百八十八話「ハロウィン変事11 彰VSディール2」
器官。四本腕。
能力者ギルドに所属するディールの切り札の一つ。
予定ではここまで早く出すつもりは無かったのだが、思った以上に彰に苦戦したため出さざるを得なかった。
だが、これで有利に進めていく算段が立ったとディールは考えるが。
「……そういうことか」
一旦は驚いた彰が、何やらしきりに頷いている。
「ナニヲ…………」
力の差を見せたつもりだった。
彰が自分に勝てないと思い、慌てふためくのがディールの予定だった。
なのに、彰はまるでそれでも自分の方が強者なのだと言わんばかりに落ち着いている。
「ヨユウブッテイルンダ……ッ!!」
それが気に食わなかったディールは彰に向かって突進。
「いいぜ……来な」
それに対して彰は受ける構え。ディールの腕が増えたのに合わせて盾を増やして二枚にしている。
ディールは足の速度の強化は解いたため、スピードは元に戻っている。
しかし、腕を増やし力の強化を行ったその姿はまるで重戦車。
パワーで押しつぶさんと四本の腕で薙ぎ払うが、彰は一本を剣で、二本は盾で受け、残り一本は避ける。
「……思った以上に余裕は無いか」
何とか防いだ彰だが、すぐにこのままではヤバいことに気付く。
「ドウヤラ、ソノタテデハ、フセギキレナイヨウダナ」
同じことにディールも気づいた。
そう、力の強化を受けたディールの腕は、彰の力+錬金術による力では弾き飛ばせる。が、錬金術だけで動かしている盾では逆に力負けするようだ。
力負けするとはいえ、空中に浮いている盾をどれだけ攻撃しても彰にはダメージを与えることは出来ない。
しかし、盾が力に押されれば、その分次の防御に回るのに時間がかかる。
つまり。
「イツカ、ソノボウギョハ、ヤブレルトイウコトダ!!」
ディールは弾かれた腕、避けられた腕を再度振るう。
立て直す暇を与えまいとラッシュをかけられ、先ほどまでとは打って変わって彰は防戦一方。ナイフを作って攻撃を行う余裕さえ無い。
結果ディールの言った通り、彰の防御は突破され。
「ちっ……!!」
そのタイミングで彰は防御に使っていた剣を手放して緊急用の策を発動する。
「解除!!」
「器官、四本足! 力の強化!」
圧縮金属化で作っておいた剣を解除して風の爆発を起こす。戦闘人形戦でも使った策。
彰は自分が飛ばされないように空中で位置を固定した盾を掴むが、ディールも腕を元に戻して足を四本に変え、力を強化した足で踏ん張る。
「くそ、吹き飛べ!」
彰はディールの足が床から離れるのを願う。
風に耐えている間は彰も能力を発動できるほどの集中ができない。剣一本を消費した以上、ここでディールとの距離を取れないと防御のための装備が揃わないまま、またディールの攻撃を受けることになる。
だが、しかし。
力を強化したこと以上に、ディールが足を四本に変えたことがかなり影響した。
物体を支えるなら、その支えは二本よりも三本、三本よりも四本あった方が倒れにくいのが当然だ。四本に変えた足は大きくバランスを崩すことなく。
そして風が止まった。
「クラエッ!!」
彰を逃しまいと、間髪入れずに蹴りを放つディール。一本を軸足に、三本の足が飛ぶ。
上、中、下。強化した足が空中に三本の直線の軌跡を描く。
彰は必死に上と中の足を盾で防御。下の足をジャンプでかわそうとするが……。
「ぐっ……」
直前まで踏ん張っていた足がもつれて失敗。足に大きな衝撃を食らって、体が浮き上がる。
「器官、四本腕! 速度の強化!」
そのタイミングでディールも再度能力を発動。
腕のスピードを上げて繰り出したのは、両腕、両足を一本一本の腕を使って彰を空中で拘束することだった。
「……何がしたい。男と抱き合う趣味は無いぞ」
「ヘラズグチガ、イツマデツヅクカ」
彰は両手両足をがっちりと掴まれ動かすことが出来ない。
が、ディールも拘束に四本の腕を使って彰に対して攻撃が出来ない。
だったら、ディールの目的は何なのか?
「コレヲスルノニハ、ジカンガカカルカラナ。イッタン、コウソクサセテ、モラッタ」
それはすぐに分かった。
「器官、六本腕! 力の強化!」
ディールの腕が更に二本生える。
「やっぱり上があったか……」
予想していたのか彰に驚きは無い。が、対抗策があるわけでも無い。
六本の腕の中、四本の腕で彰の動きを封じた。そしてまだ自由に動かせる二本の腕がある。
となると、どうなるのか?
「イツマデモスマシテ……カンニサワル、ガキダナ!!」
至近距離からのなぶり殺しである。力を強化した腕で彰を殴りかかる。
が、彰も手足を動かせないとはいえ、能力は別だ。盾で防御を行うが、ディールに慌てる様子も無い。
それもそのはず。
彰は逃げられないのだから、その防御が途切れるまで攻撃し続ければいい。
「オラオラオラオラオラオラ……ッッッ!!!」
延々と続くパンチ。
彰も盾で防ぐが、力負けしているせいで段々と防御が遅れ。
「ぐっ……!!」
「イイノガハイッタナ」
ボディに一発もらう。
その後は雪崩れるようだった。痛みで集中力が途切れたのか、盾の防御は遅れ彰は殴られ放題。
ゴキッ、バシッ、ボキッ、ボスッ。
聞くに耐えない原始的な暴力の音が夜の工事現場に響く。
能力で強化されたコブシは一発でも重いのに、それを何発ももらったのだからひとたまりもない。
すぐに彰の体からは力が抜けた。
「……イキガルカラダ」
痛み付けた方、ディールは面白くなさそうだ。
結局彰は殴られている間、泣き言を一つも漏らさなかった。
降参でもすれば……まあ、やめるつもりは無かったがな。
そのまま彰の体を放り出そうとして。
「……おいおい……これで終わりかよ?」
彰は口を開く。
「マダ、ヤルツモリナノカ?」
声に覇気の無い彰相手に、面倒くさそうにディールは聞く。
もう勝負は決まった。勘に障った彰の挑発もこうなっては負け犬の遠吠えにしか聞こえない。
「この程度の怪我……入院するまでじゃない……。だったら……恵梨も、何だかんだ許してくれるだろう」
絶え絶えのセリフ。
戦闘後のことを今から心配する彰の余裕のセリフを、もうイラつかないと思っていたディールの感情に少し触れたのか。
「ソロソロ、ダマッテモラウカ」
完膚なきまでに痛めつけようと腕を上げて。
そのコブシが止まった。
「……ッ!?」
動かない腕を見るディール。だが、やはり、その目には何も原因が映らない。
これは……さっきも起こった現象!?
「黙れ……だって? それはこっちのセリフだ。……人の領域内でよくも粋がりやがって……おまえなんて飛んで火にいる夏の虫なんだよ!!」
そして彰はここ最近の修行で身に着けた新技を発動。
「ナッ……!?」
するとディールの体が浮き上がった。
彰を拘束していた腕も何かの力によって離されていく。突然の現象に驚くディールは手足をバタつかせるが、次第にそれすらも出来ない圧迫感を覚える。
そして意趣返しのように、今度はディールが空中で手足を拘束されることになった。
「ナニガオコッテ……!?」
「よく目を凝らしてみろよ」
ディールはそのアドバイスに従って、異変の怒っている全身をくまなく見る。
すると何もないと思っていたそこには、極細いある物が存在していた。
「コレハ……ワイヤー?」
「そうだ」
彰は肯定する。
「ワイヤー状金属化。……藤一郎さんが教えてくれた俺の新技だ」
彩香の能力とシンクロさせる動きに続いて、これもGWの能力者会談の試合で見た物だった。
風野藤一郎が『身体強化』の能力者、中田洋平を倒すために生み出した技。それを彰も教えてもらったのだ。
もちろんワイヤーも魔力を使って起こした風を金属化した代物。つまり、錬金術の力で動かすことが出来る。
さっきはワイヤーを空中で固定してディールのキックを防いだ。そして今は複数のワイヤーでディールの両腕、両足を絡め取って、空中に浮かしたのだった。
「全く、人がわざと攻撃を食らっただけで調子に乗りやがって」
細く金属化することに集中力がいるこの技。だから彰は殴られている途中から、盾の操作を放棄してワイヤーの精製に集中したのだった。
「クッ……コノッ!」
「無駄だ。もがけばもがくほど食い込むようになっているぜ」
細いワイヤーは肉に食い込みやすい。その痛みでさらにもがくという悪循環がディールの体に起こっている。
これがもしディールの足が地に着いていたなら、強化された六本腕でワイヤーを引きちぎることも出来たのかもしれない。しかし空中にいる今、ディールは上手く踏ん張ることが出来ず腕の力を十分に発揮出来ないでいる。
「コンナワザガ、アルナラ、ドウシテサイショカラ……」
「そんなの当たり前だろ。ワイヤーは俺の領域内、大体半径二メートルほどでしか動かすことが出来ないんだ。その距離に敵が長く留まっていないと捕まえられない。……おまえが馬鹿で良かったぜ」
そして彰は剣を精製。空中で動くことのできないディールに対して切っ先を突きつける。
「これで俺の勝ちだ」
「……フッ」
彰の勝利宣言を笑うディール。
「どうした。何がおかしい?」
「イヤイヤ……コッケイダ、トオモッテナ」
「それはこっちのセリフだ。空中で拘束されて全く動けない癖に」
「ウゴケナイ……ダレガ、ソウ、キメタンダ?」
「………………」
ディールの不敵な発言。それがハッタリでないことはすぐに示される。
器官の更なる力によって。
「器官、翼! 飛翔の強化!」
「器官、翼! 飛翔の強化……だろ?」
ディールの背中から翼が生える。それがはばたいて。
ブチブチブチッ!!
拘束していたワイヤーがちぎれていく。
人間には無い器官。翼なら空中でも十分な力を発揮することが出来る。それによってワイヤーを引きちぎることが出来たのだろう。
器官、翼。
ディールが隠していた切り札。だというのに。
「ドウシテ、ワタシノワザヲ……!!??」
彰はその発動と同時に言い当てて見せたのだ。
上空にてホバリングしているディールを指さす彰。
「……器官の真骨頂は強化ではなく、部位の創造。……そんなことは四本腕のときで分かっていた。
ならその後は簡単だ。おまえはこの工事現場に『交換』で来た時に、真っ先に頭上を確認した。最初は少し気になるくらいだったが……部位の創造が出来ると分かって納得がいった。恐らくおまえは飛べるんだってな。
俺の錬金術のデータを知っているおまえなら、錬金術の弱点が距離を取ることだって分かっていたはずだ。だから飛んで距離を取るためにもどれくらい天井が高いのかは気になるところだった……そういうことだろ」
彰の脅威じみた洞察力。
それはいつものことだが、一か月前の彰ならこの事実にたどり着けなかったかもしれない。
能力者同士の戦いの基本。能力の応用方法。……色々と雷沢さんに教えてもらったからこそ、ここまで気づくことができた。
「ダガ、キョリヲトリサエスレバ、オマエハナイフシカ、コウゲキガナイ! イイアテタトコロデ、ムダダ!!」
虚仮にされたディールがやけになって反論するが、言っていることは間違っていない。
そこまで気づいていたなら、彰はディールに翼を使わせるべきでは無かったのではないか?
「……はあ。だから最初に行っただろ? そのデータの時の俺と今の俺を一緒にするな、って」
しかし、違う。
彰はディールに翼を使わせたのだ。
その隙、器官の弱点を狙うために。
「ナニヲイッテ……?」
「散々データに裏切られたのに、未だに信じるなんて……」
ため息をつく彰。
彰が退院してからの修行で身に着けた技は、能力と体の動きのシンクロ、ワイヤー状金属化。
――それだけではない。
「まあいい。さっさと終わらせてやるよ」
彰オリジナルの新技。
それを使うために、風の錬金術を自分の足元に発動した。




