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異能力者がいる世界  作者: 雷田矛平
八章 クリスマス、明かされる過去
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二百八話「クリスマス会」

 12月24日。

 クリスマスイブで世間が賑わうこの日に斉明高校では終業式が執り行われた。


 式の後はホームルームの時間。

「それじゃ来年も元気な顔を見せろよ」

 担任の畑谷が締めの一言を口にして、今年最後の登校は終わりとなる。


「帰るか……」

 クリスマスイブといっても、彰は特に予定はない。

 ハロウィンみたいにみんなで集まらない、と言われるかと思っていたが、由菜と自分の状況を鑑みたのか、そのような話は聞いていない。

 授業ごとに課された冬休みの宿題も、夏休み同様開始前に全て終わらせている。午前中に学校が終わった分、いつもより多めに勉強しても十分に時間は余るだろう。図書室で借りておいた小説でも読むか、と予定を立てたところで。


「どこに行くつもりですか?」

「どうした斉藤」

 こちらに対する敵意を隠さない男子生徒三人に囲まれる。


「急いで教室を出ようとしたその動き」

「………………怪しい」

 最初に声をかけてきた斉藤といつもつるんでいる戸田山と平井が一緒のようだ。


「怪しい……ってどういうことだよ?」

 謂れのない言いがかりに憤慨をする彰。

「ところで彰くん、今日がクリスマスイブだということはご存知でしょうか?」

 返答したのは斉藤だった。

「当然だろ……というか、質問にだな」

「当然……こいつ当然って言ったぞ?」

 戸田山が驚くが、どうも小芝居臭い。

「………………イブ……リア充どもの祭典。それを当然と言うなんて」

「あー…………」

 平井がぼそぼそ言うの聞いて理解した。

 最近鳴りを潜めていたが、こいつら反リア充を掲げていたな。


「もしかして俺がこれから女とデートにでも行くんじゃないかとでも邪推しているのか」

「おや、よく分かりましたね」

「残念ながら、これから家に帰って勉強、読書の予定だよ」

「いや、自分から否定することで誤魔化そうとしてるんだろ。騙されないぞ!」

「おまえらを騙して、俺に何の得があるんだよ」

「………………そもそも水谷さんと同居している時点で、女子と二人きりのクリスマス」

「それは……いや、何でもない」

 恵梨は家族だしノーカンだろ、と言いかけて彰は止める。

 言葉通りの意味なのだが、この三人には別の意味に取られてもおかしくない。


「ああもう分かった。……それで俺はどうすればいいんだ?」

 この三人が納得しなければ帰ることは出来ないようだ。諦めて条件を聞く。

「それは簡単です。女子と二人きりになれないように、この後ささやかながらクリスマス会を開く予定ですのでそれに参加してください」

「……クリスマス会?」

「あれ初耳なのか?」

「何も聞いてないぞ」

「………………東郷に話は付けた」

「じゃあ仁志が言い忘れたんだな」

 鳥頭のあいつのことだ、容易に想像が付く。


「この後教室にお菓子とか飲み物を持ち込んで、軽いパーティーをしようって話です。男子は全員強制参加、女子はほとんど参加するって話ですよ」

「クラス規模か。中々に大きな企画だな。……にしても、男子は強制参加って」

「抜け駆けとか許すわけないだろ!」

「ああ、お互いに足を引っ張りあうためか」

「………………違う、互助だ。クリスマスイブを一人で過ごすという惨劇を出さないための」

「はいはい」

 反リア充も大変なんだな。まあそこら辺の事情、特に興味無い。


「にしても教室に菓子とか飲み物とか……許可取ってるんだろうな?」

「そこらへんは僕がぬかりなく行いましたよ。畑谷先生には話を通しています」

「畑谷先生なら許可しそうだな……」

「青春だな、って即決だったぞ」

「言いそう、言いそう」

「………………それどころか飲み物代を少し援助してくれた」

「マジか」

 生徒たちの催しに金を出すのは世間的に疑問視されるだろうが、生徒側としては大歓迎だ。斉明高校は私立だし、公務員でもないから問題もたぶん無いだろう。


「まあそれでも少し参加費はいただいているのですが……高野君も参加するなら徴収してもいいですか?」

「いや、強制なんだろ?」

「体裁ですよ、体裁」

「最悪だな、あんた」

 にしてもクリスマス会か。

 帰って勉強するつもりだったが……冬休みの宿題も終わっていることだし、これから約二週間の休みがあるとなれば急ぐほどでもない。

 この三人に抵抗する労力を考えれば参加してみてもいいだろう。

 彰が了承の返事をしようとしたそのとき。


「それと……一応言っておきますが、由菜さんも参加しています」

「………………」

 斉藤の注意を聞いて動きが止まる彰。

「それでも大丈夫でしょうか?」

「……ああ、特に問題は無い」

 彰は一拍遅れて返す。


「特に……問題は無い」





 斉藤の指示の元、一年二組の男子生徒が机を動かして四つずつ合わせた島を教室の中に六つ作る。その上に置くはささやかながらのクリスマスの飾りつけやお菓子と飲み物。使わない椅子は教室の隅に重ねて置かれる。

 夕方、部活上がりの生徒が集まりだす時刻。

 普段と様変わりした教室でクリスマス会は開幕を告げた。


「それにしてもよくここまで人を集めたな……男子はともかく、女子まで」

 クリスマス会に参加した人だかりの中彰は感心する。

 どうやら一年二組だけでなく、他のクラスのメンバーまで集まっているようだ。それぞれ飲み物を片手に菓子をつまみながら談笑している。

「女子の方の人集めに関しては西条が手伝ってくれたんだぜ」

「美佳が?」

 独り言を聞かれたのか戸田山が近づいてくる。

「ああ、斉藤に何か条件を提示する見返りに……みたいな感じだったぞ」

「斉藤と取引か」

「……って、あれこれ言っちゃ駄目なやつだったか? すまん、忘れてくれ高野」

 軽い感じで言って、またどこかに行く  。

「そう簡単に忘れられるかよ……」

 忘れろと言って忘れさせることが出来るなら、俺だって由菜にそうしている。

 にしても……美佳が関わっているのか。最近やたら俺と由菜が話をするよう画策しているからなあ……。いや、恵梨に話すと言っておきながら、踏ん切りを付けられない俺が悪いのだが。


 もしかしてこのクリスマス会もその一環なのか……?

「えっと……」

 現在の由菜の位置を確認する彰。

 …………いたな。二つ奥の机でクラスのやつと話し中か。

 パーティーで人だかりが多いせいか探すのに時間がかかったが、教室内にいると分かって安心する彰。

 この大人数の中、美佳が何らかの方法で俺と由菜の二人が仲直りするようなムードを作って、集団の圧力で無理やり話をさせる。……確かにそういう方法はある。

 しかし、その手段を美佳は取らないだろうと彰は考えていた。

 俺と由菜が抱えているのは能力者の問題……大っぴらにできないことは恵梨辺りがそれとなく伝えているはず。

 つまりこの人だかりに由菜も俺もいる限り大丈夫だ。


「おっす。……何だ高野? 一人でどうしたんだよ?」

「ちょっと考え事をな」

「こんなときまで真面目な奴だな。パーッと楽しもうぜ、パーッと」

 クラスメイトの一人に絡まれる彰。

 まあこいつの言い分も合ってるか。クリスマス会は楽しむための場。問題を抱えたままというのが罪悪感を募らせるが、少しの間忘れさせてもらおう。

「にしても二学期もようやく終わったよな」

「終わってみればあーっと言う間だった気もするけどな」

 紙コップを片手に彰も周りに混ざっていった。




 風向きが変わったのはクリスマス会始まってから三十分後だった。

「それでは始めましょう! 一発芸大会!!」

 司会の美佳が宣言すると、歓声が上がる。みんなテンションが上がっているようだ。

「出席番号順に指名していくので、当てられたら前に立ってください。ではまず赤松君から!」

「そんなの聞いてないぞ……?」

 反対にテンションが落ちていくのが彰だ。

 そもそもクリスマス会に一発芸って……まあ、何の催しが無いのも寂しい話だし、手間がかからない一発芸でもという考えなのだろう。にしても場違い感が半端無いが。


「聞いていないとは心外ですね。事前に伝えておいたはずですよ?」

 タイミングを計ったように彰の前に斉藤が現れる。

「だから、俺は事前に連絡を貰ってないって言っただろ!?」

 白々しい物言いに彰がキレる。

「おや、そうでしたね。……けど、まさか一年二組の学級委員長ともあろうものが、この雰囲気の中盛り下がる選択を取ったりはしませんよね?」

「……謀ったな?」

「さあ、何の事か分かりませんね?」

 斉藤は肩の高さで手のひらを上にするジェスチャー付きで返す。


「ぐぬぬ……」

 彰は唸る。

 会話の流れの中でボケるのならまだしも、大勢に注目される中でウケ狙いの芸など彰はしたこともないし、出来るわけが無い。話を先に聞いていれば、前々から準備してどうにか出来ただろうが、このタイミングで言われても無理だ。

 面白いことをやれ、というのはこの世で一番残酷な命令だ、が彰の持論である。

 学校では仁志たちとふざけ合う姿も見せるが、一応学級委員長なので真面目な面の方がクラスメイトの印象に強いだろう。つまり、めったに見れない俺の一発芸に期待される公算が高い。


「…………」

 ダダ滑りから爆死の未来が見えたところで、彰はふと疑問を思いついた。

「ところで斉藤はどうするつもりなんだ。おまえが一発芸なんて……いや、まあ準備はしてるんだろうが」

「……知ってますか、彰君」

「ん、何が?」

 急にテンション変えてどうしたんだ?

「この会場、そろそろ飲み物が尽き始めた机が目立ちますね?」

「あ、ああ、見た感じそうだな」

「そして僕は主催側です」

「………………」

「飲み物取ってくるんで、しばらく会場を離れます。それでは」

「逃げたな!?」

 後ろ手を振って鮮やかに教室を後にする斉藤。


「あの野郎……」

 当然、自分の番が終わるまで帰ってこないつもりだろう。斉藤と話している間に順番もカ行に差し掛かっている。

 斉藤がいなくて司会の美佳がどうするかだが……そこら辺は話がついているのかもしれない。

「つうか高野のタ行ももうすぐか」

 斉藤のせいで余計な時間を取られた。

 彰は少しでも参考にするため、檀上を見ようとして……。

「いや、待て。俺も同じ手段を取ればいいんだ」

 悪魔の考えを閃く。


 斉藤がいなくなったのを美佳がどう誤魔化すかは分からんが、前例が一人いれば自分も通るはずだ。

 つまり考えるべきは一発芸ではなく、どういう理由でこの場を離れるか。

「…………」

 トイレ……は嫌だ。帰って来た時逃げていたのではないかと言われる。

 こう、なんか仕方なかったと思われるような理由を……。


「……あっ、屋上に忘れ物してきちゃった」

「まったく。何を忘れてきたの?」

「ノート。……ねえ、取ってきてよ」

「はぁ? 何で私が?」

「だって外寒いじゃん。この教室人が集まってるからか温かいし」

「それは私も同意見だっての! 自分で取って来なさい」

「えー」

 確か……隣のクラスの女子たちだったはずだ。その二人が言い争いしているのを彰の耳は捉える。


 これは使える……!

「やあ、君たち」

「……えっと」

「二組の高野君だよね? どうしたの?」

 初対面なのに馴れ馴れしく話しかけられたことに戸惑っているようだ。とはいえ、学級委員長をしている関係で顔は知られているのでどうにか応対してもらえる。

「その忘れ物だけど俺が取ってこようか?」

 彰は提案する。

「……え?」

「そんなこの子を甘やかさなくていいんですよ。自分が忘れたのがいけないんですし」

「いやいや、いいんだよ。学級委員長っていう職業柄、人に親切するのは慣れているからね」

 嘘を付き慣れた彰の口は自動的に相手を丸め込む言葉を吐き出している。

「それじゃ、行ってくるよ」

「あ……お願いします」

「もう……」

 そのまま勢いで彰は教室を飛び出した。




「うー……寒い」

 両手で自分の体を抱きしめながら、彰は階段を上る。

 さっきの女子たちの会話ではないが、教室の外は寒い。ここまで寒いならいっそ雪でも降ってホワイトクリスマスになれば雰囲気も出るが、現在そのような兆候は無い。

「さっさと取って帰……るわけにはいかないか。た行……俺の番が終わって時間経ってから帰るのがベストだな」

 突発的に飛び出したので特に暇を潰す手段は持っていない。屋上でたそがれでもするか。

 そうしている内に屋上の扉に辿り付いて開く。


 開いて、目に入って来た光景に彰は驚く。


「え……?」

 すでに夜に差し掛かろうとしている時間帯。外は暗くなり始めているが、それでも一人の女子生徒がぽつんと屋上に残っているのは確認できた。

 彰がよく知るその後ろ姿。

 扉の開閉音に反応したのか振り返って顔を見せたのは、ハロウィンの夜から細心の注意を払って二人きりになるのを避けていたその人。


「あ……」

 彰の幼なじみ、八畑由菜。


 こんなところで会うと思っていなかった彰の頭が真っ白になる。

「どうして……こんな寒いところに」

 とりあえず思いついたのは平凡な質問。

「美佳にここで待ってと言われたから」

 一方、由菜の方に戸惑った様子は無い。


 どうして美佳が?俺が屋上に来ることが分かった?偶然?必然だとしたらあの二人が?けど、俺が引き受けることが分かるはずが斉藤に仕掛けた取引その狙い由菜の場所の把握クリスマス会という場が引き起こした効果テンションと突発的事態による注意の喪失。


 頭の中でグルグルと回る疑問。

 それより大事な事実は。


 今、正面に由菜がいるということ。


「………………」

「………………」

 うつむいていた顔を上げる。由菜と目が合う。


 聖夜の空の下、彰と由菜は二か月ぶりに対面した。

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