二百七話「彰の葛藤」
それから数日経った。
彰と由菜が話し合って、問題も解決……なんていう結末にはまだ至っていない。
「いつになったらあの二人は話し合うんですか……」
「それは私の方が聞きたいわよ」
放課後にうんざりとした様子で話し合う恵梨と美佳。
「その内って言ってたんですけどねえ……」
「まだその内に入るって彰は思っているんでしょ」
彰と由菜の無視は継続中。仲間の、そしてクラスの雰囲気は改善されないままだ。
「彰は恵梨に前向きな言葉を返したんでしょう?」
「はい、そうですけど」
「なら、彰のやる気はあると判断して……おそらくきっかけが掴めないんでしょうね」
「きっかけ……」
「二ヶ月も無視していたんですもの。どう話を切り出していいか分からないのよ。恵梨も似たような経験あるでしょ」
「そうですね」
夏祭りのときに由菜さんと彩香に両親のこと、彰さんの同居していることを私は問いただされた。黄龍とサーシャの問題が起きていて時間が無かったから、ラティスさんの『記憶』で強引にその場は流された。
そしてそれを話したのは約二か月後。体育祭で美佳さんに乙女会議の場を設けてもらってからだ。
考えると……今の彰さんは私と同じような状況。偉そうに物を言える立場じゃありませんね。
「実を言うとあのとき同様にお節介は焼いてるのよね」
美佳が言うあの時とは、乙女会議のことだろう。
「それとなく二人きりにしようとしたり、偽の呼び出しで会わせようとしたり……」
「初耳ですね。……って、あれ。なのに彰さんは」
「そう、全部察知して彰に逃げられている。全く鋭いなんてレベルじゃないわ」
「逃げるって……結局向かい合うつもりないんですか!?」
前言撤回。
覚悟を決めて話をした私に比べて、この期に及んで逃げる彰さんは情けない。
「まあまあ落ち着いて。恵梨の問題と比べて、彰の方は二年前からの物。根が深いのよ。それ相応の覚悟が必要になるわ」
「ですけど……」
「彰は由菜と二人きりになる前に回避行動を取っている。逆に言うと状況を作ってしまえばそれ以上は逃げないと思うわ……おそらく」
自信無さそうに付け足す。
「じゃあさっさと彰さんと由菜さんを二人きりにさせましょう」
「だから、それが失敗しているって言ったでしょう。無視しているからこそ、彰はニアミスが起きないように学校でいつも由菜の動向を正確に把握している。つまり偶然には頼れないし、何か仕掛けるとしても私は警戒されていてことごとく見破られたしそれは恵梨も同じだと思うわ」
「面倒臭い人ですね……」
力の使い所を間違っていると思う。
「由菜の方はそこまで積極的に彰を避けようとしていないわ。だからどうにか彰を罠にハメたいのだけど……」
「家にいるところに訪問させるとかはどうですかね?」
「うーん……たぶん、自分の部屋に閉じこもって出てこないと思うわ」
「それもそうですか。なら、学校で決着をつけるべきですけど……」
「時間割の決まっている学校じゃ彰も由菜の動きを把握しやすい。全力で逃げの一手を打たれては無理だと思うわ」
「……彰さん、本当に由菜さんと向かい合うつもりあるんでしょうか?」
「うん、私も話していて疑問に思えてきた」
味方になれば頼もしい分、こういうときは彰の能力の高さが厄介だ。
「はー……」
まるで彰を敵みたいに扱っていることから、ハロウィンを思い出す恵梨。
あのときも厄介でしたね。ハミルさんを使ってまで全力で私たちの目を背ける策を使ってきて……。今にしてみれば何とも単純なトリックを見破れなかったのは、偽彰の甘言やハロウィンというイベントでテンションが上がっていたってのも一因でしょうか。
「……あ」
思い返すうちに、恵梨の脳裏にひらめくものがあった。
そうだ、だったらこっちも同じことを仕返せばいい。
幸いなことにハロウィンに並ぶイベント……クリスマスはもうすぐだ。
「美佳さん、提案があります」
「ん、何? よほどの策じゃなきゃ彰もかからないと思うけど……」
「まあ、それは話を聞いてからにしてください」
あまり期待して無さそうに返す美佳だったが、恵梨の提案を聞くうちに話にのめりこんでくる。
「……っていう考えなんですけど」
「それは……確かに良さそうね」
「問題は準備の方ですが……」
「……それならアテがあるわ。斉藤君たちがやろうとしていたし、それに便乗する形で……リターンの用意も出来るし、winwinの条件を提示すれば大丈夫なはずで……」
美佳が自身の情報網を辿る。
「何とかなりそうだわ! さすが恵梨、ナイス提案よ!」
「お礼は彰さんと由菜さんの問題が解決してからにしましょう」
「そうね……時間もたくさんあるわけではないし……」
Xデーは一週間後。思いついたそれを形にするには余裕のある時間ではない。
「全く……ここまでさせといて、由菜と仲直りできませんでしたじゃすまないんだからね」
「毎回毎回彰さんには振り回されて……たまにはこっちの事情で動いてもらいますよ」
二人が決意を新たにしたその頃。
「……うむ、揃ってるな。ご苦労様だった」
斉明高校生徒会長、毬谷千鶴。
彼女はプリントを揃えながら、彰をねぎらう。
「まあ、学級委員長としての業務ですから。毬谷先輩こそお疲れ様です」
「あ、ああ。ありがとう」
今日はやけに素直な彰くんだな。調子が狂う。
鞠谷は彰の様子に疑問を持っていた。
今のだっていつもなら人をおちょくるような発言が返ってきておかしくないはずだ。プリントを確認している間だって何か考え込んでいたようで黙ったままだったし……。
そのとき生徒会室の扉が開く。
「はあ、もうようやく追試も終わりましたよ……って、彰さん!?」
生徒会会計。中谷花の登場である。彰にいきなり会って驚いているようだ。
「花先輩。お疲れ様です」
「だから、私の名前は中谷花で………………って、あれ?」
「それくらい知ってますよ」
一見すると、花がおかしなことを言っているだけの会話。
だが、毬谷は空回りしているのは彰の方だということに気付いている。
花に会うたびに名前を間違うネタでからかっていた彰くんが、普通に名前を呼んだ。……こんな判別方法もおかしいが、やっぱり彰くんは……。
「………………」
「どうかしましたか?」
毬谷が考え込んでいるのに気付いたのか彰が声をかける。
「それはこちらのセリフだ。何かあったのかね、彰くん?」
「……それは抽象的な質問ですね? 何かあったと言えば、今日だって学校があって授業があってとどうとでも言えますけど?」
「何かあったんだな」
「…………何も無いですよ」
煙に巻くような彰の返しに、毬谷は確信する。
今一瞬返答を躊躇った。そのときに彰くんの顔に浮かんだ、しまったという表情。……どうやら自分がいつもと違うことは自覚しているみたいだな。
「いやいや、それは信じられないですよ。彰さんこの前今度会う時までに間違えた名前考えてくるって言ってたのに……いや、名前を間違えられたいってわけではないんですけど」
花も毬谷ほど重くは受け止めていないがおかしいとは気付いたようだ。
「そういえばですけど、期末試験も本調子じゃなかったようですね。……それでも私より上の点数を取っているから憎いですが」
今まで黙って仕事をしていた倉津静利も今思い出した風に装ってつぶやく。本当は合った瞬間から文句を添えて言ってやりたかったようだが、あまり気にしていると思われるのも癪で黙っていたら、彰がいつもと違うことに気付いたようだった。
「もう一回聞く……何かあったのか?」
二人の反応を味方に毬谷はもう一回彰に問う。
「……古月さんに聞いてください、おそらく知っているでしょうから」
彰は暗に認めて、今ここにいない生徒会副会長の名前を出した。
「すいません、今日は失礼します」
それでも詳しく事情を聞きたそうにしている面々を振り切って生徒会室を去る。
「………………」
廊下に出た彰の脳裏にある思いは不甲斐なさだった。
あまり接点の少ない生徒会長たちにも分かるくらい今の俺はおかしい。
理由は当然由菜との問題だ。
恵梨には話し合うって言ったが……由菜に何を話せばいい?
二ヶ月も無視していたのにこちらから折れる気恥ずかしさ。そして二年間も嘘を付いていたことに対する後ろめたさ。
これらを乗り越え、折り合いを付けない限り由菜とは向き合えない。
「やらないといけない……それは分かってるんだがな」
今こうしている間も迷惑をかけている。
夏休みの宿題を最終日に慌てて終わらせた恵梨や由菜を見て「するべきことを後回しにするんじゃない」と偉そうに言っていた。
けど、それは俺が勉強が得意だったから言えたのだろう。いざ苦手な問題に直面してみて、こうやって後回しにする自分が現れたのだから。
「情けない……」
最近は自分の至らない面を見つけてばかりだ。
「このままじゃ駄目だ。……せめて何かキッカケがあれば」
そう言いながら美佳の気遣いを何回も無駄にした自分を思い出し一層自己嫌悪に落ちる。
「ああもう……」
頭を抱え悩む彰。
結局彰は覚悟を決めきれないまま、日付は12月24日、二学期終業式を迎える。




