二十話「要求」
ラティスは要求を伝える。
「少し私たちの手伝いをして欲しいだけですよ」
「何の手伝いだ?」
彰としてはそう答えるしかない。
「君たちと利害も一致すると思いますよ~」
「……核心を話せ」
「おお、怖いですね~」
ラティスは両手をあげて驚いてみせる。
「簡単です。君たちには、あの科学技術研究会を潰して欲しいんです」
「研究会を潰す?」
いろいろと裏がありそうで、戦闘用の人間を開発するようなあの組織を潰す?
「……ものすごく難しいと思うんだが」
「はい。ですから、今すぐにとは言いません。それに他にも協力してくれそうな人がいますので、君たちだけでというわけでもありません。だから正式には、研究会を潰す手伝いというところですかね。時期が来たらお願いします。そのときは僕たちも援助しますから」
「……脅迫するようなやつの援助か?」
ラティスは両手を振る。
「滅相も無い。君たちの戦闘力を封じたのは、僕らがいきなり攻撃されるのを防ぐための保険さ。僕たちは、戦闘力は皆無だからね。能力者は血の気が多い人がほとんどで、話しかけたらいきなり攻撃される事も少なくないんだ。そういう意味では最初から対話を選んできた君たちは結構珍しくて……」
「御託はいいから、今すぐ解除しろ」
「おお、怖い。やっぱり血の気が多いなぁ」
「………………」
「そんな本気な顔をしないでよ。冗談だってば。……まぁ、いまさら攻撃すると思えないし。そうだね」
パチン、と指を鳴らすラティス。
しかし指を鳴らすのは演出であり、ただ頭の中で発動を念じれば異能、記憶は発動される。
会話を聞いていた恵梨は、恐る恐る足を踏み出した。
「おお、歩ける」
「そうみたいだな」
彰もその場で足踏みして確かめていた。歩き方は思い出したようだ。
次に能力が使えるか確かめるために、手に剣を生み出そうとする。
「よしっ、できた」
彰の手に緑色の剣が握られる。その剣をラティスに向けて一言。
「さぁ、反撃と行こうか」
「……冗談だよね?」
「……………………ああ、冗談だ」
彰も誰彼構わず戦いたい訳ではないので、敵意の無い者とは戦う気も無い。
持った剣を解除して風に戻した。
ラティスが満足そうにうなずく。
「それで研究会を潰す、ってのはどうなんだい?」
「確かに、俺たちはあの組織に追われている身だ。生き残るためにはいつか研究会を潰すか、和解かしないといけないかもな。……まぁ、和解ができるとは思えないから潰すしかないんだが。……だがおまえたち、異能力者隠蔽機関だけで大丈夫じゃないか?」
恵梨が話に入ってくる。
「……どうしてですか、彰さん。さっきラティスさんは、自分たちには戦闘力が無いって言ってましたよ」
「少年の考えていることは分かるよ。記憶を使って、組織の構成員全てに息のやり方を忘れさせればいい、とか思ってるんじゃないかな?」
「ああ。それだけで皆、窒息死だろう」
「そんな使い方があるの!?」
「無理だよ、お譲ちゃん。歩き方、能力の使い方は意識的にすることだから忘れさせられるけど、息するということは無意識にやることだから忘れさせられない。それに僕の能力で人を殺すことはできないんだ」
「そうなのか」
「そうなんですか」
「あの、えーっと……」
そこで、異能力者隠蔽機関の三人目の頼りなさそうな女性が話に入ろうとする。
が、スルーされて、代わりに秘書風の女性、リエラが話に入ってくる。
「あの組織は何かよからぬことを企んでいます。あの男、鹿野田の所属している能力研究部門でしたか。特にそこが危険ですね」
「そうかもな。……ならその野望のことを忘れさせればいいんじゃないか、ラティス」
彰は提案する。
「それはいい案かもしれないけど、無理だね。僕の能力には限界があってね。思い出させなくする事象の数、人の数には限界があるんだ」
「……だから組織の構成員全員に、能力をかけられないということか」
「端的に言うとそうなるね。それに鹿野田とかいうあの男の、能力者に対する執念が大きくてね。そういう強い執念を忘れさせるのは結構大変でね。鹿野田から能力者のことを忘れさせるだけで、僕はもう限界が来そうなんだ」
「あ、あの~」
白熱する会話の一瞬の空白を狙って、その女性が話に入ってこようとする。
しかし無視されて、リエラが鹿野田の意見を補足する。
「ラティス様は他の色んな場所でも記憶を使っています。そんなに余裕が無いんです」
「それなら能力者全体は無理でも、研究会の連中に俺たちの存在だけでも忘れさせられないか? 俺たちは今、研究会に追われているんだ」
「……それぐらいなら、僕たちと協力するなら交換条件として考えなくもないかな」
「そうか」
「……それと、能力の限界についてだけどね。今日の騒ぎについても半年ほどしたら能力を解除するつもりさ。半年も前のことを人は覚えているわけないからね」
「大丈夫なのか?」
「僕の記憶は記憶を消す能力じゃなくて、思い出させなくする能力だ。君も特別に思い出すことも無かった半年前の出来事なんて覚えてないだろう?」
「……そうだな」
「す、すいません!」
大きな声を出さないと気づいてもらえないという事で、三人目の女が声を張り上げた。
彰はそこで、すっかり忘れていた三人目の女性にやっと気づいた。
「もう少し時間が経ちましたら、次の場所に移動しないといけませんです、ラティス様」
「……分かったよ」
その女の声はどこか弱々しくて、おどおどしていた。
「だから急がないといけませんです」
「あれ?」
彰はその女とは初対面だったが、声は知っていた。
自分が風の錬金術の能力を持っていることを教えてくれた声だ。
「もしかしてあなたは……?」
「彰さん、顔見知りですか」
恵梨が反応する。
「いや顔は知らないが。……この人の声は、俺が風の錬金術者であることを教えてくれたんだ。そうですよね」
「さっき言っていた、彰さんにテレパシーをした人、という事ですか」
二人に一斉に聞かれて、その女性はあわてだす。
「えっ、あっ、と。……そうです」
その女性は挙動不審になりながら答える。
「ありがとうございました。……えーと」
そういえば頼りなさそうなその女性はまだ名乗っていない。
彰の奇妙な間で気づいたのか、その女性は自己紹介をする。
「わ、私の名前は、ハミルです」
「そうか。助かりました、ハミルさん」
「いや、えっと、その」
礼を言われて恥ずかしいのか、ハミルはうつむく。
「テレパシーは、あなたの能力なのか?」
「…………はい」
ハミルは肯定する。
「ということは、ラティス。おまえが恵梨を助けるように指示したのか」
今更だが、彰はテレパシーの途中でハミルがラティスの名前を呼んでいたことを思い出す。
「そうだね。研究会は能力者で実験しようとしているんだから、なるべく能力者は保護しておかないといけないからね」
それを聞いて、満足する答えをもらった彰はハミルの方に体を向ける。
「あの時はどこから、こちらの状況を確認していたんだ?」
「……それは、その、私の異能、探知を使えば、異能力者の状況が離れたところからでも分かるので」
「探知? テレパシーを送ったのも、その能力なのか?」
「えーと、その、念話とは、また違う能力です」
「……ということは」
彰は頭の中を整理する。
「…………能力って二つ持てるのか?」
「そうなんですか? 私は聞いたことがありませんよ?」
恵梨も聞いたことが無いようだ。
「その、能力しだいでは二つも三つも持つことができます」
「そうなのか。……でも、能力って親からの遺伝じゃないのか? ……親が何個も能力を持っているのか?」
彰が質問したところで、ラティスが話に割り込んできた。
「それを説明するのはまたの機会にしよう。僕たちは急がないといけないからね」
と言って、強引に話を打ち切る。
「……それで、さっきの要求は聞いてくれるということでいいんだよね」
「……研究会を潰すって話か? 記憶を使ってもらって、研究会が俺たちのことを忘れれば追われなくなるだろうし。俺はいいぜ。恵梨はどうだ?」
彰は恵梨の意見も聞く。
「そういうことなら、私も賛成です」
「そうかい、ありがとう」
いや~、良かったよ、と言うラティスに彰は少し考えて、
「引き換えに、こちらからもう一ついいか」
と要求した。
「なんだい。僕にできることなら何でもするよ」
「お前にしかできないことだ。……恵梨を俺の通っている高校に入れてくれないか」
「……えっ! 彰さん!」
彰は昨日のうちに、恵梨の家が彰の家から遠く離れたところにあることを聞いていた。当然恵梨の通っていた高校もその近くにある。恵梨は研究会から逃亡していた一週間、学校に行けなかった。
彰は恵梨を家族に迎え入れると言ったのはいいが、学校についてはどうするかと考えていた。
そこに、ラティスの登場である。
「おまえの能力を使えば簡単な事だろう」
「……確かに、以前通っていた学校と少年が今通っている学校で、記憶を使って記憶を操作すればすぐにできることだけど……どうしてなのかな?」
一瞬話していいものか迷ったが、恵梨に視線を送ると気付いた恵梨が、大丈夫ですよとうなずく。
「恵梨の両親は科学技術研究会に殺されたんだ。頼る親戚もいない恵梨を、俺は家族として受け入れたんだ。恵梨が元々通っていた学校はここから遠いし、それなら二人一緒の学校のほうがいいだろ」
「……うう、感動的な話だね~」
ラティスは、(出ていない)涙をぬぐった。
「………………」
恵梨が、ジトーとした目でラティスを見る。
ラティスは、(出ていない)涙をぬぐいきって言った。
「うん、いいだろう。こちらばかりお願いするのも肩身が狭かったしね。……ふむ、今日は日曜日か。明日には学校に通えるようにするよ」
「ずいぶんと仕事が速いな」
「それぐらい簡単だからね」
ラティスが彰の要求を呑んだ。
「あの、ありがとうございます」
「いいよ、これぐらい」
恵梨のお礼に片手を振って返して、左右のリエラとハミルを見るラティス。
「さて、そろそろ行こうか」
「承知しました」
「はいです」
その姿を見て、ふと一つの疑問が浮かぶ彰。
「おまえらは何で世界の秩序を守るために、一般人から能力者についての記憶を消しているのか?」
ラティスは、少しキョトンとした。その後、苦笑した。
「ふふ、その質問をしたのは君が初めてだよ。本当に頭がよく回るね。……理由はね、僕の運命とか罪滅ぼしといったものだよ」
「???」
当然意味が分からない。
ラティスは仕切りなおすように、別れを告げる。
「じゃ、またね。君たちが騒ぎを起こして、能力を使うところを見られでもしたら駆けつけるよ」
「それはありがたいな」
「……その様子だと、すぐに会うことになりそうな気がするね~」
「俺も何故かそう思うよ」
「それでは」
ラティスが頭を下げる。
そして次の瞬間、掻き消えたかのようにラティス、エリス、ハミルはの姿が見えなくなった。
「「消えた!?」」
二人ともがまばたきもしない内に消えたのだから驚く。
「…………そういえば、いきなり消えたのも分かりませんが、いきなり現れた方法も教えてもらってませんね」
恵梨が今更な疑問をつぶやく。
「……記憶で三人が立ち去ったのを忘れさせた、とかでしょうか?」
「違うと思うぞ。……三人の姿が消えてから時間が経ってない。記憶が思い出せないのだととしたら、時間が過ぎているはずだ……」
そして彰は空を見上げて言った。
「まぁ、今度会ったら教えてもらうか。どうせすぐ会えるような気がするからな」
「すぐって、いつですか?」
「勘だが、かなり近い気がする」
「……また、こんな戦いが起こるんですか?」
「勘だ、って言っているだろう」
彰は空に向けていた視線を恵梨の方に向ける。
「それでは、我が家に帰りますか」
「……はい! そうですね!」
そうして、二人は今日の出来事や、ラティスに言った転校の事などの話をしながら、家に帰るのであった。




