百八十一話「ハロウィン変事4 パーティー開幕前」
「お邪魔しまーす」
「あら、恵梨ちゃん。いらっしゃい」
恵梨が彰家の隣、由菜の家に入ると、由菜の母である優菜さんが出迎えた。
家が隣ということでよく顔は合わせますが……それにしてもきれいな方ですね。
彰が入院している間は折角だからということで恵梨は由菜の家でご飯をご馳走になっていたので、最近さらに仲が良くなっている。
「今日は本当にパーティーの準備をしてくださりありがとうございました」
「いいのよ、いいのよ。由菜がいつもお世話になっている人たちなんでしょう? それに彰君も来るとなれば良い印象を持って帰ってもらわないと」
「そ、そうですね……」
「……あ、そうか。恵梨ちゃんも彰君のことが好きだって気づいたのよね。それだとやっぱりこういうことを言われると戸惑っちゃうわよね?」
彰がエスパーか、と畏怖する優菜。恵梨ごときの感情など筒抜けだ。
「……大丈夫ですよ。彰さんにふさわしい人は私だって思っていますから。それこそ優菜さんには悪いことをしますね」
「お、言うようになったわね。……由菜もこれくらいの意思表示をしてくれればいいんだけど」
奥ゆかしい娘を心配する優菜。もし本人がこの場にいたら、余計な心配しないでとでも言っていただろう。
「遅れたけどその恰好似合っているわよ」
「ありがとうございます」
頭を下げる恵梨の恰好は魔法使いだ。膝上までの長さの黒のローブを上に羽織り、頭にはトンガリ帽子。アクセサリーとしての箒も忘れていない。
「それで皆さんもう来ているのですか?」
「ええ。後、恵梨ちゃんと……えっと、火野君と彩香さんだったかしら。三人以外はみんな来ているわよ」
生徒指導室を出た後、一同は一旦別れてそれぞれの家に仮装などの荷物を取りに帰った。
恵梨は家が隣だったため、遅れてきた中では一番乗りのようだった。
「それでは改めてお邪魔します」
「どうぞどうぞ」
そして恵梨はパーティー会場であるリビングに入った。
「うわぁ……!」
まず恵梨が上げたのは歓声。
通っていたため見慣れていたはずのその空間は、別世界の物となっていた。
暗幕を使って暗めに調光された部屋には、コウモリや などハロウィンらしい飾り付けが成されている。部屋の中央にはご丁寧にカボチャを顔上にくり抜いたジャック・オー・ランタンが存在。どうやらプラスチックなどのレプリカで無く、ご丁寧に本物のカボチャを使っているようだ。
これはかなり雰囲気出ていますね……。ここまでの飾り付けが出来るなんて優菜さん結構暇……
「暇じゃないわよ」
「……っ!?」
背中から聞こえてきた心を読んだような声に、ビクンとその場で跳ねる恵梨。
「私の作業量も確かに多かったけど、由菜も手伝ってくれたのよ」
「由菜さんがですか」
「ええ。何かあの子、結構楽しみにしていたみたいで」
……パーティーの企画も由菜さんでしたし、何か思い入れでもあるんでしょうか?
「そういえば由菜さんは……」
話題に出た由菜を目で探すとすぐに見つかる。
「由菜はどんな服を着ても似合うね」
そしてその隣には彰もいた。
彰が褒める由菜の仮装はネコ娘。肉球型手袋に猫耳。ご丁寧に尻尾までついている。服も上下ともに露出多めで、かなり攻めている感じだ。
「え、えと……その……ありがと。あ、彰もその恰好……似合ってるよ」
普段褒められ慣れていない由菜がしどろもどろになりながらも彰を恰好に言及する。
彰の仮装はヴァンパイア。黒マントに身を包んだ彰は、いつも以上に大人な雰囲気が漂っている。能力によっておかしくなり、言動が女の子を喜ばせるものになっている今の状態とも合っている。
「そうか。……どうかな、由菜の隣に立っても大丈夫かなって不安だったんだけど」
「だ、大丈夫だよ! ……それどころか、私なんかとは不釣り合いなぐらいかっこいいし……」
「駄目だよ。そんな自分を卑下する言葉を使っちゃ。由菜は素敵な女の子だよ」
「……う、うん」
『駄目だよ』の言葉と共に由菜の唇に人差し指を立てて当てる彰。そんなキザな真似に由菜も顔が真っ赤である。
「……本当あれは誰なんでしょうね……?」
思わず口をついて出る文句。答えは高野彰だと決まっているのに。
能力にかかっているとはいえ、ここまで変わるとは。……いや、ここまで変えてしまう能力が凄いのか……?
全く科学技術研究会も何が目的でこんなことを……。
「やっほー、恵梨。……それって魔法使い? 似合ってるじゃない」
「美佳さんは……ミイラ女ですか? 奇抜ですね」
「この意外性がいいのよ」
恵梨の言葉通り、美佳の仮装はミイラ女。服の上から包帯ではなくシーツを細く裂いたもの縫い付けてそれらしさを出している。工夫が見られる仮装だ。
「それにしてもどうしたのかね、彰は」
「……本当どうしたんでしょうね」
美佳も当然彰の奇行には疑問を持っているようだ。
「見てる分には面白いからいいんだけど……ずっとあのままだったら、あなたたちいつか死ぬわよ?」
「それは……さすがに……」
無いとは言えない。死因恥ずか死ぬ、なんてことが起きるかもしれない。
「どうなのかねー?」
「たぶん、大丈夫ですよ。時間が経てば戻りますって」
「……時間で戻るような状態なの、あれ?」
「あはは……」
美佳の指摘はごもっともだが、能力が絡んでいる以上説明できない。乾いた笑みで誤魔化す恵梨。
「……っと、話してたら来たわよ。頑張って生きなさい」
「え?」
美佳がすっと後退する。
そのスペースに入るように彰が恵梨の目の前に立った。
「恵梨も来たんだな。その仮装…………」
どのように褒められるんでしょうか……?
能力でおかしくなっているとはいえ彰は彰。今日の仮装には少し自信がある。
今の彰ならどんな風に言ってくれるのだろうかと、ドキドキしながら待つ恵梨。
「…………」
「…………」
「………………」
「………………あれ?」
彰が口を開かない。どころか微動だにしない。
「あの、彰さん……?」
「あ、すまん! 今の恵梨があまりにもきれいだから見とれていた」
「えっ!?」
予想していなかった方向からのパンチにたじろぐ恵梨。
「いつもの恵梨もいいが、今日の恵梨は一段と美しいな」
「そ、そそうですか……?」
「ああ。……こんな仮装もしているし、血を吸ってみたくなるよ」
ヴァンパイアに仮装している彰は、恵梨の懐まで接近して首筋に歯を立てようとして――。
え? ……えっ!?
いきなりの展開について行けない恵梨。
彰さんの顔が目の前に……って吸血!? いや、その彰さんになら血を吸われたって本望ですし……首筋に吸い付くってキスマークみたいなるんでしょうか!? え、え? そんな彰さんに痕を付けられるって……!!
ふっ。
「ひゃっ!?」
「なんてね。恵梨を傷つけるなんて俺には出来ないよ」
首筋には触れずに、耳元に息を吹きかける彰。へなへなとその場に座り込む恵梨。
「お邪魔します」
「失礼するでー」
「おっと、彩香と火野も来たか」
リビングに入ってきた彩香と火野の元に向かう彰。どうせ彩香も毒牙にかかるのだろう。
「恵梨、大丈夫?」
恵梨を心配して美佳が寄って来る。
「それにしても大変な目に合ったわね……」
「彰さんが褒めてくれた……」
「……え?」
「彰さんが…………きれいって……。いえーい……っ!!」
「重症ね……」
座り込んだままハイになっている恵梨を見て、美佳が憐みの目で見る
「彩香……似合っているよ」
「え!? ……えっと、それは……」
入り口では第三の被害者が出ようとしている。
「……普段があれだからか、三人とも全く耐性が出来てないわね」
予想通り顔を真っ赤にした彩香を見て、やれやれとつぶやく美佳だった。




