百九十三話「彰の過去1」
八章開幕!!
三周年記念、連続投稿二話目です。
一個前にストーリーまとめあるので、まだ見てない方は是非。
「おらっ、持っている金全部出してみんかい!」
「まさかこれだけ……って言うんじゃないよな?」
いつも通る商店街。その裏通り。
少年はふと足を向けたそこで、カツアゲをする二人組を見つけた。
「ひぃっ……えっと」
迫られている気弱そうな男。背中に壁が当たっているのに、前方の二人組を恐れ下がろうとしている。
そんなのではますます追い込まれるだけなのに。
狭い裏通りの更に片隅での出来事。
それを見つけた少年は、そのまま見て見ぬフリをして逃げるのが世間一般的に賢いと言われる選択だと知っていた。
生まれたての小鹿のように震えているのが同じ中学校の制服だからって関係ない。
自分と彼に面識はない。
助ける義理はない。
カツアゲをする二人組は自分に背を向けて迫っているし、二人組が邪魔になって彼からも自分は見えていない。
逃げたって誰からも咎められない。
「………………」
ここまで状況が整っていると、まるで俺が試されているようだな。
この出来事はあのカツアゲ二人組とプルプル震えている小鹿一人だけが登場人物のはずなのに。ただ通りかかっただけの俺に選択が迫られている。
いわく、助けるか逃げるか。
さっきも思った通り、賢い選択はこのまま逃げることだろう。
道徳の授業なら取るべき選択は注意することだろう。
ひねくれた者の選択なら、逃げたと見せて助けを呼んでくることだろう。
だけど……そのどれもがありふれていて、つまらない選択だった。
「………………」
刺激が欲しかった。
窮屈で退屈な学校がやっと終わったところにこれだ。
少年の年は14。中学二年。妄想が激しいことを中二病ともいうが、それは多感な時期に自分は他の人とは違うことを求めるのが一つの要因だと言われる。
少年もそんな思想を持つ一人だった。
だから。
「おら、ジャンプしろよジャンへぶっ!!!」
「ああん、どうしゴフッ!!!」
カツアゲをしていた二人を後ろから殴った。普通では無い選択肢を取った。
「……っ!?」
そして殴ってから驚いた。
現状に退屈していた少年だが、それでもその日まで素行は普通だった。誰かを殴るなんて行為は感情的な衝動からでしか行ったことが無い。
つまり冷静な思考の元でコブシを振るったのは初めてだった。
「これが暴力……」
なるほど。
少年はそのとき一つ学んだ。
「これじゃ世界から暴力が無くならないわけだ」
「あんた、大丈夫か」
「え……は、はい。大丈夫です」
壁に寄りかかったまま座り込んでいる男に手を貸す。
少年の初陣は二対一をものともせずに圧勝だった。まあ、最初の不意打ちが決まった時点で勝負は付いていたようなものだったが。
「えっと…………あ、ありがとうございました」
立ち上がった男だがその震えは止まっていない。
男から見れば少年もカツアゲをしていた二人組も暴力を扱う人間だ。助けてくれたとはいえ、怖がってしまうのは仕方がないだろう。
「………………」
「その、どうして助けてくれたんですか?」
少年が口を開かないので、男の方から話を振っていく。
「助けたかったんじゃない。刺激が欲しかったんだ」
「…………?」
その理由が理解できなかった男。
「分かってもらわなくていい」
少年はそれで話は終わりだ、と踵を返そうとして。
「おまえ……どこに付いてるやつだ?」
地べたに転がっていた二人組の一人が立ち上がろうとしていた。
「……!!」
「なかなか頑丈だな」
手加減はしたつもりは無かったが、初めてふるった暴力。慣れている人間の意識を刈り取るには不十分だったのだろう。
「あまり見ねえ制服だが……おまえどこの者だ?」
よろよろと立ち上がったそいつの言葉を少年は考える。
ここの不良たちにはいくつかのグループがあると聞いたことがある。この二人組はその内のどこかに所属していたということだろう。
そして俺の今の行為を別グループからの攻撃だと受け取った。
「新入りか? 頭の名前を言え」
「………………」
このとき少年にはまたいくつかの選択肢があった。
まず、そもそも答える義理も無いとその場を離れる選択肢。
ただカツアゲを見過ごせなかったと人助けをしただけだとアピールする選択肢。
嘘を言って煙に巻く選択肢。
しかし、刺激を求めて暴力を振るった少年が凡庸な物を選ぶわけが無く。
「そうだな……まあ聞かれたからにはこう答えるのが一番だろう」
暴力の魅力に気づいてしまった少年は、その世界に身を投じる。
「頭は俺だ。新興グループ、高野彰の名前をおまえらのボスにでも伝えとけ」
「…………はんっ、いいだろう。伝えといてやるよ」
それ以上争うつもりは無かったのか、もう一人を抱えて帰っていく。
「……さて、これで後戻りはできなくなったな」
少年、高野彰は独り言ちる。
これからどうなるかは分からない。すぐに報復でも来るのか、それとも対話してくるのか、案外静観するのか。それが分かるほどにここの常識を知らない。
だが、何にしろ昨日までの退屈さを感じる日々は無くなるだろう。
「えっと……高野彰くん……?」
「……何だ。おまえまだいたのか?」
「う、うん……腰が抜けて……」
二人に再度目をつけられないように限界まで体を縮こまらせていた男。彰は二度目の手を貸す。
「ほら、さっさと帰れ。こんなところに来るからカツアゲされるんだろ」
「そ、そうだけど……彰くんは大丈夫なの?」
「主語が無い。何に対して言ってんだ」
「え? えっと……」
男の言葉は明確な考えを持っていなかったようだ。もごもごと口を動かすが、形を持った言葉は出てこない。
「じゃあな」
じれったくなった彰はその場を去り、
キーン、コーン、カーン、コーン。
「…………!!」
そしてそのチャイムの音に慌てて起きた。
風景は裏通りから教室に、そして体は中学二年から高校一年に戻る。
「夢か……」
一瞬で状況を理解。
授業と授業の間の休み時間。昨日の夜が遅かったから少しでも体力を回復させようと机に突っ伏していたのが、いつの間にか寝てしまっていたようだ。
十分とは思えないくらい熟睡していたな。夢も見たくらいだし……。
「………………」
彰は今まで見ていた夢を思い出す。
どうしてあのころの夢なんかを見たんだろうか……?
「まあ、何となく当ては付くが……」
夢とは起きている間の思考の整理だと聞いたことがある。夢に見たころに関する出来事が現在進行中で、考えることも多いから夢にも出た……って、そこまで気にしてたんだな、俺は。
「っと、いかんいかん」
そのまま思索にふけりそうなところを中断。
チャイムが鳴ったということは授業が始まるということだ。なのに前の時間が終わると同時に寝始めたから、この時間の準備が出来ていない。
幸いなことにまだ先生は遅れているようで来ていない。彰は急いで鞄から教科書とノートを取り出す。そして文房具も揃っているか確認して、
「消しゴムが無い……!」
さっきまであったそれの行方をあわてて探す。
きょろきょろと机の上を見回して、その後机の下で同様の動作を繰り返したところで消しゴムは見つかった。隣の机の足元に落ちている。突っ伏したときに机の上から押し出してしまったのだろう。
なあ、消しゴム取ってくれない?
隣の生徒に頼む。それが自然な流れだろう。
隣の机に座っている方が近いから労力も少なくて済む。それと引き換えに自分はありがとうの言葉を返す。
特筆することの無い行為。
「………………」
だが、彰はイスから立ち上がって身をかがめて落ちていた消しゴムを自分で拾って。
「すまん、すまん、遅れたな。委員長」
「起立!」
直前までの不自然さなど感じさせない。スムーズに号令をかけるのだった。




