百八十九話「ハロウィン変事12 彰VSディール3」
風の錬金術第一のプロセス。魔力を糧に風が起きる。
風の錬金術第二のプロセス。魔力を糧に金属化を行う。
いつもと同じプロセスを経て。
その精製物を彰は足に装着した。
「シューズ、カ……?」
器官、翼。飛翔の強化で空中を飛んでいるディール。遠目に彰が装着したものを確認する。
「ああ、靴だぜ。……だが、ただの靴じゃないぞ」
そして彰は。
空中に一歩を踏み出した。
「ッ……!?」
緑の靴を装着した彰の足は空を切ることなく、しっかりと何もない空間を踏みしめている。
そう、彰は空中を歩いているのだ。
「ドウシテ……ッ!?」
「理由を気にしている暇があるのか?」
その通り。
彰が空中を歩いて向かっているのは、空中に位置するディールなのだから。
「……!!」
慌てて逃げ出すディール。それを追いかける彰。
「おいおいどうした? 逃げるのか?」
「……」
「まあ、そうだよな。今のお前じゃ俺に太刀打ちできないもんな」
「ダマレッ!!」
ディールが大声で威嚇するが、それは図星を突かれたが故の行動。それが分かっている彰には気にも留めず、そのまま言葉を続けた。
「器官で強化できる部位は一回に一つまで……だもんな。今おまえは俺に対抗するために腕を強化しようものならば、飛ぶことができなくなる。そうすれば地面まで、まっさかさまだ。
そして翼で俺と打ち合うこともできないんだろう? 今の強化は飛翔の強化。俺の剣と打ち合うほどの強度は無いはずだ。
おまえに出来ることはこのまま逃げ回り続けて、どうにか地面に足を付けてから他の部位を強化する。……が、地面は俺の背中側だし、そこまで読んでいる俺が逃がすと思うか?」
「チィッ……!!」
「これで詰みだ、ディール」
さっきの勝利宣言はディールを挑発するためであって、今度こそ本当の勝利宣言を行う彰。
そうしている間に距離を詰めた彰は、空中で剣を振った。
「ダガ、マダダ!!」
それを避けながら彰とすれ違いに地面に急降下を行おうとするディール。しかし、
「そんなの予想済みだ」
「!?」
目の前の空間にいきなりナイフが現れた。
空中を歩く新技を使っている彰だが、それで錬金術の他の技が使えなくなったわけではない。いつも通り風を金属化させて作ったナイフをディール目がけて飛ばす。
それを見てディールは急停止。間一髪で身を捻ってナイフをかわす。
「背中、がら空きだぞ」
そうやって時間を稼いでおいて、自らは剣を振り下ろす体勢に移行している彰。
大振りのその攻撃は斜めに飛び上がる動きで簡単に避けられたが、彰の狙いは地面に辿りつかせないこと。それで目的は果たしている。
「クソッ……!!」
失敗したディールは上下左右に視線を走らせる。
しかしこのフィールド、工事現場は上にも横にもシートで空間的に制限されている。残された方向は下だけだが、そちらは彰が待ち構えている。
「ようやく逃げられないってことを理解したようだな」
その動きの意図をすぐに看破した彰。
「……オカシイダロ!! ドウシテオマエガ、クウチュウヲアルイテイルンダ!! データニハ、ソンナキジュツナカッタゾ!!」
とうとう追い詰められたことを悟ったディールがやけを起こしてわめく。
「当然だ。データに無いものを引きずり出すのがおまえの役目だったからな」
「サーシャ……」
口を挟んできたのは随分と今まで大人しくしていたサーシャ。
「空中を歩く……か。大方錬金術で位置の固定と解除を繰り返しているのだろう?」
「さて、どうかな」
うそぶく彰だが、その指摘は合っている。
彰の新技、風靴。
緑の靴で空中を自由自在に歩いてみせたこの技だが、靴自体は錬金術で形造っただけで、他に仕掛けは無い。
が、その錬金術で作ったという部分が重要なのだ。
錬金術で作ったということは彰の領域内であれば自由に動かせる。だから彰は空中を歩く動作の中、足を下ろすその瞬間だけ錬金術で靴を空中で固定して踏みしめる。そして足を出す次の瞬間には靴の位置固定を解除する。それの繰り返しで空中で歩くことを可能にしたのだ。
「タイミング一つ誤るだけで詰む。よく修練した」
「おまえに褒められても嬉しくねえんだよ」
この技の難しいところはタイミングだ。
靴の位置固定が遅いと空中を踏むことになるから踏み外して落ちてしまうし、解除が遅くても靴が動かないで足が引っかかり歩くことができなくなる。
そのため彰は退院した後、これまで勉強に当てていた時間をこの技の練習に費やしていたのだ。恵梨が彰の部屋で何か落ちる音を聞いたのも、ミスをして床に落ちた音だった。
「『交換』ダ!! 『交換』デ、ワタシヲキュウシュツシロ、サーシャ!!」
「ん……?」
それまで黙っていたディールが名案を思い付いたように言う。確かに瞬間移動を行える『交換』なら、今尚空中で警戒している彰をすり抜けて地上に辿りつけるだろう。
だが彰がそれを聞いて思ったのはこうだった。
こいつ、終わったな、と。
「……そうか。私を頼らないとこの状況を打開できないのか」
「ソウダ! ダカラハヤク……!!」
「ならこれ以上のデータ収集は望めそうにないか。この実験もこれで終わりだ」
今までの戦闘を録っていたカメラをしまいだすサーシャ。
「ナ、ナニヲ……」
「まあ興味深いデータも何個か取れた。収穫はあっただろう。」
「やっぱりな……おまえはそういうやつだと思ったよ」
利用するだけ利用して、価値が無くなれば捨てる。モーリスのときと同じだ。
「高野彰。約束通り今回はこれで終わりにしてやろう。鹿野田様の指示待ちだが……次に会うのは戦闘人形が完成した時だろうな」
「来るな。二度と来るな」
げんなりした様子で、シッシッと追い返すジェスチャーをする彰。
「ドウシテカエロウトシテイル!! ナカマデハ、ナカッタノカ!?」
どうやら現状を受け入れられていないディール。そこに支度を終えたサーシャから最後の通告。
「仲間? 貴様と私の関係は、駒とそれを使う者だろう? ……ああ金のことを心配しているのか。しっかり依頼料の残りは振り込んでおくから安心しろ」
ディールの心配事を金のことだと思い、的外れなことを言うサーシャ。
「コ、マ……?」
だがその言葉に愕然とするディール。
「ふむ……? 金の心配ではなかったのか。どうも馬鹿の思考は読みにくい。
私にとって鹿野田様以外は全て等しく駒だ。それでは失礼する」
そしてサーシャは『交換』を発動。その場から消えた。
「ドウシテ……」
サーシャがさっきまでいた空間を見つめるディール。
「まあ受けた依頼が悪かったな。……同情する気はさらさら無いが」
ディールが茫然自失している間に彰は仕掛ける。
サーシャの依頼が終わったのだから彰がこの戦いを受けた目的、仲間を守るというものは達成された。だからこの勝負を続ける意味は無いはず。
しかし、
「散々殴りやがって……一発くらい仕返ししねえと俺の気が治まらねえんだよ!!」
そういう理由で彰は空中を駆ける。
「……………………ガァァァァァァ!!!!」
向かってくる彰を見て、ディールは吠えた。
やけっぱちになったのか、急降下で彰を迎え撃つ。
「良いだろう……来いっ!!」
重力を味方にして勢いはついているが生身のディール。対するは剣を持っているが勢いでは負けている彰。
最終局面。
制した方が勝者になるであろうこの激突は。
「…………アマイッ!!」
そもそも起きなかった。
「何っ……!?」
彰に向けて一直線に向かっているように見えたディールが衝突直前で進路を変えたのだ。
やけになったように見えたディールだが冷静だった。空中で戦っては不利だということで、彰を抜いて地上に辿りつくことを第一に考えていたのだ。
そしてその企みは成功した。
彰とすれ違ったディール。目の前にナイフが現れることも無い。
これで地上に辿りつきさえすれば仕切り直し……依頼は終わったから、逃げてもいいだろう。
というディールの算段は――。
「――なんてな」
ガクンッ!!
翼が何かに引っかかったことで砕け散った。
「コレハ……ワイヤー!?」
「何も見えなかったからって油断したか? 一度食らった技なのに、忘れるなんてな」
この展開を予測して、背中側の空間にワイヤーを張っておいた彰。
ディールはすぐに脱出を試みるが、彰がワイヤーを操作して翼を絡め取っているため抜け出せない。
「良い言葉を教えてやるよ」
風靴の真骨頂は空中を歩くことではない。どこにでも足場を作ることが出来るという点だ。
ディールより上に位置している彰は、空中で体の上下を反転させる。足が天井側を向いたところで、靴の位置を固定。それを蹴ることで勢いを付けて降下。ディールに迫る。
「日本では忘れっぽいやつのことを鳥頭って言うんだ。今のおまえにピッタリだよ!」
「器官、腕! 力の強化!」
避けられないと悟ったディールは翼を解除する。
「グウッ……!!」
そして腕でどうにか受けきるが、勢いは殺しきれなかった。
真下に吹き飛ぶディールだが、翼が無い以上空中で出来ることは無い。
そのまま地面に叩き付けられるのであった。
「すっかり伸びてるな……」
地上まで降りてきた彰はディールの様子を確認。かなりの高度と勢いで落とされたが、器官のおかげでどうやら重症ということも無さそうだ。
気絶しているディールをワイヤーを作って縛る。
「こいつもだけど、こいつの仲間もどうするか……」
別の場所に縛って転がしているディールの仲間。それも合わせて処遇について考える彰だが。
「……うん、ラティスたちがどうにかしてくれるだろう。」
異能力者隠蔽機関に丸投げすることに決める。
サーシャの依頼を受けただけであって、彰はディールたち自体にはそこまで恨みは無い。仕返しに一発かましてやったが、それ以上痛めつける気にもならない。
「さて……帰るか。……はあ」
一仕事終えた解放感は、今の彰には無い。
大変なのはむしろこれからだからだ。
「さすがに恵梨も気づいているよなあ……」
ハミルを自分の代わりにするなんて、自分でも杜撰な誤魔化し方だったと自覚している。しかしそれ以外にあの場ですぐ実行できるものが無かったのも事実だ。
「謝り倒せば……吹雪一回で終わるかなあ」
恵梨の暗黒面状態を思い出して、今からハロウィンパーティー会場である由菜家に戻るのが憂鬱になる彰。
だが、彰が想定していたよりも早く試練は降りかかる。
「……彰。こんなところでどうしたの?」
そのとき工事現場に入って来たのは。
「由菜……!?」




