百九十七話「知りたい気持ち」
大変長らくお待たせしました。更新再開します。
ここからは毎日更新で八章終わりまでノンストップで行きたいです。
「………………」
「………………」
無言の食卓。
恵梨と美佳が話し合った夜、彰と恵梨はお互い一言も発さずに夕食を取っていた。
そこに由菜の姿は無い。
いつも夕食は彰家で取っていた由菜も、あのハロウィンの夜以来、彰家を一回も訪れていない。
「…………」
恵梨が黙っている理由は覚悟を決めるため。
彰と由菜。二人の事情に踏み込むために、どちらに聞くのが正解か?
迷った結果彰に話を聞くことにした。由菜との方が聞き出しやすいかもしれなかったが、表面上落ち着いているだけで恵梨と由菜の間には能力のことを黙っていた問題が残ったままである。
その問題を放っておくつもりは無いが、今は二人の問題を解決することに優先したい。
そのため彰に聞くことにしたのだ。
「ごちそうさま」
そして彰が夕食を食べ終わった。
流しに自分の皿を持って行き、そのまま部屋に戻ろうとしたところで恵梨は声をかける。
「彰さん、話があります」
「……やっぱりか」
夕食中黙っていた恵梨から、その展開を予期していた彰はおとなしく食卓に再度ついた。
「で? 話っていうのは何だ?」
彰が話を促してくれる。
「………………」
恵梨は考えていた。
普通に彰さんに聞いても話してくれるはずが無い。その程度で話してくれるんだったら、事態がこじれる前に自分から話してくれただろう。
だから。
「美佳さんから話を聞きました。彰さんが由菜さんを無視しているのにはそんな理由があったんですね」
恵梨が取った手段はカマにかけることだった。分かったフリをして聞くことで、彰の反応からどのようなことがあったのか推測する。
彰さんのことですから全部話してくれるとは思いませんが、少しだけでも――
「はぁ。俺をカマにかけようなんて、そんな手が通じると思うか?」
「カ、カマって……な、何のことでしょうかねー?」
「違うのか? 大体美佳が俺の了承無しに話すわけが無い」
「…………」
あえなく彰にやられた恵梨は沈黙する。
「恵梨が気になる気持ちも分かる。だけどこれは俺と由菜の問題なんだ。そっとしておいてくれ」
言外に話は終わりだと伝えながら、立ち上がろうとする彰。
「……気持ちが分かる? 本気で言っているんですか、それ?」
ここで引き止めなければ話が終わってしまう。そんな打算を元に恵梨はその言葉を発した……訳ではない。
「私がどうして気にしているのか、本当に理解しているんですか?」
単純に彰の身勝手な言い分に怒りを覚えたからだった。
「確かに彰さんと由菜さんが心配だから気にしている……そういう気持ちもあります。ですけど、私がこの問題を解決したい一番の理由は、以前のようなみんなが笑って過ごせるように戻したいと私が願っているからです」
「それは……人様の問題にかかわるには、いささか身勝手な理由だな」
「ええ、身勝手ですよ。彰さんと由菜さんの二人が空気も読まずに無視し合って、雰囲気を悪くしているように、私だって身勝手に動きます。今決めました」
元々恵梨が動いている理由はクリスマスをみんなで過ごすため。言葉にして自分の中で理由が明確になったのを感じた。
「迷惑……か」
虚を突かれたような彰の反応。
「もしかして彰さん皆さんに迷惑かけてることに気付いてなかったんですか?」
「だって……これは俺と由菜の問題で……それに由菜以外にはいつも通り接していたし…………」
どうやら図星だったようだ。
「……はあ。本当に彰さんは人の気持ちが分からないんですね。
由菜さんとのことも私に深いことは分かりませんでしたが、聞いていた感じだと約束を破ったのにあんなに突き放した言動を取った彰さんが悪いと私は思っています。あんなことされて由菜さんが傷つくと思わなかったんですか?」
あれだけ雰囲気を悪くしているのに、本人は無自覚だった。
その事実に恵梨はまたも怒りを覚えて……ヒートアップしてこう吐き捨ててしまった。
「だから彰さんは鈍感って言われるんですよ」
鈍感。
彰にとって聞きなれてしまったその言葉。
いつもなら聞き流すことが出来た。
だが。
『この鈍感野郎が……自分の周りの人間の感情に気付かず粋がりやがって……』
夢で昔のことを見てしまい記憶の封が緩くなっていたこと。
いつまでも由菜との問題が解決しない苛立ち。
火野に自分だって分かっていることを指摘されたこと。
そして熱くなった恵梨の高圧的な口調に。
彰は珍しく自分の感情を制御できず怒鳴り返してしまった。
「うっせえんだよ! 俺は鈍感じゃねえ!!!」
「っ!」
ビクッと身を委縮させる恵梨。
恵梨と彰も一緒に生活して長い。怒られることだって何回もあった。
それでもここまで強く言われたことは初めてだった。
「ご、ごめんなさい!」
「あ…………」
頭を下げながらびくびくと震えている恵梨。こちらのことを窺って……いや恐れている態度。
それを見て彰は自分が失敗したことを理解した。
「え、えっと……すまん。ちょっと昔のことを思い出してしまって」
「いや、その、私だって強く言い過ぎたというか」
「………………」
「………………」
気まずい沈黙が流れる。
「……くそっ。俺はいつもこうなんだ」
彰は今の、そして過去の行いを悔いる。
「自分のことばかり優先して周りに迷惑をかけてしまう。人の気持ちが分からなくてそれを読み取れない。気づいたときにはもう手遅れ……。
だから変わろうとして……それなのに……!」
「彰さん……」
どんな言葉をかければいいんだろう?
上辺だけの慰めの言葉ならいくらだってかけられる。でも、ここまで深く悩んでいる彰さんに必要な言葉はそんな軽いものじゃない。
「聞かせてくれませんか。彰さんの過去を」
だから気づけば恵梨はそう口にしていた。
「思えば私は彰さんの『自分を犠牲にして周囲を守る』という主義に対して何も考えず反対しかしてきませんでした。普通に考えれば、そうなった背景も加味して意見をするべきなのに。
……今の口ぶりからすると由菜さんとの約束と彰さんの考えは関わりがあるんですよね?」
恵梨の胸中にはある思いがあった。
彰さんのことをもっと知りたい。
こんな時にも的確な一言を差し出せるように……彰さんの全てを。
もっと対等な立場になるために、役に立つために。
「そうだな…………」
天井を見つめて考え込んでいる彰。
「分かった。話そう」
「え……いいんですか?」
そのあっさりとした返事に驚く恵梨。頑固な彰のことだからもっと反対するだろうと思っていた。
「いいんだよ。そもそもこの話をしなかったのは俺の身勝手だ。みんなに迷惑をかけてまで守る秘密でも無い」
「………………」
「それに……俺もちょっと過去を振り返りたいと思っていたところだ」
「全容を理解するために必要なのは……あの頃の話からだな」
そして彰は語り始める。
二年前、不良となったその後の出来事から。




