十九話「異能力者隠蔽機関」
「異能力者隠蔽機関?」
真ん中の男、ラティス(最初に話しかけたのもこいつのようだ)の隠蔽という言葉には、そこはかとなく不吉な予感がする。
彰はとりあえず剣を作り出して対応しようとしたが、
「? 能力が使えない?」
風を起こすことができなかった。
何故だ? 何となくだが自分の魔力が残っているのは分かっているのに。
彰の困惑をよそに、恵梨が三人組に話しかける。
「何が目的ですか?」
恵梨の声音が冷たい物に戻っていた。
「あれ、僕たちのこと知らないの?」
「知らないわ」
恵梨の素っ気無い返答に、ラティスの横に立っている秘書風の女性がラティスに耳打ちする。
「たぶんこの子に会ったのは初めてかと。横の少年についても同様です」
「そうか。じゃあ一から説明しないといけないのか」
ラティスは肩まで手を上げて、やれやれ、というジェスチャーをした。
「異能力者隠蔽機関とはその名の通り、異能者が一般の人に知られないように、裏で暗躍する秘密組織さ」
「……私たちを殺すつもりですか」
隠蔽という言葉から恵梨が想像したのは「死」のイメージであった。
しかし、ラティスは否定した。
「何で? そんなことしないよ。それにこれは君たちのため、そして人間のためでもあるんだよ」
ラティスはへらへら笑う。
「……じゃあ、何をするつもりですか」
恵梨が敵意を持ってにらむ。
「おお、怖いな。……リエラ何でこの子は怒っているんだい?」
ラティスが隣の秘書風の女に話しかける。
「それは、たぶんラティス様の話が迂遠だからではないでしょうか」
「そうなのか。じゃあ、どうすればいいんだい?」
「私にお任せ下さい」
秘書風の女が一歩前に出てくる。
「失礼いたしました。私は異能力者隠蔽機関のリエラと申します」
「……はぁ」
いきなり丁寧にされ対応に困る恵梨。
自己紹介をしたリエラは、立ち振る舞いに一部の隙もないように見える女性であった。
「単刀直入に申しますが、私たちの仕事は世界の秩序を守るため異能力者の存在を隠蔽することです」
「世界の秩序? 規模が大きいですね」
「そうです。考えても見てください。この世に自分と同じ形をしながら、常識外の力を振るう者がいる。人がそれを知ったとき、そのままでいられると思いますか。……いられるはずがありません。中世における魔女狩りなどがいい例です」
「……まぁ、そうですけど」
常識外の力を持っている恵梨だが、どちらかというと一般人寄りの思考のためその事態が容易に想像できたし、小説や漫画でそういう展開を見たこともあった。
「そのため、異能力者が力を振るう様を見た人の記憶を消すのが私たちの仕事です」
「……記憶を消す?」
「はい。ラティス様の異能、記憶を使えばそれはできます」
そこで、恵梨はラティスの方を見る。
「それぐらいのことは簡単だよ~。現にもう君たちが力を振るうさまを見ていたこの公園の人達からは、君たちの記憶は消えているよ」
そういえば戦闘人形と戦っている間にいた野次馬たちの姿が見えない。
「けど、見ていた人は十数人いたわ。その全員の記憶から私たちの記憶を消したの?」
「確かに忘れさせると言ったら、語弊があるね~。正確には僕の異能、記憶は特定の人に特定の事象を思い出せなくする能力なんだ。概念や事象自体に能力をかけることができるから、一人一人にかける必要が無いんだ。今日この公園で起きたこの騒ぎを思い出してはいけないって、能力で規定しただけさ」
「私は思い出すことができますよ?」
「特定の人って言っただろう。君たちは入れてないよ」
そこで彰が話に入ってくる。
「それで俺たちをどうするつもりだ?」
ラティスはまたへらへら笑って答える。
「どうするって?」
「俺たちの対応力を奪ってどうするつもりだ、って聞いてるんだ」
ラティスが両手をあげて驚き、意外だ、と表現する。いちいち芝居がかった仕草だ。
「へぇ~。鋭いね~。もう、この能力の真の使い方に気付いたのか」
「さっきの話を聞いてたらな」
「?」
恵梨が疑問の表情になる。
「対応力を奪うってどういう意味ですか、彰さん」
いつの間にか声音も普通に戻っている。
「そのままの意味だ。今、俺の能力が使えないんだ。恵梨も能力を使ってみてくれ」
「はい」
持っていた最後のペットボトルをひっくり返す恵梨。
その水は、空中に漂わず、地面に落ちた。
「!?」
幼いころから能力を使っている恵梨にとって能力が使えないことは、突然足元の地面が無くなった様な感覚だった。
「分かったか。たぶん今、俺たちはこいつの異能によって能力の使い方を忘れているんだ。……正確に言うと思い出せないんだったか?」
「その通り! 能力を思い出せないんじゃなくて、能力の《使い方》を思い出せないんだよ」
少し誇らしげなラティス。
「記憶にはそんな使い方があるんですか。……って、私たちをこんなにして、どういうつもりですか!」
恵梨はラティスに詰め寄ろうとしたが、
「えっ!?」
自分の足がはりつけられたかのように動けない。
「どういうこと……?」
「歩こうとしたのか、恵梨。それも無理らしい。どうやら俺たちは、こいつの能力で歩き方まで思い出せないようだ」
「!? そんなことできるんですか!?」
「歩くという行動自体は思い出せるが、《歩き方》は思い出せないようだな。……あいつの能力はそれほど便利だってことらしいぞ」
彰は、ラティスの方に顔を向けた。
「それで、俺たちをどうするつもりなんだ? 俺たちは一生能力を使えず、歩けないままなのか?」
「それはありませんよ~。この能力は解除できますから」
「……つまり、解除を引き換えに自分たちの要求を飲ませようって魂胆か? どんな要求だ」
「君は、いちいち話が早くて助かるね~。物分かりのいい人は、僕も好きだよ」
ラティスは、うんうん、とうなずいた。