも能力を知っている例外はいる」
「だったら本当はどういう理由なの?」
由菜もそんなこと分かりきっている、という表情だ。彰もそれ以上の説明は省いて話の核心に移る。
「本当の理由はだな。能力について、それについて回る厄介事について、由菜に関わって欲しくなかったからだ」
彰は二年前から抱いて気持ちを露わにした。
「………………」
由菜は黙ったまま聞いている。
「まず、今さらだけど礼を言う。二年前、誰にも理解されない衝動を抱えた俺を認めてくれて本当に助かった」
暴力に魅入られた俺を肯定してくれたのは由菜だけだった。
「由菜が理解者として日常に繋ぎとめてくれていたから、俺はケンカに明け暮れる日々を送れたんだと思う」
あの自分の事しか考えていなかった日々。
「そのせいで由菜はイジメられて……迷惑をかけてしまってからようやくそのことに気付いたんだ」
そしてそれは遅すぎた。
「俺は自らを省みずにその問題を解決した。こんな俺でも自分を犠牲にすれば大抵のことは為せることに気付いたんだ」
初めての自己犠牲。
「由菜は俺とおまえの自己犠牲は一緒だって言ってくれた。だけど打算で行ったのと、慈愛で行ったのでは全く違うんだ。そしてそれに、由菜が行った自己犠牲に、俺は憧れた。何でも無い顔して全部を抱えて、大事な人の笑顔を守る。俺はそういう風に行動したいって」
恵梨と出会ってからそれは守れていたはずだ。
「約束もそのためなんだ。由菜に何かあったら解決するために知らせてもらう。俺に何かあっても一人で解決するつもりで知らせるつもりは無かった。最初からその予定で立てた約束だったんだ」
胸の内に秘めていた思いを吐き出す彰。
「とはいえ約束を破ったのは確かだ。そこだけは謝る。すまなかった」
頭を下げる彰。
「だけど、この能力のことについてはこれ以上話したくない。それだけは譲れない。出来れば……図々しい願いだっては分かっているが、全部忘れたことにしてもらって今まで通りに戻りたいくらいだ」
「……それは私に面倒をかけたくないから?」
「そういうことだ」
顔を上げた彰が見たのは思案している由菜の姿。少しの間があって口を開いた。
「要するに彰は私に憧れて自己犠牲でみんなを助けて、約束もそのための手段だったと」
「ああ」
「……うん、全部分かった」
確かめるようにうなずく由菜。
「その上で言わせてもらうけど……彰は間違っているよ」
そして真っ向から由菜は彰の言葉を否定した。




