百九十二話「彰と由菜3」
「……どういうことだよ」
ラティスに提案を拒否された彰。
初めての光景にただうろたえるしかない。
「いや~本音を言うとね、僕も『記憶』をかけていいと思うんだけど……それだと彰くんが損をすることになるからさ」
「損だと?」
「彰くんも僕の『記憶』が色々と融通が聞くことは知っていると思うんだけどさ。どうも不便なところが一つあってね。それが人物のステータスに関してかけることが出来ないっていう点なんだ」
いつもに無い早口でまくしたてるラティス。
「ステータスですか?」
恵梨も初耳な情報だ。
「そう。だからもしあの子から彰くんが能力者だってことを思い出させなくするとなると……少々大がかりなことをしないといけないんだよ~」
「つまりこういうことか」
話を理解した彰が結論を言う。
「もし由菜から俺が能力者だってことを思い出させなくするためには、俺という人物に関わった記憶全てを思い出させなくするしかない」
「そういうこと」
「……って、どうして何でもない話みたいに言っているんですか!?」
恵梨が声を張り上げる。
それもそのはず。彰と由菜は十年来の幼なじみ。思い出も自分たちよりたくさんあるはずだ。それに記憶を忘れられてしまったら、過去だけじゃなくて今の関係も無くなってしまう。
そうだというのに……彰は落ち着きすぎている。
「いや、だからね。僕もあの子には『記憶』を使わなくていいと思うんだ。あの子は能力を言いふらすようなことはしなさそうだしね。能力者じゃなくても能力のことを知っている人も結構いるし、僕たちにいつも協力してくれてる彰くんの友人とあればそれくらい特別扱いしてもいいかな~と思って」
「そうですか。それなら良かったですね……って、彰さんどうしましたか?」
隣の彰を見上げる恵梨。
「………………」
何だ、そういう理由なのか。
つまりラティスは二人の思い出を失っては可哀想だから、俺と由菜の関係が無くなってしまうのが可哀想だからということで、由菜の記憶を消さないのだ。
逆に言うと思い出を、関係を失ってもいいなら由菜の記憶を消してもいいということ。
「分かった。それでいいから、由菜に『記憶』をかけ……」
パシンッ!!
恵梨に頬を張られた。
「本気で……本気で言っているんですか、彰さんっ!!」
どうやら恵梨は怒っているようだ。……まあ、その理由も何となく想像がつく。
「由菜さんとの思い出が……由菜さんとの関係が無くなるんですよ!? なのにどうしてそんなに落ち着いて……!!」
「俺だって辛いさ。…………でも知るっていうことは関係を持つこと。今後能力者じゃない由菜が、能力者に絡まれたとしてどうやって身を守るんだ?
もちろん俺が守る覚悟だってある。でもそれだって完璧じゃない。だったら。方法があるなら。こんな世界とのつながりはスッパリ断ち切るべきなんだ」
考え無しに決断したわけではない。
それが分かる彰のセリフを前に、恵梨は一旦感情を落ち着けてから聞いた。
「どうしてそんなに由菜さんの心配をするんですか。……さっき言っていた約束っていうのが関係あるんですか?」
「……由菜は俺の憧れでもあり、守るべき対象でもあり……だけど、俺なんかと関わらずに生きて行けるならそっちの方がいいんだ
「………………」
久しぶりに聞きましたね彰さんの『俺なんか』という発言。
自己評価の低さから来ているそれは……この問題とも関わっているのでしょうか?
「まあ、何にしろ時間切れだね~。どうやらあの子も『記憶』の範囲外に出たようだし、僕たちもそろそろ業務に戻らないといけない。……次会う時までに結論を出しておいてね~」
「それでは失礼します」
そしてリエラの『空間跳躍』が発動。
異能力者隠蔽機関の三人がその場から消える。
「……俺たちも帰るぞ」
「え? ……あ、彰さん、ちょっと待ってください!?」
返事を待たずに踵を返した彰は早足でさっさと工事現場から出て行った。
「ああもう、彰さんは……」
「しょうがないわよ。見ていた感じ、由菜さんに能力のことを知られて結構動揺していたみたいだし、まだそれが収まっていないのよ」
彰を観察していた彩香の弁。
「そうでしょうか……」
「そうよ。……じゃないと、あのラティスって人の嘘を彰が見抜けないわけが無いもの」
「嘘……ですか?」
「ええ。……おそらく『記憶』は由菜さんの彰が能力者ってこと記憶だけを思い出させなくすることが出来る。それくらい強力な能力じゃないと、全世界で今まで能力者の隠蔽を行ってきて破綻が起きないわけが無いもの」
「言われてみると……そうですね」
歩くという動作を忘れさせることができるのに、能力者ということを忘れさせられないのもおかしな話だ。らしくもない早口も嘘をついていたからなのだろう。
「そもそも由菜さんには私たちも能力者だってばれているから『記憶』を使うとしたら私たちも忘れられるはずなのに、あのラティスって人はそれも言わなかった」
「どうしてでしょうか?」
「……たぶん彰のことを試したかったのよ。彰がどういう決断をするのか見たかった。だから由菜さんの記憶を思い出させなくしなかったのよ」
「………………」
それならわざわざ嘘を付いたり、自分一人の問題だと思わせた理由も分かりますが……どうしてラティスさんはそんなことをしたのでしょうか?
「それより彰だけじゃなくて、私たちも由菜さんとのことは考えないといけないわね」
「……そうですね」
彩香の言う通り。
由菜に能力者だとバレたのは彰さんだけじゃなくて、私たちもなのだから。
「これからどうなるんやろうな?」
「……」
彰さんの様子、由菜さんの様子。
あの二人を見た感じ、今まで通りでいられないのは確かなんでしょう。『記憶』でリセットもできなかったことですし。
「………………」
由菜さんとここまで仲が深くなった以上、この大きな秘密を隠し続けることが出来るはずが無かったんです。いつか破綻するのが、今だった。ただそれだけ。
「変わるときが……来たんですね」
「ラティス様、一つうかがってもよろしいでしょうか?」
「どうかしたかい、リエラ?」
『空間跳躍』の移動先。リエラがラティスに質問する。
「……どうせ私が聞くことも分かっているでしょう?」
「まあね~。どうして彰くんに嘘を付いたのかって話でしょ~?」
「あ、そうですよ! どうして彰さんに嘘を付いたんですか!?」
『探知』の使用に集中していたハミルが口を挟む。
「あなたはきちんと仕事をしなさい」
「えー……分かりましたよ、はい」
文句を言おうとしたハミルだが、リエラからキッと睨まれ業務に戻る。
「ラティス様の『記憶』なら彰さんが能力者である、という部分だけで思い出させなくすることが出来たはずです」
「まあ、そうだけど……そうしなかった理由としてはね~」
「理由は?」
「ちょっとした悪戯だよ~」
「……そんなところだと思いました」
「ええっ、ちゃんと答えたのにその態度は酷くない~?」
「………………」
ラティスの言い分には耳を貸さず、黙り始めたリエラ。
「………………」
まあ、本当のところを言っても誰も理解はしてくれないだろうからね~……。リエラとハミルにも『記憶』をかけて彼のことは思い出させなくしているし。
ラティスは遠い昔のことを思い出す。
自分が異能力者隠蔽機関として活動する前、一緒にある目的のために動いていた同士。
ケンカ早くて、悪ふざけが好きで。だけど頭もよくて、仲間思いで、どんなに辛いときも諦めなかった。
自分にとって唯一無二の親友だった。
それなのに。
『『記憶』 完全消去』
自らの手で引導を渡したその彼が。
(どうしても彰くんと被ってしまうんだよね~……)
だから自分は彰に肩入れをしてしまうのだろうか?
彼のように道を間違えないように、今の内から試練を課すのか?
「能力反応ありました!!」
『探知』に集中していたハミルが声を上げる。
「……じゃあ、行こうか~」
ラティスは首を振って、今やこの世界で自分しか覚えていない親友のことを思考から追い払った。
彰くん。君が正しいを行うことを願っているよ。
<七章 ハロウィン、明かされる秘密 完>
次回予告は次のおまけで。第七章についてもそっちで語ります。




