百九十八話「彰の過去2」
更新再開二日目。
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高野彰。中学二年生。
カツアゲされていた生徒を救い、他の不良たちに宣戦布告をした。
その三ヶ月後。
「はい、彰。お弁当」
「サンキュー。……全く母さんも母さんだよな。人の家に息子の弁当を作らせるなんて」
「まあまあ。お母さんも人数増える分にはそんなに手間は増えないって言ってたし。……っと」
「危ないな」
風に吹かれ飛ばされた弁当袋を彰はキャッチ。
「ありがと」
それを由菜に手渡した。
彰が通っている中学校。昼休み、その屋上での一幕。
彰と由菜はベンチに座って隣り合って弁当を食べていた。彰の母、 が「弁当作るのダルイ」と由菜の母、優菜に頼んだため二人の弁当の中身は一緒だ。もしそれが周りにバレたなら、冷やかされただろうが二人ともその心配はしていなかった。
というのも屋上には二人以外誰もいなかったからだ。
「全く、俺の姿を見るなり逃げ出しやがって」
「しょうがないって。彰、自分がどんな風に噂されているか知ってるの?」
「いや」
「『暴虐無慈悲な番長』とか『1対10のケンカに勝る人間離れの強さ』とか……とにかくあんまりいい噂は聞かないよ」
「はあ? 尾ひれが付きすぎだろ」
「だよね。噂なんて話半分に聞くくらいがちょうどいいよね」
「そういうことだ。俺が相手できるのは1対5くらいまでだっつうの」
「話半分ってそういう意味じゃないような……?」
それでも十分にすごいし、と由菜はつぶやく。
「でも誤解なら違うよって言った方がいいんじゃない?」
「いいんだよ、言いたい奴には言わせとけば」
「ん……そっか」
不良としてケンカに明け暮れる毎日が始まって以来、学校で彰の評判は悪くなる一方だった。
三か月経った今では姿を見ただけで逃げられるレベル。教室ではいつも腫れ物扱いだ。
付き合いが浅かったとはいえ友達と呼べるような人物も何人かいたが、全員彰のことを避けるようになった。そのことについて彰は『この程度で縁を断つくらいなら、最初からその程度の関係だったってわけだ』と強がりでもなく言っている。
教師でさえも彰との接し方が変わり、仕事人間であまり息子の生活に干渉しない両親はこのときも口を出さず、よって彰と変わりなく親身に接してくる人間は由菜だけになっていた。
いつものように弁当を食べる二人。その中、ぽつりと由菜が聞いた。
「ねえ、彰? 今の生活楽しい?」
「……ああ。灰色だった景色が色鮮やかになった気分だな。今までほんと退屈だったから」
「だろうね」
思春期の男子ともなれば部活に精を出したり、趣味に没頭するなりで有り余るエネルギーを発散するものだ。しかし、部活に入っていなく、特筆するような趣味も無かった彰にはそういうものが無かった。
くすぶっていたエネルギーの発散先、ケンカという暴力が見つかって毎日が楽しく思えるのだろうことは由菜にも分かっていた。
「ほんと周りは『ケンカを止めろ』だの『どうして変わってしまった』だの……俺から生きがいを奪うなっつうの。変わったんじゃなくて元からこうだったんだよ。肯定してくれるのは由菜だけだぜ」
「……本当はね、私だって反対だよ? だけど私は……私だけは前の彰も、今の彰も十分に理解しているから。今の生活が充実していて、前の生活じゃ退屈してたんだろうなって思うと、どうしても前に戻れって言えないだけ」
「それでも結構。理解してくれるだけ助かるぜ」
実際由菜の、理解者の存在は自分の中で大きかった、と後の彰は振り返る。
自分でも暴力が世間一般から疎まれることは理解していた。それでもケンカにどっぷり浸かる日々を送れたのは、由菜という人間が普通の生活、日常に繋ぎとめてくれていたからなのだろう。
不良なのに学校にちゃんと出ていたのも『学費を払っている親のためにも、学校だけは絶対に通いなさい』という由菜の発言があったからだ。
「はあ、食った食った。ごちそうさん」
弁当箱を返す彰。
「お粗末様でした。……にしても食べるの早くない? ちゃんと噛んでるの?」
「細かいことは気にするなって。……あっ、そうだ由菜。数学のノート持ってねえか? 確か午後の授業で宿題あったよな?」
「持ってねえか、じゃないでしょ。そこは見せてくださいって頼むところよ」
「見せてください」
「由菜様」
「……見せてください、由菜様」
「よろしい」
「…………ったく、どうしてそんなに偉そうに」
「文句言うなら見せなくたっていいのよ?」
「すいませんでした、由菜様」
屋上にカバンごと持ってきていた由菜は中身をあさる。
今の学年一位の成績を取る彰からすれば考えられないことだが、この頃の彰は由菜に宿題を見せてもらっている立場だった。当然成績も下から数えた方が早かったが、そんなこと気にしていなかった。
ちなみに上下関係はこのやりとりから分かるように、今と変わらず由菜の方がやや上である。
「えっと……こっちだね」
二冊のノートを見比べてから彰にその内の一冊を渡す。
「サンキュー。って今、どっちのノートにも数学って書いてなかったか? ドジか?」
「あはは、ちょっとミスってね」
バツが悪そうに笑う由菜。
「……にしても宿題っていうのは面倒だな。学校に通わなければこんなのに苦労しなくて――」
「何か言った?」
「いえ、何もありません由菜様」
直前までの態度など何のその。威圧する由菜の雰囲気に、居住まいを正して返答する彰。
「学校だけは通っていた方がいいって、その重要性は何回も言ったでしょ? 私は彰のためを思って言ってるんだからね」
「分かってるけど……本当にそうなのか?」
念押しするように言う由菜に、一抹の疑問が浮かぶ彰。
「え……な、何がよ」
「いや、本当に俺の為だけだったら、そんなに執着していられるのもおかしいと思ってな」
その彰の追及に、由菜は頬を真っ赤にして。
「え、えと……そ、それは、その…………べ、別に彰が学校に来なかったら一緒に居られる時間が少なくなるとか、そんなこと考えてたりなんか――」
「ま、いっか。別に気にすることでもないし」
「………………」
「ん? 今、由菜何か言ってたか?」
「な・ん・で・も・な・い・で・す」
高野彰、この頃から鈍感は健在である。
キーン、コーン、カーン、コーン。
そのとき丁度チャイムが鳴る。
「やべっ、もう掃除五分前か。……急ぐぞ、由菜!」
「あ、ちょっと待ってよ彰。まだ、弁当箱も閉まってないのに……きゃっ!」
カバンをチャックを閉めて、持ち上げようとして、立ち上がろうとして、進みだそうとして……あわてて一度に動作した由菜は、カバンの紐を踏んで転んでしまう。
「鈍くさいな……」
由菜に手を貸そうとした彰はそこで気づいた。
転んだ拍子に由菜のスカートがめくれかけていることに。
「………………」
幸い(不幸?)にもまだパンツは見えていない。そのギリギリなところにそそられた彰は目が離せなくなり、次第に念じた。
――後の彰は語る。
「あの頃は若かった」
「いや、彰さんまだ高校一年生ですよね?」
恵梨がツッコむ。
風よ……吹け!!
由菜のスケートをいい感じにめくり、かつ由菜にスカートがめくれたことに気付かないような丁度いい感じの風よ来い!!
「………………」
……とまあ、念じたところでその通りのことが起きるわけが無――
ふわり。
「……っ!!」
起きた。
由菜のスカートがいい感じにめくられ、かつ由菜はスカートがめくられたことに気付いていない。
青と白のしましまパンツが白日の下にさらされた。
眼福、とその光景に集中する彰。中学二年生にもなって随分と嗜好が幼いように感じたが、いつも元気な由菜とは合っている。直前に言いくるめられたこともあり、いい気味だと夢中になる彰。
「痛っ……もう、彰見てないで手を貸しなさいよ」
「……ああ、分かった」
そうやって由菜が立ち上がるまでにかかった時間は五秒ほどだったはずだが、彰の体感時間的には一瞬でありながら永遠に感じられたという。
後に能力者会談で雷沢の説明を聞いて、このときの出来事が風の錬金術を初めて発動させた結果だと知る彰だった。




